第66話:詮索
「どーでもいいけどよ、腹減ったし、どっか行かね?」
摩訶不思議な空気は、快晴の一言によって台無しになった。僕はどうも思わなかったけれど、アリスはキョトンとしてしまい、椛は吹き出しそうになっていた。
アリスは台無しにされた怒りもあったからか、汚物でも見るような目でしゃがみこんだ快晴を見下した。
「――北野根さんはまだしも、何故貴方みたいな阿呆が此処に居るのかしら? 力の差がわからないの?」
「わからねぇし、別にそんな事いいじゃんか。お前、友達少ないだろ」
「プッ……」
快晴の言葉に、いよいよ椛が吹き出した。……それより、アリスの様子が気になる。彼女は固まったまま快晴を見下し続けている。
……怒っただろうか? 手を出すようならすぐ止めに入るけど、僕らが見ている手前、彼女はどう出るだろうか。
「……アリスに友達がいるかしら?」
先程とは打って変わって、冷え切った声でそう質問した。快晴は立ち上がり、首をコキコキ鳴らしながら答える。
「知らねーよ。時計うさぎとか居るんじゃね? それよりメシ食いに行こうぜ」
「…………」
もはや言葉を失ったアリスは何も言い返さず、僕を見る。この先どうするかは、快晴の友人である僕の一存で決まるらしい。二者択一だろうが、正直寒いし、ここで語る必要はないだろう。
「……とりあえず、移動しようか。ここで話す必要もないだろう」
「えーっ? 学校の屋上って雰囲気でるじゃないですかー」
「……なんだ。君、全然怒ってないじゃないか……」
アリスは態度が一変し、ブーブーと文句を言う。表情も柔らかいものに戻り、ほっぺをぷくぷくさせていた。
「ふふっ。私はスパイですから。感情に身を任せたりしませんもの……。怒りなんて小人の感情ですわ。賢い大人は、冷静さを失いませんもの」
「……君、まだ子供だろう?」
「この国では15歳から働けるのでしょう? 私はもう大人ですわ」
「…………」
まぁ、大人と子供の基準なんて曖昧なものだ。精通したらとか、働けるようになったらとか、法律で守られなくなったりとか……。それなら、別に大人といっても良いのだろう。
「それでは幸矢様、参りましょうか」
「…………」
アリスは一足先に行ってしまい、快晴と椛は僕の隣に立つ。快晴はジト目でアリスの出て行った屋上の出入り口を眺め、呟く。
「アイツ、かなりヤベーだろ。幸矢、あんなのに構わなくてよくね?」
「……いや。それは僕の判断するところじゃないよ……。晴子さんがどう言うのか、それ次第さ」
「でも、あの子と居ると疲れるわ。こんなギスギスした空気を毎日吸わされたんじゃ、たまったもんじゃない」
「なら、君達が離れなよって……」
2人はアリスを毛嫌いしているようだけど、僕はそうでもなかった。面倒な人には変わりないけど、僕等みたいに哲学的な話を平気でできる人間はそう居ない。少し変わってるけど、友達になれるんじゃないか。なんて、希望を持ってても裏切られるのが怖いけど……とにかく、僕は彼女に戻ってくる手間を掛けさせる前に、移動するのだった。
快晴と椛は、渋々といった様子でついてきた。
◇
イチゴパフェ。
チョコレートパフェ。
ジャンボストロベリーロングパフェEX。
テーブルの上には3つのパフェが置かれていた。イチゴは椛、チョコは僕、長さ65cmのデカいパフェはアリスが頼んでいた。
「――不思議の国にイッちゃう!!」
パフェが来た時にそんな事を言っていたが、驚愕よりも喜びが勝っていたから食べきるのだろう。僕と椛は食欲を無くしたが、それでも目の前のものぐらい食べるだろう。
そういうわけで、僕等は高校生らしくファミレスに来ていた。席は男子と女子が対面する感じで、僕の目の前は椛だった。
「ほんとスゲーよな、そのパフェ。とりあえず写真撮ろうぜ」
「盗撮はプライベートの侵害ですわ。SNSにあげたら肖像権の侵害……」
「そこから撮られたら、私も写真に入るわね。迷惑だからやめてもらえる?」
「お前らそれでもJKかよ」
アリス、椛に拒否されて快晴は踏ん反り返るが、逆にアリスと椛はこう答えた。
「JKとか聞くだけでイライラする単語を使うのやめてくださる? 私、幸矢様が居なければこの国の学徒になんて決してならなかったわ。どれだけ諸外国にこの国の女子高生が下卑た色欲の目で見られているのか、わからないのかしら?」
「私はこの国に生まれた手前、そういうのから逃げられないのよねぇ……英語は見聞きできるけど喋れないし。外国に逃げられるなら逃げたいわ。同じ16歳に雌豚が多いせいで、風評被害もいいところよ。JKとかそういう流行り言葉は聞くだけでもイライラするわ。今日だって教室で何回バラトールを取り出したか……」
「あら、奇遇ですわね北野根さん。私も今日15回は火炎瓶投げそうになったわ」
「……アリス。感情で動かないんじゃなかったの?」
「だから、実行しなかったじゃありませんの」
「…………」
どちらにしても、これだけ物騒な女子高生はなかなか居ないだろう。というか、椛の言うバラトールって軍用爆薬だし……さすが化学の子、恐ろしい。女性の鞄の中は見ちゃいけないって言うけど、彼女達の場合は覗いたら最後、生きては帰れないな。
「そうですわ。そもそも、何故幸矢様はこんな中堅校に通ってますの? 貴方はバイリンガルだと聞いてます。外国にも行けるでしょうし、そうでなくとも京西高校に行けたのではないですか?」
「……まぁ、そうだね」
親元を離れるために外国に行ったり、もっと頭のいい場所に行くこともできた。それをしない理由は1つ、この場所に大切なものがあり過ぎるから。でも、それは言わない。隣にいる快晴のためでもある、なんて言おうものなら失望の眼差しで見られることだろう。きっとアリスは、友情なんてものに興味ないだろうから。
今ならわかる、競華が"人間味がない"と言っていた意味が。
「……というか、君は競華から何も聞いてないの?」
「色々と聞いてますが、知らないことの方が多いですわ。それに、私はもっと幸矢様とお喋りがしたいんですもの」
ニコニコした笑顔をずいっと前に出してくるも、その横にある特大パフェが台無しにしていた。パフェを食べる様子は無いが、本当に食べるんだろうか。
手の空いた椛はパフェを食べてるし、快晴は自分だけ別に頼んだハンバーグセットを食べている。……話さないとダメか。
「……僕と晴子さん、そして隣にいる快晴が幼馴染なのは知ってる?」
「えぇ、まぁ」
「……晴子さんは、"学校1つ統一できないようでは、国を統一することはできない"と言った。練習なんだよ……そのための中堅校。変に頭の良い高校だと、変な考えの奴も多いから、面倒だと思ってね……。例えば、そこの椛みたいなのが500人以上居るんだろう? そんなの、すぐには統一できない……」
「だから中堅校を練習台に、ですのね。理に適っております。しかし、貴方は何をしているのですか? それは晴子さんの都合、貴方は不要なのでは?」
「……僕は手伝いだよ。彼女を引き立てる悪役を、1年間演じていた。人を使うこと、操ることが、晴子さんの力だから……」
「…………」
アリスは僕を見たまま黙りこくる。しかし、やがてニヤリと笑い、スプーンを持って立ち上がった。漸くスプーンでパフェのてっぺんを掬い、僕を見下しながら呟く。
「程度が知れますわ――」
それだけ言うと、パクリと一口目を頬張った。噛まずにそのまま飲み込み、ひょいひょいと掬ってはその胃袋に流し込んでいく。その仕草よりも、程度が知れるという言葉について僕は考えていた。
アリスは競華ぐらい頭がいいと推測できる。だとすると、僕は晴子さんに従うだけの駒で、見下されるのも仕方ないと思う。
しかし、アリスの言葉のニュアンスは、僕を見下す表情と微妙に違っていた。程度が知れる――そう言いたいのは、晴子さんの人を使う能力――。
「……どうして、そう言える?」
「んー。まぁもちろん、能力は認めておりますとも。貴方がたは天才であり、昨日の戦いで私も体感致しました。しかし、それだけにわかりません。"協力"ならいざ知らず、人を"使う"だなんて、リスクが高い上に手間のかかる事をするなんて。それに――」
アリスは僕から視線を外し、椛を見た。椛も視線に気付き、アリスを見上げる。
アリスは嬉しそうに笑いながら椛にこう言った。
「――北野根さんはご存知でしょうね。管道瑛晴と泉川涼晴の事を」
「……ええ。そりゃ、勿論」
「幸矢様に話してあげてください。あの2人について、ね……」
「…………」
椛は、一度あたりを見渡してからスプーンを置き、再度別の客席を見てから、僕の方を向いた。……そんなに喋るのが難しい事なんだろうか。その2人の名は聞いた事ないけど、椛が知ってるとすればそれは――
「管道瑛晴と泉川涼晴。その2人は、京西高校の支配者よ」
――最難関都立高校にして、瑠璃奈が少しは通学したという高校の生徒。そして、支配者ということは、晴子さんと同じ立場の人間のようだ――。




