表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
90/120

第81話:3月21日

 2月は流れるように過ぎていった。

 バレンタインからというものの、僕と椛の距離が近くなったぐらいしか変化がない。平和だし、学校では勉強して、放課後には晴子さんの隣に立って教えて、その場には椛も同伴したり、それから一緒に帰って……。


 3月になって、期末試験がある。成績が決まる最終課題だ。試験期間は口数も減り、試験が終わる3月半ばまでは何事もなく過ごしていた。


 無論、非常時の準備も怠っていない。レンタルボックスを借りてその中に色々と物を貯めていた。

 美代も入学してくる、家族にだってこれらの事はバレたくない。

 晴子さんにだけはレンタルボックスの場所と、鍵のスペアを缶詰の蓋で作って渡してある。彼女にも身の危険が迫るかもしれないし、非常時には使って欲しいものだ。


 そうして時間だけが過ぎ去り、3月21日を迎える。この日がどういう日かというと、晴子さんの誕生日だった。この日、3月21日(サニーの日)に生まれたのは本当に偶然らしいけど、それも素質と言えるだろう。


 終業式4日前のこの日は平日で授業もあり、いつも通り登校していた。


「……凄いわね」

「いつもの事だよ……」


 誕生日、晴子さんの周りにはいつもの比ではない人集(ひとだか)りが出来ていた。学年クラス問わず20人前後が彼女を囲い、廊下から人集りを見て会うのを断念する人も何人いたことか。


 晴子さんは、みんなの勉強を見たり、相談に乗ったりする。相談に乗るのはタイミングが合わないと難しいのだろうが、晴子さんの下駄箱に相談事を書いた手紙を書いておくと、送り主に返信が来るとか。

 教師陣からも信頼を勝ち得ており、昼休みもお弁当を食べたら各階に見回りに行くぐらいの人間だ、人望は厚い。その人の誕生日ともなれば、衆目を集めるというのはまさに至言だ。


「……幸矢くん。アレに混ざりたい?」

「別に……ああいうのはわかってるからね。プレゼントなら今日の昼頃、宅配便で届いてるだろう。会う理由はないよ……」

「そう。……ま、私は今日初めて誕生日だって知ったし、何も用意してないから会わなくていいかしらね」


 そういう事で、僕等は晴子さんに話しかけることはなく、のんびり過ごしていた。8時25分に予鈴がなると、あれほどいた人集りも少しずつ散って行く。


「ところで、幸矢くんの誕生日はいつなの?」


 思いついたように椛が尋ねてくる。誕生日ぐらい教えてもいいか。


「7月17日だよ……」

「へぇ、夏なのね。性格から考えると冬っぽいのに」

「見た目でわかることなんて、たかが知れるってことさ……」

「それもそうよね」


 納得して頷く彼女は早速スマホを取り出して僕の誕生日をメモする。夏休みに入るか入らないか微妙な日にちだから、会えるとも限らないけどね。


 さらに5分が経ったようで、チャイムが鳴って朝のHRが始まる。

 僕等もまだまだ16歳の若者、規則に(のっと)って学生らしく、今日もまた勉学に勤しむ。




 ◇




 朝にそんなことを言っていたけれど、晴子さんは今日も教室に残って勉強をする。いつも通りどこからともなく1-1にやって来て1人1つ机を使っているのだが、机は当たり前のように埋まって、廊下で待機してる人までいる。廊下にいる人は勉強してるわけでもなく、何がしたいのかわからないけれど、僕と椛もこの教室に居て、勉強を教える手伝いをしていた。


 3月の期末試験を満点だった3人が教室に居るんだ。少なくとも僕と晴子さんは数学におけるSin関数のフーリエ級数展開ぐらいはできるレベルで、歴史も覚えてないものがわからないぐらい勉強している。漢検1級を持つ晴子さん、化学の会社を現場で数年生きてきた椛。

 正直、塾で何か学ぶよりかはいい場所だと思う。無料だし。


 誰かが手を上げれば僕か椛がすぐに伺い、それでも足りない時は晴子さんが行く。こんな日まで勉強を教えなくてもいいだろうに、人に教え、自分でも勉強を繰り返していた。


 最終下校時刻を過ぎて、僕等は校門の外に出た。後から続く晴子さんは人に囲われ、リュックと手提げ、いつものスクールバッグを持っていた。今日だけで鞄2つ分の荷物を貰ったらしく、両手が塞がっている。他の人が持つと言っても、渡さないから塞がったままで、僕も人目のある今は取る気がなかった。


 椛と2人で集団の前を歩く。後ろとは3mぐらいの距離があって、僕らみたいな声の小さい人間の会話は聞こえそうになかった。


「後ろ、快晴とアリスもいるわね。どうするのよ、幸矢くん?」

「……別に。なるようになるさ」

「貴方はそんなことを言うのね。アレだけのプレゼント、1つぐらい爆弾が入ってても――そう思わないの?」

「そんなものがあるなら、間違いなく時限式だろう……。今は人がいるから……無駄に人を殺したいと思うような奴なら別だけれど、あの中には快晴や、他にも陽キャラが居る。死ねば学校に損害を与えるし、間違いなく僕等が犯人を捕まえる。そうわからないような奴が晴子さんを殺そうだなんて、笑止千万だよ……」

「確かにそうだけれど、晴子さんの敵は天才だけとは限らないわ。一般生徒がプレゼント……食べ物なら、毒を盛る可能性もあるんじゃなくって?」

「食べ物は、送り主の名前を付箋に書いて、食べ物の箱に貼ってから晴子さんは食べる。1日1つなら、犯人が割れるだろう……?」

「殺す手段ないわね、あの女」

「……殺せなくはないんだよ。ただ、確実に相打ち以上に持ち込むだけさ」


 ということで、晴子さんが殺されたとしても犯人は特定できるし、多くの恨みを生むだけだから意味がない。基本的に暴力も通じないし、寧ろ握力173kgだし……。


 そもそも殺したいほど晴子さんを恨む奴はそう居ない。生徒会長になりたいのになれない人ぐらいじゃなかろうか。おそらく、後1年は晴子さんの政権が続くだろうし、それは諦めてもらうしかないけど。


「そういえば、幸矢くんは晴子さんに何かあげたの?」

「……。朝にも話したけど、郵便で送っといたよ……」

「ああ、賢いわね。送料の無駄だとは思うけど、あんなに隙がないと、それも仕方ないわね。で、中身は?」

「……彼女の尊厳にかけて、言わないよ」


 後ろからはまだまだ歓談が聞こえてくる。終わりのない楽しげなお喋りに対し、椛はため息を吐いた。

 何を思ってるのか察し、尋ねてみる。


「……くだらない、って思う?」

「そうね。とてもくだらないわ。でも、アレがセンスというか、逸材というか……」

「……疲れてるね、君」

「ええ、そうね。何かスカッとする事はないかしら?」

「……何かやるなら、僕の居ない所でしてよ?」

「善処するわ」


 悪いことをしそうだったから釘をさしたけど、彼女の浮かべる薄ら笑みから、この近辺で事を起こすんだろうと想像できた。


 世の中というのは残酷なもので、100均ですら売ってるキッチン洗剤を使うと、血液のタンパク質が分解されるとか。漂白剤とか蒔けば検査が使うルミノール反応も誤認させられたり、証拠隠滅……なんて事も、椛ならもっと上手い手段でやるのだろう。

 化学の子が犯罪を犯しても、証拠は残らない。人を殺してスカッと――みたいな事はやめてほしいな。


「にしても、天才さんの誕生日ってつまらないものね」

「……そう?」


 荷物の量を考えると、とてもそうは思えない。いつもよりチヤホヤされていたし。

 まぁ、僕等傍観者からするとそうかもしれない。盛大に祝ったわけでもない、何かハプニングがあったわけでもない。しかし、その理由も簡単にわかる。


 例えば、何かサプライズをして晴子さんを驚かせたとする。その時、もしも晴子さんがサプライズを嫌いで怒ったら――普通に考えると、サプライズはいいものだけど、相手が晴子さんの場合、"嫌われるかもしれない"という可能性は潰したいというもの。いつもの当たり障りない関係を少し大袈裟にした、今みたいな感じがベストなんだろう。


「……幸矢くんの誕生日、私は家に行ってもいいかしら?」

「……僕は構わないよ。ただ、状況次第だけどね……」

「美代ちゃんね。大丈夫よ、先輩がモルヒネだけで(あえ)がせてあげるわ」

「……ああ、うん。致死量超えるんだね……」


 どうせ注入量がエグいのだろう。椛との会話もそろそろという頃、やっとこさ井之川の駅に着いた。

 椛と別れ、僕は1人で足早に駅のホームの目立たない所に移動する。後続の晴子さん達の近くで行動するのは、まだ高校生達の認知する僕らしくないから。


 真澄原で降りるのは、僕と晴子さん、快晴だけだ。だから、駅に着けば会うだろう。

 そう思いながら電車に乗って、つり革に掴まって揺れる籠の中を、いつもより薄い息を漏らしていた。


 電車を降りて、ホームの端っこに着く。改札の方へ歩いて行き、ICカードに電磁誘導の電気が流れたおかげで今日も改札を通る事ができた。


 券売機の前で待つこと数分、まだ晴子さんは来なかった。プレゼントは届いてるだろうからいいけど、まだ言ってない言葉があるから、僕はずっと待っていた。


 やがて、快晴と晴子さんが改札の向こうに見える。僕は歩み寄ることもなく、彼らが僕のところへ来るのを待った。そして、


「やぁ、幸矢くん」


 いつもの挨拶を、晴子さんは僕にした。何1つ変わらないその笑顔で、話しかけてくるその少女に、僕は言った。


「やぁ、晴子さん……。誕生日おめでとう」


 その一言を言うのに、空が暗くなるまで掛かってしまった。だけどそれは彼女の作り出した人間関係と、彼女の描いた僕の人間関係に起因するのものだ。だから彼女は文句もなく、むしろ、ただその一言が貰えて嬉しそうにはにかんで――


「ありがとう、幸矢くんっ」


 そう応えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ