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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第59話:時間稼ぎ

 三叉の刃を目にし、幸矢はそっとジャージの中から手で握り隠せるナイフの柄を手にする。今は刃が出ていないが、ボタン1つで刃が飛び出る隠し武器だ。武器には武器を、そう判断を下した。


「…………」

「…………」


 お互いに無言で瞳を見据える。互いに黒く鋭い眼光をし、余裕などどこにもなかった。

 そもそも競華が武器を出したのは、幸矢にはスタンガン程度は通じないと考えたからであり、全力でなければ勝てないのだ。


 幸矢の方も、相手がどんな人間かわかっている以上、手は抜けない。たとえそれが、女の子であっても――否、女の子扱いすべきでないとわかっていた。

 下劣で愚かな思考は葬らねばならない。相手は最強のハッカーにして天才。

 ただ、好きな人のために――彼も負けるわけにはいかなかった。


 硬直が続く。幸矢はナイフを奥の手にするため、攻撃を待つ。競華は幸矢がどんな武器で挑んでくるか、脳内でシミュレーションを組み立てていた。どんな武器で、どんな攻撃をしてくるか、友人として過ごした経験から考え出した。

 そして――それも終わる。


「フッ――」


 競華が一歩踏み出し、彼女の持つ甚大な脚力をフルに使い、前に飛び出す。距離は一瞬で詰まり、競華は右手のダガーを高く掲げ、幸矢の顔面めがけて振り下ろした。


「…………」


 幸矢は無言で右足を左後方に置き、一歩下がる。

 頭が左側にズレ、これだけで競華の攻撃は躱せた。さらに、競華の振るった右手に幸矢は右腕を引っ掛け体勢を崩させる。


 しかし、それは違った。引っ掛けられたのは、幸矢の方だった。


(ッ!? 競華、その体勢から――)


 競華は崩れた体勢で、そのままタックルを仕掛けた。小さな体は弾丸となり、幸矢と衝突する。

 しかし、それは相手が悪かった。幸矢は普段から両手足に重りをつけ、細身ながら筋肉はそれなりにあり、競華のタックルも堪えて立ち続けた。


「フゥッ――」


 幸矢が息を吐き、右手は競華の右手を、左手は彼女の顎の下に入れ、くるりと半身を回して競華を倒す。その際右手は離さず、競華は左腕で受け身を取った。

 幸矢はすかさず右足で競華の脇腹を蹴ろうとするが、競華はその身軽さを持って跳ね上がり、体を(ねじ)らせてバク宙してみせた。回転が乗り、幸矢も右手を離す。


 お互いに一歩引き、それから数歩下がる。踏み込み過ぎるのは、お互いに恐れていた。


「……貴様のそういう所、私は好きだぞ」

「……どういう所?」

「女相手であっても、全力で倒そうとする姿勢だ。昨今の女はな、男女差別だの女性の権利だのを主張してきた。私に言わせれば、道徳も倫理も無視した話だ。仕事をしたいという癖に、結婚をしたい、子供が欲しい、などと仕事ができなくなるように変わろうとするし、勉強したいと言っても学校では喋ってばかり……私は同じ女として恥ずかしい。それは晴子も悩んでいるところだろう? 何を見据えて生きているのか……」

「……女の生き方は2つに1つ。だけど、男も同じだろう? 最近では主夫とかヒモとか言う言葉もあるし、男だって2つの選択がある。物事の見据え方は、その人間の価値観で決まるんじゃない……?」


 幸矢の言葉に対し、競華は1つ頷いて答える。


「ああ。つまり、人は将来や他人のことなんて考えていないのだ。大体の人間はそんなものだろう。なんとなく結婚しなきゃ、なんとなく働かなきゃ、なんとなく勉強しなきゃ……世間の価値観を受け入れて生きている。だから適当にしか生きられない。しかし、貴様は違う。独自の価値観があるし、自分の未来を見据えて生きている。だから、私に対しても容赦がない」

「……そういうものかな?」

「ああ、そういうものだ」


 競華が肯定するも、幸矢は話を半分ほど聞いておらず、こんなに余裕しゃくしゃくと喋る競華を疑っていた。制限時間付きの戦いだ、どこに話している余裕があるのか不思議でならないのだ。もしくは、何かの時間稼ぎ――。

 そうだとしても、幸矢は現状どうすることもできない。自分の力を出し切って、競華を引き留めるのみ。


「……本当に、容赦ないものかな? 僕はクラスメイトに、譲歩してたつもりだけど?」

「やると決めたことはやっているだろう? それで十分だ。貴様は、クラスメイトを退学させたり背負い投げさせたり、よくやった。たとえ晴子の演劇だとしてもな」


 競華は珍しく他人を賞賛した。自分大好きな性格だけにそれは珍しい。しかし、競華は目を伏してこうも言った。


「だからこそ残念だ。何故それだけの精神があって貴様は何も変わらなかった?」

「……変わる?」

「そうだ。お前は何を見ていた? 晴子と何を話した? お前が変革する要素はたくさんあったのに何も自分に取り入れなかった。若いうちになんでも吸収して成長すればいいのに、貴様はただ演じただけ。……あれだけ成長成長言われてたのにな」

「…………」


 幸矢は何も言い返さなかった。成長――それはわからなくとも、経験は積んだ。どんな人でも仲良くなれるという証明、仲直り、晴子の質問。幸矢の性格が明るくなる要素はあったはずなのに、彼は変わらなかった。それは椛の登場などアクシデントがあったものの、晴子の言葉や行動に、考えるものがあったはずなのに――。


「……成長、ね。僕の性格を明るくしようってことなんだろうけど……性格を明るくしても、仕方ないだろう? 友達増やすとかなら、僕はもう、今の面子だけで十分だよ……」

「……貴様を良くする目的は、そんな軽いものではない」

「……は?」


 わかってなさそうな幸矢に、競華はため息を吐いて答えた。


「お前には、晴子同様に人を導く存在になって欲しいんだ。その素質があると信じ、晴子はお前を自分と同じ高みへ登らせようとしている。快晴とは違い、お前にはそれだけの知能も、力もあるんだろう?」

「…………」


 幸矢は何も答えず、視線を逸らした。彼自身、そんな気はしていたのだ。


 あの日、まだ少年だった彼が晴子さんに手を伸ばした日――あの時ほど明るい少年に戻ったなら、幸矢は晴子と同じ道を進んでいけると思っていると。

 晴子も競華もそれを期待している。だが、なかなか彼の心は変わらないのだった。それが、競華にとって厄介でならない。


「……余計なお世話だよ。僕がどう生きようと、僕の勝手だろう?」

「まぁな。貴様の生き方がどうであろうと、私には関係ない。単なる趣味の話だ。貴様と晴子、2人で世界を改革していくのはわかっている。他にも優秀な人材は知っているが、私はお前達を気に入ってるんだ。――競馬と同じだ。好きな馬に賭けている。それだけだ」

「だから僕に成長を、ね……」


 幸矢は納得すると、再三ため息を吐く。成長するということがよくわからないからだ。

 彼に必要なのは、心を温める炎である。彼は氷に閉じこもってしまった。家族が死に、家族を名乗る他人の存在。彼を覆う氷を溶かし、助け出すことで初めて性格を明るくすることができる。


 だが、そんなものは幸矢が自分でなんとかしてくれれば他人の手など借りなくてもいいのだ。彼自身が強くあること、家族なんて考えずに1人で生きていこうという孤高さがあれば、不要なのだ。

 それは絶対にできないと、競華はわかっていた。


 何故なら、 幸矢は優しいのだから。家族を追い出したり殺したりすれば、その優しさも損なわれ、明るい性格も無くなってしまうんだ。


 競華はハッカー、幸矢の家族事情もわかっている。だから、こんなことに意味がないのもわかっていた。

 それでも、人には可能性がある。理屈を超えた事を、幸矢ならやるかもしれない。競華はそれに賭けていたのだ。


 今は見ることがない幸矢の輝きを、彼女は求めている。


「……ギャンブラーだね、競華」

「得るものも減るものもないがな。……私は、貴様等ぐらい出来る人間を知っている。しかし、そいつ等が気に食わんのだ。晴子、幸矢。貴様等の方が信用できる」

「……何故? その人達と僕達、どこが違うのさ?」

「簡単なことだ。貴様等は人間味がある」


 競華の言葉の意味が、幸矢にはよくわからなかった。人間味がある……解釈が複雑な言葉だ。その様子を見かねて競華は幸矢に教える。


「貴様等はずっと悩み続けている。悩むのは機械にはできない。そして、感情も豊かだ。人間は機械よりも馬鹿で体も壊れやすいし、24時間365日働けない。だが――」


 そこで競華は、空を仰いだ。薄く見えるのは明かりの消えた蛍光灯で、それが気になるわけではない。淡く、されど爽やかな声で、競華は呟いた。


「――何故だろうな。貴様等を信じたいんだ。馬鹿で愚かで籠の中の鳥……でも、私は……」

「……競華?」

「……。憐憫ではない。表情が、純粋な思考が、私を誘惑しているのだろうな」

「……何を言ってるのさ。君は、"何を"見て話している……?」

「…………」


 競華はゆっくりと視線を幸矢に戻した。何を見て――彼女が見ていたのは、脳裏に浮かぶ幸矢達以外の天才達。今対峙している少年の事など、目に入っていなかった。

 失礼なことをした、そう競華は自粛して改めて幸矢にダガーを向けた。


「失敬。お喋りが過ぎたようだな。予定では、残り20分ぐらいで貴様を倒したかったんだ。まだ妙に時間があってな、つい話し込んでしまった」

「……これだけ隙を与えて、晴子さんに好き放題させるとはね」

「構わんさ。晴子の事だ、私の性格を考慮して終盤には姿を現わす。その時に捕まえてやるさ」

「……だと、いいけどね」


 このまま隠れ続けて晴子が勝利したとして、競華はスッキリしない。真に完封勝利するとは、相手に負けを実感させてこそであり、晴子は姿を現わすと確信を持っていた。幸矢は言葉を濁して誤魔化し、ジャージのポケットに両手を突っ込んだ。


「……まぁ、僕に倒されればそれまでだけどね」

「案ずるな。貴様に負けるほど弱者ではない」

「……そう。なら、倒してみなよ」


 挑発に対し、競華は答えない。相手の動きを観察し、どんな攻撃をしてくるのか洞察していた。お互いに動かず観察を続ける。ただ静かに、時間だけが過ぎていく――。


 残り時間、22分30秒――。

競華は孤高でありながら人間を想っている、そして優しさや愛のある幸矢達に敬意を抱いている。

そんなところが、作者は好きです。

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