第80話:バレンタインデー⑤
次回はintermissionです。
1回目で触れた愛について、もう少し真剣に書きました。ご期待ください。
全校生徒にチョコを配り終え、渡せなかった余り等は山分けになった。快晴のグループ及び僕と椛、晴子さん、そして生徒会の面々……どこか食べに行くには、少々人数が多かった。
「生徒会は生徒会で打ち上げをしようか」
晴子さんのその提案が意外だったのは、僕だけだろう。表情は変えなかったし、ピクリとも動かなかったから察知はされなかった。
僕は周りに目配せをしてから、今一度晴子さんを見る。彼女も僕の視線に気付くと見つめ返してきて、地面に向けて中指を立てた。
"このままでいい"というハンドサイン――あとで合流するのだろう。なら、僕もこの状況を受け入れようか。
「……お金は?」
「ははは、構わぬよ。生徒会で企画してやったことだ、私がこちらの分は払おう」
「……はぁ、そう」
それだけ会話をすませると、お互いに視線を逸らす。僕は快晴グループと椛に向かってこう問いかけた。
「……どこに行きたい?」
「ファミレス!」
「カラオケ!」
「どこでもいいわ」
「チーズフォンデュ食べたい!」
三者三様、様々な意見が出る。人の金だから遠慮しないんだろうけど、お金下ろすまでにならなきゃいいな……。
「幸矢様はどこに行きたいのですか?」
ささやかな心遣いか、アリスが僕の欲を訪ねる。いや、違うな。アリスは早く終わって欲しそうなだけだった。目が死んでる。
「……どこでもいいよ。君達の行きたい所で構わない」
「幸矢様がそう仰るなら……アリスは焼肉がいいなー!」
「…………」
わざと大声でそう言うあたり、タチが悪い。しかし、僕も早く終わって欲しいから焼肉でもなんでも構わなかった。
快晴達も焼肉に反応してその方針を勝手に固めていると、隣に居るアリスがしゃがみ、何かを拾う。
僕の財布だった。
「落としましたわよ、幸矢様」
「…………」
クスリと笑って、黒い長財布を手渡してくる。中身を確認すると、一番大きな札が10枚ほど増えていた。……なるほど。
「恩を売ったつもり……?」
「さて、なんのことかしら」
「……食えないな、君は」
「あら、私を食べたいの?」
「まさか……。しかし、君がこれを貸しにしないと言うなら、君にも人情があるんだろうね……」
「フフフ、失礼しちゃいますわ」
口元に手を当ててクスクスと笑うアリス。普通に仲良くしたいだけ、と受け取って良いのだろうか? それとも、ホワイトデーまでのツケか……。
どちらでも構わない。どうせお返しをする事に変わりないのだから。
行き先が決まると、僕等は歩き出す。焼肉屋に向かう足取りは、少しだけ重かった。
◇
腹が満たされ、揺られる電車の中。僕の隣には快晴が吊り革に掴まって何かを語りかけているが、僕は適当に相槌を打って話を聞き流して吊り革に掴まっていた。空白の頭は今日も思案で埋まっている。なんとなく、この後の展開もわかっていた事で……。
「――だから良い加減、俺とみずみん付き合っても良いと思うんだけど、どう思うよ?」
「……いいんじゃない?」
「そうかー! 幸矢が言うんだから間違いねぇよな!」
「…………ん?」
なんか重大な事を話してたらしいけど、まぁいいだろう。快晴は誰とでもうまくやっていくだろうし。
電車を降り、真澄原駅の改札を抜ける。思った通り、見覚えのある人がスマホを片手に壁に寄りかかって居た。
「おーっす! 晴ちゃん!!」
快晴がその人物、晴子さんに声を掛ける。彼女はスマホから視線を外し、相変わらずパッチリと開いた目で僕等を認識した。
「やぁ、2人とも。遅かったね」
「遅かったねって、俺達の事待ってたのかよ? あ、まだチョコ貰ってねーや」
「キミ達は焼肉の後だろうし、今は食べてもらわなくて結構だがね、私も折角作ったのだから貰ってくれ給え」
「毎年貰ってるしな。なっ、幸矢」
「あぁ……」
確かに、僕等は幼馴染だから毎年チョコを貰う。晴子さんからのチョコは面白い事に、毎年文字の形をしていた。去年は、僕へのチョコは"成"、快晴へのチョコは"高"の形をしており、僕には"成長"を、快晴には"今年から高校生活、頑張ろう"とメッセージが込められていた。
だから、成長については去年から言われてたんだけど……僕は成長できたのだろうか?
ちなみに、快晴へのチョコの意味が安直なのは、普段からなんでも話しているため、言うこともないらしい。
「……ここで良いの?」
「ん、少し歩こうか」
気を使わせると、晴子さんははにかんで身を翻し、歩き出す。僕等もそれについて行き、外に出た。
既に日は沈み、黒く塗りつぶされた空が僕等を迎え入れる。チョコを配って、ご飯を食べて、移動して、時刻は既に18時を過ぎていた。
「はー……まだまだ寒いねぇ」
「幸矢が近くに居ると、気温が4℃ぐらい下がるよなぁ」
「4℃じゃ済まなくしてあげようか……?」
「こえーよ!」
普通の学生みたいに軽口を叩きながら雑踏の中を進んでいく。土地勘のある場所だ、先導する晴子さんが行く方向から向かう先の見当がつき、僕等は文句も言わずに歩いて行く。
「……快晴さぁ、本当に悪いと思うんだけど……」
「あ? なんだよ?」
「……電車の中でしてた話、あんまり聞いてなかった。晴子さんも居るし、後でまた聞いても良い?」
「はーっ!!? マジかよお前……ひぇええ」
「む? なんの話だい?」
「快晴が女の子と付き合うのかどうかって話……」
「ああ、良いんじゃないかい? もう高校生だし、中学の時みたいな失敗もせぬよって」
ついでに電車の時の話も晴子さんに伝えてしまう。快晴は中学の時に彼女が居たけれど、よくわからないうちに別れてしまった。晴子さんは色々知ってるんだろうけど、傷口を掘り返してまで聞こうとは思わなかった。
「いやぁさぁ……俺もモテるわけよ? でもさ、昔からお前らの側に居たせいで、普通の人が恋人でいいのかなー、って思うわけよ」
「ははは……キミの人生の伴侶を私達と比較してどうする。キミが好きになったのなら、その人を選ぶべきだよ」
「……晴子さんの言う通りだよ。君の人生だし、そのパートナーを僕等と比較してたら、相手なんて見つからないよ……?」
「いやーでも、アリスだって俺と仲良くしてるしなー」
『…………』
「え、なんで黙んの?」
それは明らかに演技だからだろう。彼女の本性は今日僕に話したみたいな敬語で、社会が人を食べて育つとか面倒な話を好む。正直僕には、なんで未だに快晴の近くに居るのか不思議なぐらいだった。
「アリスは、何がしたいんだろう……?」
「さぁね。ただ、彼女も頭がキレるからね。何か意味があるはずさ。快晴くんはよく天才に目をつけられる。流石は我等が幼馴染だなぁ」
「まぁ? 俺ほどの人間ともなれば? 世界中の人が注目するっていうか?」
「快晴、鼻伸びすぎ」
素早くツッコミを入れるも、晴子さんに褒められた快晴は天狗から戻れず、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
そうこう話しているうちに、懐かしい場所に辿り着く。
おにぎりみたいな形をした、高さ 7、8mほどの高さの滑り台があり、他にもブランコや砂場といった代表的な遊具もある、周囲30mほどの中規模な公園。
賑やかなはずのこの場所も、18時過ぎのこの時間は人っ子ひとり居らず、静寂に満ちていた。
昔は――よく遊んだものだ。小学校低学年の頃は外で遊ぶのが大好きで、高学年になってからは勉強が主になったけれど、快晴も居るから外で遊ぶこともあって、その時はよくこの公園に来た。子供さながらに駆け回った日々は大切な思い出。
今日はたまたまこの3人だけだからこの場所に来たのだろう。年に1、2回ここに集まるけれど、今日がその日らしい。
「……うおー、すっげー静か。こういう所で渡されると、俺に気がないのわかってても照れるんだよな」
「キミ、恋人できそうなのだろう? 幼馴染に義理チョコを貰うぐらいで心を揺らがすでないよ」
「不純だな、快晴……」
「お前ら、なんで普通に俺に対して失礼なん?」
幼馴染の特権じゃなかろうか。
僕等は園内に入り、晴子さんが入り口からすぐのベンチに座る。僕等は立ったまま、彼女がスクールバッグのジッパーを開ける様を見ていた。
「今年も例年通りだよ。1文字を象ったチョコだから、変な期待はしないで欲しい」
「わかってるよ……」
「もらえるだけ嬉しいし、今年はなんの文字かって毎年楽しみなんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。フフッ」
クスクスと笑いながら、2つのリボンのついた箱を取り出す晴子さん。赤いリボンは快晴用、青いリボンは僕用、例年こうだった。
「さて、では受け取ってもらおうか」
左右それぞれの手に1つずつ持って渡してくる。このチョコは、友達だからとか、好きな人だからと渡すものじゃない。
ネクストステージへの切符だ。
晴子さんの言う通り、最近は平和だった。3月も平和なのだろう。
でも2年生になれば――また変わってくる。
クラスが変わり、晴子さんや椛と別れる可能性もあって、人間関係が崩壊していく可能性もある。
その前に心構えとなるようなことを僕等に伝えるはず、今回はその絶好の機会だった。
開けていいか尋ねることなく梱包を破っていく。快晴のいる場で開け、お互いの文字を確認し、晴子さんからお言葉をもらうのが慣習だった。
15cm四方の箱を開けると、透明なクッションシートに包まれた黒いチョコレートが次の文字を成して置かれていた。
"気"――たった一文字なのに、重い文字だった。
快晴のチョコを見ると、全く同じチョコが入っている。気という漢字……古くからの中国思想について語るわけではないだろうけど、なんのいみがあるのだろう……?
僕達は晴子さんの顔を見た。
晴子さんは睨みにも似た強い視線で僕等を見返している。普段の朗らかさを感じさせない鋭い目つきに、僕等は生唾を飲み込んだ。
晴子さんは表情をそのままに、息吹の出そうなその口を開く。
「――我々は、もうすぐ二年生になる。私と幸矢くんはクラスを離れたりするかもしれないし、椛くんとアリスくんもどう出るかわからない」
言葉を区切り、立ち上がる。
強い視線で僕と快晴を交互に見つめ、彼女は言う。
予想だにしない言葉が飛び出し、僕と快晴は目を見開いた。
「私は――来年度、死人が出てもおかしくないと思っている。それが私なのか、幸矢くんなのか、或いは快晴くんなのかはわからない」
「……どういうことだよ、晴ちゃん?」
「なんで僕等が……死ぬ?」
「――今はまだ言えぬ。だが、幸矢くん。君なら、考えればわかるのではないか?」
「…………?」
そうは言われても、考えつくのはクラス替えからくる人間関係の悪化ぐらいで――見当がつかない。
あと考えられるとしたら………………美代、か。
義妹が何かを企み、僕等をバラバラにしようとするかもしれない。
ああ、わかってるさ。
この時期に留学なんて絶対におかしいのだから。
美代――お前も、理想郷製作委員会の一員なんだろう?
「……まぁよい。とりあえず、来年度は心するように、バレンタインでは、何も起こらなかった。だからといって"気を許さない"ように、"気を張れ"の意味でも"気"だ。そして、何があっても"気をしっかり"もつこと。……ふふっ、総合的には、"気合い"を入れろということさ。頑張ろうじゃないか、幼馴染達よ」
晴子さんは、僕と快晴の肩を掴む。必然的に見つめてしまう彼女の瞳はとても艶やかで、優しさに満ちたいつもの雰囲気とは違う。
死に対する警告――それはつまり、2年生からはまた何かと戦うのだろう。今が休養期間だといっても、気の休まることはない。
いや、休養期間などではないのだろう。
これは準備期間だ。次なる戦闘に備えて物資を補給しておこう。
気を許さず、気を張り、気を確かに。
その言葉を今一度心に留め、僕等の2月14日は終わった。
 




