第73話:バレンタインデー①
誤字脱字など、報告よろしくお願いします。
高校の門を出て5分ほど経った頃、街の往来が多い中で隣を歩く椛が、顔をこちらに向けて小さく傾げた。
「ねぇ、幸矢くん?」
「……何?」
もはや横に歩くのが普通の椛は、いつも通りの聞き方をして来た。僕もいつも通り相槌を打つと、椛はこんな事を言った。
「確か、右利きだったわよね?」
「……そうだけど?」
「なら、ちょっと左腕出してくれるかしら? ちょっとでいいのよ」
「……?」
よくわからないけど、見たいだけなら……と思い、僕は左手を差し出す。椛はスクールバッグを肩に掛け、両手で僕の手首を触ってきた。
「あっ……何か付けてるのね?」
「重りだよ……いつも付けてる……」
「取ってくれるかしら?」
「…………」
拒否する理由もなく、僕は袖を捲って重りを出し、マジックテープを剥がして右手に重りを持った。もう一度彼女は僕の左腕を掴み、目を閉じて何か考え始めた。正直、状況が掴めない。
「……何を企んでるのさ?」
「何よその聞き方? 普通、"なんでこんな事をするの?"じゃない?」
「君の場合、また何か良からぬことを考えてそうだからさ……」
「冗談はやめなさいよ。貴方達は私が何しようと、私を殺すまではしない。けど、アリスは最悪私を殺すかもしれない。彼女の事がわかるまで、大事は起こさないわ」
「……そう」
それを聞いて、少しホッとした。晴子さんもああ言ってたし、暫くは安泰らしい。
「……なら、なんで腕を触るのさ?」
「別に良いじゃない。減るもんじゃないし、何か塗ってるわけでもないし」
「……まぁ、良いけど」
「……って、もういいわよ。ありがとう」
「ああ……?」
礼を言われても釈然としない。結局何だったのだろう。
僕は重りをつけ直し、無言で歩き出す椛の横を歩き続けた。
駅前で椛と別れると、2駅離れた真澄原の駅に向かい、いつもの街並みを見ながら寄り道もせず帰宅した。
玄関先で、珍しいものを見つける。
藍色のスーツケースで、僕の腰ぐらいまでの高さがある。随分と大きいし、7泊以上するのかと思うぐらいだ。そのスーツケースの横には、中学の制服を着た義妹が立っていた。
「あ、兄さんお帰り」
「ただいま……。卒業旅行?」
「え、それ3月だよ?」
「……じゃあ、どこ行くのさ?」
「あ、兄さんには言ってなかったっけ?」
美代は左手の手のひらを右手でポンと打つ。それ、何か閃いた時の仕草じゃなかろうか。別にいいけどさ……。
謎多き少女は何故か胸を張り、右手の人差し指を立てて、偉そうに答えた。
「私、ちょ〜っとだけ海外留学するんだよね」
「……この時期に?」
「この時期に」
「…………」
どう考えてもおかしい話だった。
美代は中学三年生だ。もう受験も終わり、僕の通う井之川高校に合格している。だから4月までは中学で最後の思い出を――と考えるのが普通の思考だろう。
海外留学。
2月が始まって間もないとはいえ、中学の卒業式に出席できるんだろうか?
「……中学の方は大丈夫なの?」
「知らないよそんなの。義務教育だから卒業できるんじゃない?」
「まぁそうだけど……」
中学の事なんてどうでも良さそうだった。3年間付き合った仲間との別れがまったく惜しくなさそうで、そんな義妹が僕は悲しかった。
「……どのくらい居ないのさ?」
「わかんないけど、なるべく入学式に間に合わせるよ」
「……1人で怖くないか?」
「うわーっ、兄さんやっさしーっ! 付いて来てくれるのー!?」
「行かないし、何の手続きもしてないよ……」
ぶっ飛んだ話を突っぱねて、僕はやっと靴を脱いで玄関を上がる。これ以上話していても疲れるし、どうせ国際電話で連絡も取れるだろう。留学するからって、別にどうという事はない。
ただ、気になるのは――もう1人の、留学すると言った少女の事。
富士宮競華は留学という名目で、彼女の所属する組織に帰化しているはず。頭が良いことを隠している美代は、本当にただの留学をするんだろうか――?
答えはわからないし、直接聞くのは勇気がいる。最悪家庭崩壊を起こしかねないから、僕は黙って美代の横を通り過ぎた――。
◇
美代も居なくなり、2月10日を迎えた。
最近様変わりしたことといえば、いい加減遠目で見ているのを飽きたアリスが快晴の友人達と仲良くなっていたことぐらいで、それ以外はこれといった変化もない。
晴子さんの言うような平和が訪れ、漸く一息といった感じで、安穏と平和を受け入れた。
「幸矢くんって、ホント淡白よねぇ」
「……?」
いつもの昼休み、向かい合ってパンを食べる椛に失礼な事を言われる。最近は普通の学生らしくなってきた椛も、口の悪さは治らないらしい。
とりあえず、小馬鹿にした理由を聞いてみることにした。
「なにさ、急に……?」
「だって、最近私に絡んでくれないじゃない?」
「……一緒にいるとは思うけど?」
「とか言って、最近はクラスの人の勉強を見てばかりで、一緒に帰ることも減ったわ」
「……まぁ」
それでも週に2回は一緒に帰ってるし、お昼はいつも一緒だし、そんな風に言われても困る。
「私のことなんて遊びだったのね。酷いわ」
「……?」
「……わからなさそうな顔しないでよ」
「いや、わからないから……」
何かのネタだったんだろうけど、伝わらなかったから適当に流した。僕としてはぞんざいに扱ってないと思うんだけど、椛はもっと構って欲しいのか。……あんまり気乗りはしないが、仕方ない。
僕はため息を1つ吐いて、こう提案した。
「……今週の土曜日、君の家に行ってもいい?」
「ええ、構わないわよ。でも、何するの?」
「……。……何しようか?」
困って首をかしげると、椛はクスクスと笑った。考えなしに提案したけど、僕等がすることなんて対話か勉強くらいだろう。当たり前のようにそう考えていたら、椛が意外な提案をしてきた。
「じゃあ、2人でどこかいきましょう?」
「……出かける?」
「そう、私に1日付き合ってちょうだい」
「……まぁ、いいけど」
断る理由もなく、了承することにした。また椛はクスクスと笑い、何がおかしいのか不思議だった。また良からぬ事を考えているなら、対策をして行かないと。
「……言質は頂いたわ。フフ、楽しみね」
「……楽し、み?」
「その疑問系はどういう意味よ。別に、変なことしないわ」
「はぁ……」
信用ないけれど、椛の表情は本当に怒っているようで、何もしないのは本当なのだろう。
正直、僕と居て楽しい人というのは理解に苦しむ。根暗で、楽しい会話も一言で冷ますような僕と一緒にいようなんて、晴子さんとか競華とか、奇怪な人間しか居ない。
「……君はなんで、僕なんかを側に置くんだろうね」
「面白いからじゃない? 貴方が瑠璃奈の親戚だったこと、あの子と幼馴染だったり……」
さりげなく椛が晴子さんを指差す。ふむ……僕等が起こす事を見ているのが面白いとか、考え方が面白いとか、そういうことか。
「君も奇怪な人だね」
「奇怪でも、人扱いしてくれるだけありがたいわ」
「そう……」
会話が噛み合ってない気もするが、そうか……。
まぁ、友達で居てくれるなら、なんでもいいだろう。
そんな長閑な会話をして昼休みが終わる。
こんな雑談をしているだけなんだから、本当に平和になったと痛感するのだった。




