第62話:決着
2年生の9月にもう一戦やる予定でしたが、思ったより長くなったのでやらないかもしれません。兎に角、今回でvs競華、決着です。
競華が駆け出すと共に、晴子も同じ向きに走って逃げ出した。2人の後を、すぐにアリスも追う。
(どれ程のものかしらねぇ……)
アリスの顔が愉悦に歪む。自分よりも強い競華と、それ以上に強い"神の右手"と同列視される神代晴子。この戦いにより、アリスの認識は変革する――。
「それっ」
まずは晴子が、走りながら廊下の隅の棒を蹴り飛ばした。すると、糸に吊るされた椅子が落下する。
晴子に続く競華はそれを見ると、手を上にあげ、椅子が手のひらに着くと、椅子の落下速度に合わせて腕を下ろし、徐々に力を加えてから一気に床へ投げつけた。落下物をいなすぐらい、彼女には訳ないのだ。
狭いビル内ではすぐに廊下も短くなり、晴子はコーナーを曲がる。椅子のせいで少しスピードを落とした競華もコーナーを曲がる。
――ズゴォォオン!!!
刹那、曲がり角の先に見えた光景に、競華は体を回して方向転換、一度道を戻った。すると次の瞬間には、曲がり角から投げられた物が廊下の角に衝突する。それは、会社に並べられていたデスクの1つだった。
怪力を持つ神代晴子は、机を投げて競華を牽制したのだ。
競華が少し顔を覗かせ、曲がり角の先を見ると、晴子は次の机を下投げする最中だった。
競華はその道を避け、咄嗟に階段の方へと走る。そして、また轟音が響き渡った。
それぞれの考えはこうだ。
(2階のダクトから1階にドローンを向かわせる。私はその後に続いて攻撃し、それで終わりだ!)
(競華くんは消えたか……1階に居るのは明らかに不利だが、監視カメラで見られてる以上、どこに居ても同じか。ここで彼女が来るのを待ち、そこを仕留める……)
勝負は一瞬にして決まる。しかし、その一瞬はあまりにも濃密な事であろう――。
競華はタブレットを取り出し、1、2階の監視カメラを全て目を通し、ドローンを1機呼び寄せてからダクトに入る。さらに、1階に留まる晴子に向けてドローンを1機飛ばした。2度のフェイクを入れ、背後から晴子を討ち取る算段だった。
(ヘリウム混じりのスモークを流した。空気が軽いから既に視界も晴れているな……)
ダクト内ではここまでの策を練っていた競華は計画通り進んでいることに焦りを覚える。人の心を読む晴子は人に"上手くいかせる"事が出来るだろう。そう思わせる事が重要だった。
晴子が、競華の行動を全て読んでいるのなら――こうした策が全て無駄であるということ。だがどちらにしても、後に引いている場合ではない。
(晴子――貴様は今、机を武器にすることしかできないだろう。それなのに、何故そうやって悠長にしていられる――?)
1階の廊下の真ん中で立ち尽くす晴子に、競華はそう問いかけたかった。未来がわかる女、そうも呼ばれる少女だ。勝利を確信し、漫然としているだけかもしれない――なんて、そんなのは天才ではない。
ダクトに何か仕掛けたか――否、競華はこうして進めており、ドローンも使えている。
不可解ではあれど、先に進むしかなかった。
鉄格子の下に、競華は晴子の姿を確認できた。目標となる女は依然として突っ立っており、動く気配がない。あとは鉄格子を外し、先にドローンを出して気を引き、降りてタッチするだけ――。
競華ほどの人物であっても緊張し、目を凝らして動作もゆっくりだった。
競華は再びタブレットを覗き、1階に向かわせたドローンの様子を探る。前方に壁があると自動で左回りするドローンで、競華が動かすことなくドローンは1階に向かえた。既に1階に到着して降り、長い廊下を渡っている。1階のドローンが晴子の元に着くタイミングでドローンを投げ込む算段であり、競華はゆっくりと鉄格子を持ち上げた。あらかじめネジの外れた鉄格子は音もなく持ち上がり、そっと前方に降ろされる。晴子は上を見なかった。
競華は少し後ずさり、1階のドローンの動きを見る。ドローンは既に左方向へと方向変換していて――
ブオンッ――!!
刹那、晴子は後ろ手に机を掴み、勢い任せに投げつけた。およそ女子高生が腕を振るう音ではない衝撃音を囮に、競華は上からドローンを投入する。
今度は机を投げなかった。競華は監視カメラから晴子の動きを確認する。
晴子はドローンを見向きもせず、ただ立ち竦んでいた。反応すら示さない、その超人っぷりに競華は鳥肌がたった。フェイントなんてわかっている、そんな心境なのだと理解するのに時間はかからない。否、それよりも早く体が動いていた。
まどろっこしいことは辞めだ――この女を、倒す。
だから競華は、ダクトから1階へと降りたのだ。
さしかし、地面に降り立った直後。晴子が動くよりも前に――
「――詰めが甘いよ」
その言葉と共に当てられたスタンガンにより、少女の意識は沈んだ――。
◇
アリスはのんびりと晴子の様子を見物していた。机が投げた方の逆側で、ぶりっ子らしく両手であごを持ちながら。
(……競華ちゃんは2階から攻めるわねぇ。ドローンやエアガン、警報、いろいろと撹乱する手はある。でも、晴子さんだって肝は座ってるだろうし、動じないと思うけど――)
思考するのを取りやめ、アリスは体を強張らせて立ち上がる。彼女の背後から、物音がしたからだ。
ここに来る可能性がある人物は、競華か椛しか居ない。男2人は気絶しており、椛は怪我だけで済んでいる。
仮に椛だとすれば、ここを通すわけにはいかない。アリスは拳銃を右手に持ち、ソレが近づいてくるのを待った。
しかし、ソレの正体は、アリスが予想したものではなかった。
「……ドローン?」
それは競華の投擲したドローンの一体。自動制御のドローンは壁を避けてここまで来たのだ。
「……いや、でも……」
アリスは考える。ドローンが、階段を降りるだろうか――?
高さも自動で識別されているはずであり、段差があれば避けるのではないか、と。そうでなければ、各階のドローンの数を制御できない。
ならばこれは、競華が晴子の背後を捉えるために送ったもの。
合点がいくと、アリスは自分の横を通り過ぎるドローンを静かに見送る。
――トンっ
「――えっ」
過ぎ去るドローンを見ていると、背後からまた物音がする。アリスは振り返るが、その時にはもう遅い。
「競華の仲間にしては、油断が過ぎるな――」
降りてきた人物――幸矢は右手に持つスタンガンを目の前のアリスの背中に躊躇なく押し当てた。甲高く短い悲鳴すらあげなれない。幸矢の指が、アリスの口に入れられたから。
不意をつけば、口が開く。それすら計算しての不意打ちだった。
膝から崩れ落ちる少女を、幸矢は両手で抱きとめた。それからゆっくり床に伏せさせると、痙攣する彼女の目を見る。体は動かずとも目はしっかりと幸矢を捉えて降り、意識ははっきりしているようだった。
「……一応言っておくけど、あのドローンは僕のだから」
幸矢がそう言うも、アリスは目を逸らさなかった。それが聞きたいのではなく、疑問は別にあった。
何故幸矢が起きているのか。ゴム弾は後頭部を捉え、失神したはずの彼が目の前にいることは、あまりにも予想外だったのだ。
幸矢がなんとなくアリスの疑問を察すると、答えのわかりやすいヒントを与える。
「僕は1年間、演技者をやってたんだ……。騙して悪いね」
「――――!」
失神は演技、幸矢には意識があったのだ。だからこうして、晴子を助けることができる――。
負けを悟りつつも、アリスは立ち上がる幸矢の後ろ姿を見ながらこう思った。
(流石は瑠璃奈様の血族。黒瀬の名は伊達じゃないわね……)
そのままゆっくりと、アリスは眠りにつくのだった。
◇
敗北。
その2文字が競華の明晰な頭脳を埋め尽くしていた。真っ直ぐ上に見えるのは汚い天井で、僅か右に視線を逸らせば幸矢が見下ろしている。競華は、通気口の下の壁に張り付いた幸矢のスタンガンを喰らい、身動きが取れなくなっていたのだ。
「……あと3分」
スマフォで時間を確認し、幸矢は晴子の方を見る。晴子はいつもの笑みを浮かべ、競華の持ち物であるタブレットなどが入ったリュックを背負っている。競華には触れられないため、幸矢が奪い取って晴子に渡した。
「…………どこ、まで……」
競華はやっとの思いで声を絞り出し、晴子を見ながら呟く。晴子は呼応するように競華のことを遠くから見下ろした。
「……把握……して……」
「ふむ。今回の戦い、おそらく私を見つけられないか、敢えて見つけにこないと思っていたのさ。キミが"他人は貴様の力だ"と言ったときから、私達が別れる前に、幸矢くん達に何か言っておきたいだろうと思ってね。何か話すにしろ、幸矢くん達と戦うにしろ、時間はかかる。そして、残り10分ぐらいか。そこで私とキミが対峙すると思ってね、幸矢くんには、10分前にアラームが鳴るよう、スマホに設定しておいてもらった。バイブで起きるだろう? 万が一、倒された時の保険にね。今回は意識があったようだが、本当かどうかはわからんなぁ」
「……起きてたって」
「怪しいなぁ……気絶してたんじゃないかね? キミは変なところで意地を張るからね」
「……解釈はご自由に」
「…………」
競華は考える。元CIAエージェントのアリスが気絶を狙えないわけがないと。幸矢は意地を張っているだけだ、そう考えた。
とはいえ、全ては晴子の作戦勝ちだった。晴子の言うことは事実であり、競華は友人と話すために時間を割いていた。
それを承知の上で、彼女は晴子に挑んだのだ。
あらゆる手が読まれている、そんなことはわかっていた。"未来が見える少女"とすら呼ばれる女、神代晴子。彼女の見る未来を予想して、一騎打ちになるまでは同じ未来を描いて――
(……そうか)
だからこそ競華は、己の敗因を悟った。
晴子と己、同じ年齢、同じ性別、共に高人であり、仲間である。しかし、お互いに決定的に異なる点があり、それはもとより明白だった。
(……晴子。貴様の計画は、絶対的に幸矢を信頼してなければ成し得なかった。お前は幸矢に、それほどまで思われた人間なのだな)
アリスに頼らず、1人で戦った競華。だからこそわかるのは――
(1人より2人の方が強い。当たり前なことか――)
そうして時間が過ぎ去り、神代晴子が勝利した。




