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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第68話:自我

 アリスは、気付いているんだろうか。その一言が、ロマンチックの欠片もない言葉だと。個性(キャラ)さえ捨ててそれを言うということは、やはり彼女にとって、理想郷創造は悲願なのだろう。


「――個人の愛はすぐに廃れます。ですが、未来への愛が廃れたことが、かつてありましたでしょうか? 今の若者は将来に夢を持ち、中年になると政治に関心を抱き、子供を作って、老後には若者が作る未来がよいものであれと願う。我々にとって、未来という希望への愛は果てしなく続く永久(とこしえ)の存在。それよりもすぐに死ぬ個人を愛すると? 愚劣、とても浅ましい考えです」

「そんなの、どっちも愛せばいいじゃねぇか。好きな奴がいて、未来のために頑張る。それの何が悪い?」

「……本気でない人が、何かを成し遂げられるんですか?」


 アリスの言葉に、快晴は沈黙した。……この言い合いは、すでに勝負が決した。僕としてはわかりきっていた事だが、快晴ではこの対話に勝てない。

 アリスは立て続けに冷たい口調で論ずる。


「そもそも、瑛晴や涼晴といった多数を率いる人が、たった1人を愛すれば、どれだけの落胆があることでしょう? 勿論、人の頂点に立つ人間が恋愛もできないというのはおかしな世界です。ですが、本当の本気で、命を懸けてやるから、分かるものがあるんです……貴方程度にはわからない」


 完全に見下したその言葉は、僕と椛には意図が見えた。本当の命懸けで――僕達は共通で、1人の人物を思い浮かべる。


 黒瀬瑠璃奈。


 瑠璃奈は命懸けでプロジェクトを起こした成功者だ。今は何をしてるかわからないが、アリスの口ぶりからは今も変わらず頑張ってるのだろう。

 それをわかっているということは、アリスは瑠璃奈のことをよく知ってるのだろう。同世代だから当たり前かもしれないが……いや――


 ――他にもいるのだろうか?


 瑠璃奈みたく寝る間も惜しんで勉強したり、多言語を覚えて様々な交渉をし、計画を立てて、理想郷を作ろうとする存在が――。


 もしも、そんな人間がもう1人いたら、きっと――晴子さんの出番はないのかもしれない。


 瑠璃奈だけならダメな理由がなる。でも、もう1人いたなら――。


「……何か意見はありますか?」


 アリスの冷たい言葉で、僕は我に返った。快晴は未だにアリスと向き合っているが、何も言い返せないだろう。……可哀想だし、少し口出ししてみるか。


「命懸けっていうのは、別に理想郷のためじゃなくてもいいだろう……? だって、誰しもが必ずこの世界を良くするために、っていう信念で生きてはいない……。それぞれの欲望のために、人は命を懸けられる……」


 僕が横槍を入れると、アリスは瞬時に笑みを見せて落ち着いた声で応対した。


「全人類の欲望の向く先が理想郷創造に向くのが理想です。それが上手くいかない汚い現実……。でも、それは仕方ないのでしょう。人間の脳容量は1TBぐらいしかないくせに、感情は物凄い量ありますから……」

「感情というよりは、何を見て育ったか、あとは遺伝だろう……? それによって人の性向は変わり、何処に欲望のベクトルが向くのか変わる……」

「――即ち、"生き方"が統一されればいい。ですが、幼少期から保育園、学校などに通って生き方が統一されているのに、何故ベクトルが違うのでしょう?」

「……言うまでもないだろう」


 家庭環境。それに尽きる。

 学校で同じことをするなら、あとは家庭環境によってしか人は違いが生まれない。家での習慣や習い事なんかで人は大きく変わる。特に、9歳までは自我が確立しない……だったかな? その年齢ぐらいまでは生活で差がつく。


「理想郷を作るため、世界を変えるための子になれ、と言われて育つ子が居ると思いますか? クスクス……笑い話ですよね? 皆、自分の未来だけで手一杯で、世界を良くしようなんて考えない」

「……それを言うなら、君のさっき言ってた事は机上の空論になるけど?」

「いえ……少なくとも、貴方も良くご存知の瑠璃奈様は命懸けで理想郷を作ろうとしてるでしょう? そういう人もいる反面、残念な人もいる」

「つまりは――」

『自我』


 その言葉を重ねると、僕等は閉口して見つめあった。この議論の結論は、ここだったのだろう。アリスはそれをわかって、僕をこの答えに誘導した。だとすると、僕はこの子に言論で勝てないかもしれない。


 ずっと立ったままの彼女は平然と僕を見下ろして、その顔はどこか満足そうであった。


「……パフェ、めちゃくちゃ溶けてるわよ」

「Wow!?」


 突然外人になり、パフェを口に掻き込んでいくアリス。僕達は後味が悪いながらも、その勇姿を見守ることしかできなかった。




 ◇




 今日のまとめは"欲望は自我で決まる"という、本当にそうなのかわからない答えだった。あれから僕らも家に帰り、日常に戻る。僕は夕飯の食器を片付けたところで、自室に戻って晴子さんに電話をした。

 彼女はこの時間だといつもすぐ出るもので、3コール直前に出てくれた。


《やぁやぁ。どうしたのかな、幸矢くん?》

「どうも、晴子さん……。今日の事を報告しておこうと思って……」

《今日? 何かあったのかい?》

「あったから話すんだけど……」


 そんな寸劇をしてから、僕は今日の出来事を10分程かけて細かく説明した。これだけで僕等3人がアリスをどう思ったのかわかるだろう。そして、晴子さんならアリスの人間性や心の奥底を暴くかもしれない。

 そんな期待をしていたから、僕は


《アリスくんは厄介だね》


 その一言が、とても残念だった。


「……君でもどうにかできないの?」

《あのねぇ……そもそも悪い事をされたわけではあるまいし、粛清とかそういうことはまずしないからね? それと、今の話を聞くに、今回は軽い挨拶代わりだろう。競華くんの代理みたいなものだ、そんな言葉だけで終わるとは思えない》

「じゃあ、これからどうなると思う……?」

《わからないけど、キミの近くに居るだろうね。目的はおそらく、私と幸矢くんの監視。それ以外に転入の理由もないだろうからね》

「……それはそうだけど」


 もっと明確な何かが欲しい。お化けが怖いように、得体の知れないものが気持ち悪いから。

 アリス、その正体は現実主義(リアリスト)なのか夢想主義(ロマンチスト)なのかわからない。性格も素顔も偽物かもしれない。そんな人間が怖くないはずがない。


《監視が名目なら、私達に危害を加えたりしないだろう。好きに喋らせておけば良いさ》

「……でも、それでいいのかな?」

《いいのさ。今回の件は、快晴くんを使う》

「…………え?」


 何を言ったのか、わからなかった。

 ファミレスで口論になり、負けて悔しい思いをしてる快晴を、アリスにぶつける? そんなの、悪い末路が待っているだけだ。最悪喧嘩になれば、学校でヒエラルキーの高い快晴の印象が悪くなる。

 でも、晴子さんのやることは正しい。理由があるはずだが……。


「……何故?」

《何故って、キミは競華くんと快晴くんが何故一緒に居られたかわからないのかね?》

「…………」


 そういえば、競華は快晴とも一緒にいた。競華が初めて快晴と出会った時に、僕は妹が事故死して行ける状況じゃなくて、何故仲良くなったのかは知らなかった。

 普通なら、努力を重んずる競華がちゃらんぽらんな快晴と一緒に居るのはおかしい。


「……なんで、仲良くなったんだろうな」

《アレが仲がいいというのは複雑だがね。よく一本背負いしているし。ともあれ、今回もそういう感じで快晴くんと仲良くなってもらおうと思っている》

「アリスと?」

《うむ》


 不可能に近い話だった。あんなに険悪な2人が仲良くなれるのだろうか。まぁ、快晴は懲りずにアリスに特攻しそうだけど……。


「それで、大丈夫……?」

《……。キミにはわからないかなー? アリスくんや競華くんには、人間味が欠けていた。そして、快晴くんはそれを持っている。だからやはり、我々の武器というのは人間味なのだ》

「…………」


 まったくわからなかった。

 人間性の有無はわかるけど、それによってアリスと仲良くなるというのは僕には想像できなかった。でも、晴子さんがそう言うのなら、信じる他ない。


《キミは心配しなくていい。なんとか上手くやるさ》

「……わかったよ。アリスは適当に相手するさ」

《ああ。……それより、面白い話だったね》

「何が……?」

《京西高校さ》


 その言葉が彼女の口から出るのが、僕は少し怖かった。きっと彼女のライバルになり得る"晴"の名を持つ少年達、そして瑠璃奈という従兄弟の話もせざるを得なくなった。アリスが快晴にもその名前を教えたから、隠すことに意味はなくなったんだ。


 晴子さんは、どう思っているんだろう。僕等だって、本来は(・・・)京西高校に入学するつもりだった。それを取りやめて井之川高校に入学して、天才達とすれ違いになってしまった。

 でも、アリスや競華が僕等を見ているということは、いつかは出会うのだろう。その時、僕等は何をするのだろう。1つの国で頂点に立てるのは、1人だ。同じ頂点を目指す天才、特に瑠璃奈と一緒にいるという瑛晴。どちらが優れているのだろう。僕では推量れぬ天才の晴子さんと、同じ"晴"の名を持つ少年。


《――仲良くできそうだ》


 唐突に携帯から聞こえてきた一言が、僕の心を一気に軽くさせた。彼女は、対立することなんて考えていなかったのだ。


《私と同じように、この国を良くしようと頑張っている少年なら、とても気が合いそうだ。どんな人だろうね。それに、キミの従兄弟も……》

「……さぁ。でも――」


 きっと仲良くできる。

 何故なら、優しい貴女だから。


 その言葉は喉の奥にそっとしまい、それからはダラダラと雑談を続けながら勉強を始める。

 2月1日は、そうして静かに過ぎていった。

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