第79話:バレンタインデー④
生徒会室は無人でありながら、長テーブルに置かれたビニール袋が4つほど目に入り、状況を察した。
ビニール袋には袋いっぱいに市販の20〜30円のチョコが入っている。生徒会でこれを配り、求心力を高めるのだろう。僕達はお手伝いに呼ばれた、か。
「……僕が参加するのはどうだろう?」
「そうね。貴方学校1の嫌われ者だし」
僕の言葉に便乗して不敬な発言を乗せる椛。立っている意味もなく、2人で中にある椅子に座った。
向かい合って座ると、椛は顔を突っ伏してしまう。誰も居ない部屋で2人きりが耐えられないようだった。自分の家でもないし。
僕は暇だから本でも読もう――なんて思っていると、もう人が来た。勢いよく生徒会室のドアが開かれ、長身の男が姿を現わす。
「おーっす! 相変わらずジメジメしてんな、おめーら」
「君はいつも元気だな……」
放課後も元気な快晴に適当な相槌を打ち、彼よりもその後ろにいる2人に目を向ける。アリスと晴子さんの2人だった。その他にも快晴の友人が数名居るが、アリスが居ると心が重い。
あの気持ち悪いテンションを目の前で見せられるのかと思うと、ね。
「ふふふ。皆の者、集まってくれてありがとうね」
晴子さんが快晴の前に立ち、前口上を口にする。聞かなくてもわかる本題を、生徒会長神代晴子が語った。
「皆には何をしてもらいたいかというと、チョコ配りのお手伝いだ。生徒会から皆にね。手伝ってくれたら打ち上げでどこかに行こう。なんでも奢ってくれるよ、黒瀬くんが」
「…………」
そういう使い方をしますか、貴方は。別にいいけども。
なんだかんだで歓声も湧き、なんとも言えない気持ちになった。快晴もアリスも喜んでるし……快晴はともかく、アリスは演技だよな?
「というわけで、この腕章を付けてくれ給え。付けたらそこのお菓子を持って正門前に集合だ!」
『オー!!!』
快晴の居るグループだからか、流石元気が有り余っていた。僕と椛は目を細めて見ていたけれど、お互い顔を見合わせるとため息が出るのだった。
◇
「チョコ配ってまーす!」
「生徒会のバレンタイン企画です! 貰ってくださーい!」
正門の真ん前で、快晴他女子3人と生徒会メンバー9人が安チョコを配っている。それを敷地内にあるベンチから、僕と椛は見守っていた。
椛は女子だし参加しても遜色ないのだが、ああいった陽気な雰囲気に溶け込めないと諦めた。
「何が楽しいのかしらね、あれ」
「人を喜ばせれば、人は満たされるだろう……?」
「それで待たされてちゃ訳ないわ」
組んだ足の上に肘を乗せて退屈そうに嘆く。なら帰ればいいんだけど、失礼だから言わないでおく。というか……
「今日は2人で居ること多いね……」
「……。なによ。貴方、意識しててっ……」
「…………」
盛大に噛んで、椛は口を抑えて蹲った。今日は本当にらしくないな。大丈夫か……?
「ねぇ、具合が悪いなら帰っても……」
「どこも悪くないわよ! 貴方ねぇ……本当に……もう……」
「…………」
顔を上げて怒るも、またすぐに俯いてしまう。顔が赤かったのは怒ってるからじゃないんだろう。
まぁ、僕等はここでゆっくりしてればいい。粗方生徒が帰ったら、今度は部活を見て回るんだろうけど、それを僕等が見学してる必要はなんだろう。わからないけど、待ってれば終わるんだろうから、本でも読もう。
今日は、椛と一緒にいすぎた。彼女の恋心を膨張させるメリットなんて、僕にはない。ヤれればいいなんていう最低男だったら話は別だったんだろうが……。
仲良くなったところで、僕が晴子さんを好きである以上、不幸な結果にしかなり得ない。
今日はこれ以上話さない方がいいだろう。
僕は椛のことを放っておき、本を取り出して読み始める。こういう時はいつものだらしない猫背ではなく姿勢を正して、物静かに読むのだった。
それからどのぐらいじかんが経っただろう。いつのまにか隣に座ったアリスが声を掛けてくる。
「幸矢様はこういうイベント、お嫌いですか?」
「……。別に。誰かがワクワクしたり、喜んだりする日なら、それでいいさ……」
「俯瞰的な意見ですわね。貴方自身、何かを貰って一喜一憂しないのですか?」
「……。…………」
「……そんなに考え込むほどですの?」
「……貰えたら嬉しいよ。君のはアレだけど……」
「酷いですわ」
苦笑して言うアリスは、まったく傷付いてなさそうだった。僕は本を閉じ、配っていたはずの晴子さん達の方を見る。既に彼女等の姿はなく、勝手に校舎に戻ったようだ。椛はまだ隣に居て、不審げにアリスを見ている。ふむ……。
「君はなんでここに……?」
「貴方のお目付役ですわ。これからジェノサイドワンダープリンスパフェを奢ってもらわねばならないのに、帰られては困りますもの」
「……それがなんだか知らないけど、君なら買えるんだろうに」
「んー、私はいつ戻るかわかりませんので、奢ってもらえるときに奢ってもらわないと」
「…………」
いつ戻るのかわからない。その言葉はちょっとした衝撃だった。自分の都合で来てるのは察してたけど、本当に適当なんだな、って。
「ねぇ、幸矢様? 私は正直、快晴くんの側に居るのは飽きましたわ」
「……そう。まぁ、普段の彼から学ぶことは少ないからね……」
「ええ。ですが、彼でも最低限私と話し合うことはできる。そう知れただけ良かったかも知れません」
「……あくまで、ただの話し相手?」
「なんですの、その言い方。えっちでもしろと言うのですか?」
「…………」
軽く、アリスの頭にチョップを落とす。避けられるはずの攻撃を彼女は甘んじて受け入れ、クスリと笑う。
「幸矢様、顔が真っ赤ですわ。クールぶってるのに初心なのですね。可愛い」
「……煩いよ」
厄介な相手から顔を逸らすと、反対側にいる椛と目が合う。すると椛はクスクスと笑いだす。ああ、その笑みは久し振りに見たな。
「……何さ?」
「私ならいつでも相手になるわよ?」
「……揶揄うなよ」
本心で言ってるんだろうけど、そう言ってお茶を濁した。品のない冗談は嫌いだが、赤面するのは思考でどうこういう問題じゃないから制御できない。
「性欲が汚いのは、なんの苦労も考えもなく快楽が得られるからだ。頑張らなくても快楽が得られる、それを求めれば堕落する……」
「幸矢くん、急に何言ってるのよ?」
「冷静な思考をしていないと落ち着かないのでしょう。察してあげましょうよ、北野根様」
「……君達さぁ」
ふぅっと、1つため息を吐く。人の欠点をズバズバ突いてくるのは如何なものか。晴子さん達が戻ってくるのはまだまだ先の事、これ以上揶揄われても嫌なので話を振ってみる。
「こういうイベントがあるから国内外でお金が動くだろう? そう考えたら、このくだらない催しにも価値はあるのかな……?」
「あら幸矢様。その言い方ですと、人の思いを食べて社会が育つ、みたいですわ」
「実際そうじゃないかしら? 人間が群れて社会を成すのなら、群れを良くするためには個人個人が喰われるしかないわよ?」
話に乗ってくれた。やれやれ、性的なことで揶揄うのは今回ばかりで勘弁してほしい……。




