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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第83話:型にハマった人

 春休みに入り、コートもそろそろ仕舞おうかという気候になった。

 3月終盤のある日、今日はなんとなく椛に連絡して家に向かうことにした。普通に入れないのでエントランスまで椛に迎えてもらい、最上階にある彼女の住処に入った。


 最近は椛の家に行っても部屋までは通されず、リビングで相手されるようになった。理由は不明だけれど、この家には彼女しかいないのだから、どの部屋に居ても正直変わらなかった。


 リビングに垂れ流された静かな曲を聴いてソファーに座っていると、実験室に行っていた椛がいくつかの瓶を並べて置いて行く。


「これが強力な麻酔薬で原液を打ったらまず死ぬと思う、C_15H_24N_2O_2ことテトラカイン。こっちは前も少し話した爆薬、2CH_3O_4SC_17H_36N_2のバラトール。そして、毒ガスとして名高いH_2S、硫化水素の簡易精製機。持って行きたかったら持って行きなさい」

「……持ってるだけで犯罪じゃないの?」

「そうね。でも、万が一のために持っとくべきよ。……ああ、私は資格があるからいいの。この国だと18歳未満は取れないけど、外国で取ってきたから」

「…………」


 そういうことじゃないけれど、貰えるならテトラカインを貰っておこう。これは薄めて脊髄や局部に打つ麻酔薬だったはず。さらに薄めれば、普通に打っても効くかな……?


「……一応、テトラカインの注射に関する資料もあるわ。渡しておくわね」

「助かるよ……」

「助かるって……使うと決まったわけじゃないでしょう? それとも、使いたい相手がいるのかしら?」

「……別に」


 そんな相手がいるんじゃないし、僕が好戦的というわけでもない。あった方が助かりそうなものだから、そう言っただけに過ぎない。


「……ただ、まだ美代は帰ってきてないんだ。焦ることはなさそうだけどね……」

「妹さんはいつ、こっちに戻ってくるの?」

「……義母(かあ)さん曰く、3月終盤のこの時点で、延期するかどうかメールをくれるらしいけど……メールがなかったら、今月中には帰るよ」

「そう。……なら、競華も帰ってくるのかしらね」

「だろうね……」


 たった2ヵ月、されど2ヵ月。2人は何か変わっただろうか。僕らはたぶん、何も変わっていないだろう。いつもの日常にアリスが加わっても、僕等は当たり前な日々を生きていた。だから……もしもこの2ヵ月で驚異的に成長していたら――


「……手に負えないだろうね。もう、僕等じゃ……」

「競華は私達の仲間なんじゃないの?」

「……この2ヵ月でどう変貌してるのかわからない。まずは当たり障りない接し方をするけど、疑っておいた方がいいよ……」

「……そう。雲行きは怪しいわね」

「いつものことだよ……もう慣れた。だから、今月は様々なことを想定して準備してる。……こんなに頑張ってたからかな、助かるよって言ったのは……」


 ここ最近、いろいろと物を集めたり計画を練っていたからか、僕はすっかりその気なっていたのだろうか。


「……ありがとう。少し、頭が冷えたよ」

「貴方は気を張りすぎなのよ。もう少し落ち着きなさい」

「……気を抜けば、隙を突かれる。気を抜くつもりはないけれど、君の前ではもう少しだけ、ゆったりとしようか……」


 椛も僕等に仲間意識が芽生えてるだろうし、少なくとも好いてる僕のことを殺すことはないだろう。でも、性的に襲われる可能性は無きにしも(あら)ずだから、まったく気が抜けないのが実情だった。僕のウソに安心した笑みを見せる椛は、残った瓶をもって実験室に戻っていった。僕もテトラカインを自分のショルダーバッグの中にしまい、再び椛が来るのを待った。


 実験室から出てきた椛は、白衣を着ていた。彼女の手には白い布がかけられており、今日やることを僕は察した。


「……今日はなんの実験をするの?」

「何がいいかしらね。リクエストはある?」

「……安全なもので、できれば綺麗なものが見れれば……」

「じゃあ銀鏡反応ね。はい、白衣」

「…………」


 ぼすんと僕の頭に白衣が投げられる。銀鏡反応……手違いを起こすと爆発の危険性のある、銀の析出実験だ。安全なのって言ったけど、彼女にとっては銀鏡反応なんて安全で簡単なものらしい。こっちは初めてだというのに……。


 やるせない気持ちになりながらも、僕は少女に引っ張られて実験室に入る。危険に身を投じたくはないけれど、椛とは実験してしか遊ぶことができない。彼女のためにも、僕は実験に着手するのだった。




 ◇




 試験管の中には、透明な液体の中で沈殿する(いびつ)な形の銀が出来上がっていた。理科室にあるような水道付きの机に、僕は両肘をついて俯きながら、ため息を吐いていた。


「お疲れ様。成功してよかったわね」

「……手慣れてる人がいたからね。良かったけど、気疲れしたよ……」


 椛が黒い机に2つの湯呑みを置く。中身は臭いから察するに緑茶で、実験器具が立ち並ぶこの部屋には似つかわしくなかった。

 隣に座る椛がお茶を啜る。音が聴こえただけで見たわけじゃなかった。


「もうお昼時だけど、どうする? 簡単なものでよければ作るけど、時間かかるわよ?」

「…………」


 今日は朝から来ていて、変な実験もしたからお腹は空いた。ここで更に、何が出たものかわからぬ椛の料理を食べるのは、些か気が引けた。


「外食にしよう……その前に、一呼吸したい」

「いいわよ。ゆっくり休みなさい」


 椛は僕の隣に座って、使った器具の片付けを始める。

 試験官もビーカーも、冷めたバーナーも、慣れた手つきで着々と掃除していった。

 1人分の化学室としては、この広さに、この机に、10畳ほどのこの部屋は丁度いいのかもしれない。彼女には無駄な動きもないし、ピッタリなんだと実感していた。


「……キミの家には、不要な物がないよね」


 なんとなく呟いてみると、椛は振り返ることもなく、自慢げに答えた。


「そうよ。私に丁度いい住まいだもの。人間なんて、生きようと思えば3畳もあれば一生を過ごせるわ。そこから自分の趣味のものを増やしたら、それじゃ足りなくて、敷地を増やす。見栄だけ張って広い家に住めば、有り余って逆に不便になる……私はね、自分の(うつわ)にピッタリの家に住んでるのよ。それは、とても素敵だと思わないかしら?」

「……ああ。良いことだと思うよ」


 自分にあった、自分の場所。それがある彼女が、少しだけ羨ましく思えた。僕は行く先々が地獄ばかり。そこで戦うだけの日々だったから、休息の取れる自分だけの家があるっていうのは羨望の眼差しで見ざるを得なかった。


「……幸矢くんが一人暮らしするなら、6畳一間かしらね。物少なそうだけど、本と、人と戦うものは持って行きそうだし」

「……そうだね。飾らなくて済むなら、それで良さそうだ」


 "黒瀬家"の名に恥じるようだが、おそらくそれで十分だろう。十分――過不足のないその状態こそ、人間の最高の贅沢。僕の贅沢は、簡単そうなものなのに、なかなか実現するための決断もできない。


 一人暮らしすれば――それはいつになる事だろう。

 自分に合う場所に住む……型にハマることができるのは、いつだろうな。


「幸矢くん?」

「……?」

「思い悩んでるようだけど、別に家だけの問題じゃないわよ? ああ、貴方ならこの一言でもうわかるわね」

「……うん」


 椛なりに励ましてくれたのが、僕には伝わった。

 彼女の家は、彼女に見合ったものだ。

 見合ったものなら家じゃなくたって良い。服や友人、通っている場所なんかも自分に見合っている場所なら、充足の終えた人生と言える。


 少なくとも友人に関しては、僕は満足している。……そうだな。


「良い加減僕も、変われれば良いんだけどね……」

「それが自分の意思で出来るなら、人間はこんなに複雑でもないし、生き残りもしなかったでしょうね(※1)」


 それもそうかと思いつつ、僕はお茶を口に含む。普通に暖かい緑茶だった。やはり僕は、友人にだけは恵まれたと思う。




 ※1:人間がすぐに成長したりいい方向に変われた場合、戦争もなくなり、もっと早く人口過密に陥って破滅、もしくは一部生き残った悪党に皆殺しにされていたということ。

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