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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
72/120

第65話:アリス

正直、今回は読解していただけるか不安です。

もともとそういう作品ですけども。

 アリスは競華のクラスに転入したらしい。元CIAの諜報員がどういう自己紹介をしたのかは知らないが、容姿もそれなりに優れている彼女はすぐに友達みたいなものを作るだろう。


 5組に行っても、彼女は1組の僕達に絡んでくるだろう。そうでなければきっと、転入すらしなかったはずだ。しかし、今日の昼休みぐらいはクラスメイトと仲良くするだろう。不自然な素振りをするのは、彼女にとっても不都合な筈だから。


 午前の授業が終わり、昼休みは静かに過ぎていった。僕の目の前には当然のように菓子パンとジュースを置いた椛が居て、晴子さんは遠くの方で他の女子とにこにこ笑いながらお弁当を食べている。これは別に、普段と変わらない光景だった。


 変わったのは放課後の方……放課後は生徒会の活動がない日以外、ほぼ毎日1-1の教室は居残り勉強というか、晴子さんが講師を務める塾みたいになっている。

 晴子さんを筆頭に皆が勉強をして、わからないところがあれば晴子さんに聞く。そんな事が1年続いて、今では他のクラスの人どころか3年生も1-1に来るようになった。

 僕もその居残り勉強に参加するようになり、最終下校時刻までは学校で勉強するようになった。1月の終わり、来始めた頃は嫌な目で見られたけど、優しく教えていくにつれ、少しは見られる目が良くなったと思う。


 今日は参加できそうにないけども――


「……ねぇ、椛?」

「ん? 何?」

「……君は、アリスの事をどう思う?」


 僕が尋ねると、椛はあんぱんをひとくち頬張って咀嚼した。ゆっくり、しっかり噛んでから飲み込むと、開いた口で語る。


「競華の友達なら、能力もバケモノ級なんでしょう? 私は相手にしたくないわね」

「……関わりたくない?」

「そうね。だけど、貴方と関わってれば自然とアリスは付いて来る。こればっかりは仕方ないわね」

「…………」


 椛も、これからの事を理解しているようだった。僕と一緒にいれば、アリスと居ることになる。それでも椛が僕から離れないのは、やはり恋なんだろう。


「……ねぇ、幸矢くん? 変なこと聞くようで悪いけど、いいかしら?」

「……なにさ?」


 椛は視線を斜め下に反らしながら、訝しげに考えながらも、その質問を口にした。


「――アリスのあの顔、本物だと思う?」


 すぐに理解できなかった。

 アリスの顔が、本物かどうか? そんな事を聞くのは、普通に考えて頭がおかしい。マスクをかぶってたりしてるようには見えなかった。だけれど――


「……人工皮膚や特殊メイク。やりようはいくらでもありそうだね」

「匂いでわかるものだと思ったけれど、ちっともわからなかった。喋る時の筋肉の動き、瞬き、その他の動作を見たけれど、不審な点はなかったわ。でも、元諜報員がそう簡単に姿を晒すと思う? 昨日なんて、あんなドレスまで着て、まるで御伽噺の主人公気取り」

「…………」


 ただのコスプレだったらいいけれど、そんなことはないのだろう。わざわざアリスを名乗り、まるで不思議の国の住人みたいな風貌で現れた。それには理由があるのだろう。本当に、ただの趣味ならどれだけいいことか。


「……明日、アリスが行方不明になって、クラスメイトに成りすましててもおかしくないってことか……」

「プロの諜報員なら、そういう可能性も考えられるって事よ。もしくは、アリスは私が転校する前から、この学校に別人として忍び込んでたのかもしれない……」

「…………」


 背筋がぞわぞわする、気持ち悪い話だった。あれが本当に素顔なのか。クラスメイトに溶け込んで僕らを観察していなかったか。普通ならありえないが、競華の友人なら――そう考えると、あり得てしまう。


「……それにね、幸矢くん。気付いてる?」

「……なに、を?」

「机の中に盗聴器があったわよ」

「……ああ」


 それなら、僕も気付いた。

 机の奥の左側に、見慣れない消しゴムがあったから取ってみると、それが盗聴器だった。まぁ、こんな事をしなくても僕等の会話なんてスマホから競華に筒抜けだろうし、今更気にする事じゃない。一応、盗聴器の電源は切ってポケットに入れておいたけど。


「つまりあの子、私達の席まで把握してたって事よ? 転校初日なのに。というか、私達は他クラスに転校生が来るなんて話をまるで聞いてなかった。普通ならそれなりに噂になるじゃない? 転校生が来る、って」

「……その辺は、彼女の裏にある組織が圧力をかけてるんじゃないか?」

「だとしたら、とんでもないわね。世界を変えるため――そのためとは言っても、人材調達のためにこんな事する?」

「……単に、アリスの趣味でもあるんじゃないかな? 彼女、見た目からしても高校生っぽいだろう?」

「……エージェントが学業を? いや、青春を求めてるのかしら? そんな笑い話で済んだら、良いのだけれど……」


 話を一度区切り、椛はストローで500mlサイズの牛乳パックに入ったミルクティーを啜った。僕も食べるタイミングが少ないので、今のうちに弁当の中身を口に入れる。


「……落ち着かない日々ね」

「…………」


 椛の発した何気ない一言に、僕は食べ物を口に含んでて良かったと思った。その言葉に、返す言葉が無かったから――。


 常に追い詰められてるような感覚がある。この1年間は色々あったはずなのに、どうにも騒がしさは止まないらしい。




 ◇




「恋はロマンスにあり、物語はロマンスである。 しかし、現実に恋のロマンスなどまったくありませんわ」


 放課後の屋上で、アリスはフェンスを片手で掴み、赤めく空を見ながら呟いた。この場には僕と椛、そして何故か快晴がいる。しかし、アリスの語り相手は僕と椛だろう。出だしからわかる、なんせそういう(・・・・)話だから。


「一体どこに、白馬に乗った王子様がいるというのでしょう? そういう御伽噺は過去と共に葬り去るべきなのです。この新しい時代には、新しい時代に見合うロマンスが必要、そう考えませんか?」


 こちらを向いて、そう問いかける彼女は、夕日が当たって眩しかった。美しくはあれど、その悲しげな表情が儚さを演出する。随分と体の使い方が上手いようだった。


 それはともかく、彼女の問いかけには否定する箇所が見当たらなかった。この国には皇太子様がいても、王子様は居ない。魔女もいなければ不思議な国もなく、ロマンスなんて明治維新と共に崩壊していた。子供に伝えるべき御伽噺なんて、どこにあるのだろう。


「――ですが、この世界にロマンスなどありはしません。いじめられっ子が必死に勉強して社長になって、子供の頃に好きだった子と結婚した、とか――そんな綺麗事が言える時代でもない。そうでなければこの国における若者の自殺はもっと少ないでしょう……。ですから、逆転の発想が必要なんです。この世界にロマンスが無いのなら、ロマンスのある世界に変えてしまえばいい。そして、誰もが幸福になれる世界に……」


 まるで宗教の勧誘だった。新たな世界を作ろうと呼びかけるその声は、何かに汚れてるみたいで、吐き気を催す。競華は、身内の天才達を好かないと言っていた。その理由はこれかもしれない。

 会って1日の相手に、自惚れた絵空事を話す女。普通の人が見れば怖いだろう。


 僕はなんというか――最近、こういう空気に慣れてしまったらしい。ただただ、彼女の声を聞いていた。


「全ての人が幸せであることが素晴らしい事だと、証明するのは簡単です。世界中の人が幸せであるなら、自分の幸せが保証されるからです。しかし、幸せな事柄は多種多様、纏めなければなりません。そして、人間が現場の技術に満足できるはずがなく、テクノロジーだけはどこまでも伸び続けるでしょう。良いことだけが増え続ける、そんな理想郷が作れれば、とても誇り高い事だとお思いませんか?」


 この1人語りに、一体なんの意味があるのだろう。しかし、言ってることは殆ど正論だと思うし何も言い返さない僕等も悪いのかもしれない。

 彼女の言う通り、理想郷が実現するというのは誇り高くあるけれど、それと同時に人類最大の過ちでもある。理想郷ができてしまった場合、その先の未来で誰も理想郷を作れないのだから。つまり、理想郷を作り出したその人間以上の人間が、この世に存在しなくなるというわけだ。(のち)の世は完成されたものに手を加え続けるのだろうけど、人は美しいものを破壊する性質もあるし、どうなるかはわからない。


 素晴らしい世界を作りたい、それは(もっと)もな意見だ。僕も賛同するし、賛同しない人の方が少ないだろう。しかし、それには当然リスクがあるわけで――


「――君は、理想郷について都合の良いことしか喋らない。人間というのはそんなに単純じゃない。これから先、個人個人の幸せが保証される世界を作るなら、それこそ社会体制すら変えなくちゃいけない……。それには大きな民衆の反発がある。君達の組織が国の独裁者としてこの国を好き勝手に変えるなら話は別だけど……そうじゃないなら、そんな理想ばかり語ったって何にもならないよ……」


 僕が長々と説教みたいに言葉を連ねると、それまで少し儚げな顔をしていたアリスは、


「……プッ」


 吹き出した。


「――ウフフフフフフフフ、アハッ……。幸矢様ぁ……や〜〜〜っと、言ってくれましたねぇ。私が言って欲しかった言葉」


 ひと笑いすると、彼女は先程とは打って変わった艶やかな顔つきをしていた。目を少し細め、三日月のように曲がった口は不気味なもので、嫌悪感を覚える。


「フフフ……そうです。理想郷を作るのには、それまでに数々の困難が待ち受けているのでしょう。それを一切言わず、自分の都合の良い部分だけで解釈する。それほど罪深いことはありませんわ」


 少女は眉ひとつ動かさず、こちらに歩み寄ってくる。椛がブレザーのポケットに手を入れるが、アリスは何もしないだろう。

 理想を隠す――アリス――御伽噺。

 僕の中で、話は繋がっていた。


 アリスが僕の前に立つ。彼女の赤黒い瞳を覗き込むが、アリスはまったく視線を逸らさない。……強いと思った。僕は目つきが悪いし、体格だって彼女に(まさ)っている。なのに、彼女は僕の睨みにまるで怯まない。……精神が強い。捻じ曲がった、その精神が――。


 アリスは目を見開き、その瞳に僕を写しながらこう語った。


「でも――私はアリスですもの。御伽噺の主人公、アリス。空想(ロマンス)に住むアリスが現実(リアル)を語る。そんな可笑(おか)しなことがあってはいけないのですわ!」


 狂気の声が、狂喜の笑みが、僕を捉えていた。

 御伽噺の主人公、その名を与えられた故の自己陶酔か……はたまた、これも全て演技なのか――。

 アリス・プリケット。こいつは椛よりも何をしでかすかわからない。

 現実(リアル)に来て狂ってしまったアリス、彼女との生活が、今日から始まる――。

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