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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第58話:友であっても

 3階を徘徊する幸矢は、ボーッとしながら競華が追ってくるのを待っていた。

 2階を徘徊しつつ、階段に設置していた盗聴器から聴こえる足音を完全独立型イヤホンで聞き、3階に移動するまでは良かった。5階にいる快晴が一悶着起こしてくれると、もう一方のイヤホンからグループ通話中の音声を聞き、どんな状況なのかを考えて、あらかじめロッカーや倉庫など、人が隠れられそうな所にベタベタと貼っておいた断熱シートの場所に布地にカイロを突っ込んで設置するだけ。


 すぐに温度は上がらないだろうが、カモフラージュできるだろう。サーモグラフィーカメラが使い物にならなければ、さすがの競華も錯乱する。


 晴子は、彼女(せりか)の手の内はわかっていた。それに、心も――。

 晴子は、心が読めると言って相違ない。競華は快晴を連れて行ったりと、よく気遣う。明日には別れるというなら、こんな時でも何かしら相談する筈だと、晴子は言った。人を見抜く――天才、神代晴子の力だ。


 既に17分が経過した。ダクトの中も気になってる頃だろう。しかし、もう1つ上下階を往来できて隠れられる場所を、競華は見逃している。

 普通ならば、今の状況で絶対に開くわけがない場所を――。


 とはいえ、競華もキレ者である。現在5階に居る競華は呼吸を整え、現状を把握していた。


(――隠れ(みの)に、人は居ない。幸矢に聞くか、ダクトとエレベーターを調べる。そして、1階、4階、5階を調べればいい)


 冷静な思考で状況を分析する。隠れて居るかもしれない場所を増やし、そこを探させれば時間を稼げる。しかし、本体はそこに居ない。つまり、温感カメラの目を抜けた2階と3階はフェイクであると判断した。

 隠れられる場所は他に、ダクトとエレベーター。

 ダクトは競華が先ほど考えて居た通り。階の移動が容易だ。そして、エレベーターも――。


 エレベーターは乗ると必ず音がする。降りる時も同じだ。

 だが、エレベーターは止まっていた。

 それは1階に留まるということではなく、電気の供給が断たれているという意味で。

 晴子の質問は、エレベーターを使っていいか? というものだった。競華はちゃんと答えた。入りたければ入れ、と。


 エレベーターを使う――それはつまり、隠れるためにということだ。扉をこじ開け、隠れることができるだろうと――。


 普通なら絶対ありえない。電源の無いエレベーターのドアは鉄の塊、開けることは筋肉を鍛え上げたボディビルダーほどの人物でなければあり得ない。

 しかし、晴子は強かった。握力だけで171kg、体育の成績は5以外取ったことがない女。

 そうでなくても開けることが出来る。例えば、予備電源を起動させたりとか――。


(……エレベーターの上下に出たとき、エレベーターが動いて潰されないために停止させといたが、こうなれば使うしかないか)


 競華は階段に向かい、ビルの放送で"ソ"の音が響き渡る。階段を降りながら、彼女はさらに思考を深めた。


(その前に、幸矢とダクトを潰しておくか。メインは最後に取っておく)


 メインとは何か、言うまでもないだろう。

 当然ながら、競華はダクトとエレベーターを封じる術を持っている。つまり、逃げやすい所に追いやっただけなのだ。


「まずはダクトか」


 3階に降り競華はタブレットを取り出す。階段前で立ち止まり、ススッと操作する。

 すると、どこかで爆発音が響いた。ビルが爆破したわけではない、競華はダクトに仕込んだ煙幕を作動させたのだ。


 何の材料出てきてるかもわからぬ怪しい煙、ダクトに居れば吸いたくなくて逃げるだろう。

 競華の予想通り、ダクトの中は瞬く間に白くなり、各階の排気口からも煙が溢れる。しかし、人が出てくる気配は一向に無い。競華はそれを確認せず、3階に立った。


 甲高い"ミ"の音がビル内に響く。そして、彼女の目の前には仮面を付けた人間が立ちはだかった。


「――幸矢」


 ジャージに仮面の人物を、競華は一目見ただけで見抜いた。監視カメラでは的確にわからなかった身長、体格がわかれば、その仮面の下の素顔が見抜けるのだ。


 少年の名を言われ、仮面の人物はその仮面とウィッグを脱ぎ捨てる。

 仮面の下にいたのは、競華の言う通り幸矢だった。


「――何故、姿を現した? まだ隠れていればいいものを」

「…………」


 幸矢は競華の質問には答えず、左腕に付けているスマートウォッチを見た。パネルに映し出されている時間は20時45分――残り時間は35分。


「……競華。僕が君に何をしようと、構わないんだよね?」

「できるものならな。晴子の人形よ……貴様は晴子がお人形遊びする人形に過ぎない。友情や愛情があるにしても、現状はただの道具だ。誇りもなく、人に傅くことしか能のない猿め」

「……口が悪いな。閉じて欲しければそう言いなよ」

「…………」


 競華は大きく息を吸い、そして叫ぶ。


()れ者が!!!! 人に頼らねば生きられぬとは何とも貧相な心よ!!! 偶像なら神を選んだ方がまだ賢いわ!!!」

「……偶像、ね」


 偶像、それは心の拠り所であり、人が崇拝するもの。崇拝する人なんて人それぞれであり、競華のように強制すべきではない。

 神とは全能として知られ、種々の信仰がある存在だ。競華が神の方がマシと言うのは、生きてる人間はいつか死ぬため、そのとき心の拠り所が失われるからである。


 競華には、偶像がない。そんなものはとうの昔に打ち壊した。

 尊敬する人間は何人もいる。しかし、崇拝するほどではない。彼女は――自分に勝ち続けることが人生の目標であり、誇りなのだ。

 つまり、未来の自分こそが自身の偶像なのだ。

 だからこそわがままで、そんな彼女に幸矢は――


「それを聞いて、僕は少し嬉しいよ……」

「何?」

「だって……君よりかは、人間の事を愛してるみたいだからね」

「…………」


 競華はキョトンと目を丸くし、そして――


「ハハハハハハハハッ!!!」


 盛大に笑った。恐怖さえ思わせるその笑いに、幸矢はため息を吐く。

 彼は、冗談で言ったわけではない。そして、競華もそんなことはわかっていた。馴れ合いを好む者と好まぬ者、どちらが人を愛しているかは明白だろう。

 無駄な言葉は時間を取るだけ。競華は冷めた目を幸矢に向け、息吹を放つ。白い息に混じり、冷たいトーンの言葉が放たれた。


「――戯言は結構だ。貴様も倒すぞ、幸矢」


 友人であろうと、全力で狩る。殺意すら感じる言葉を前に、幸矢は一歩も引くことなく、同じく息吹を吐いてジャージのジッパーを下ろした。


「――狩ってみろよ。この僕を……」


 幸矢も、足止めをする気は無くなっていた。相手がその気なら、彼もその気になる。殺意には殺意を――この戦いは、荒れるだろう――。


「行くぞ、幸矢――!」


 右腕を握り、裾に隠れたボタンを押す競華。ジャージの右腕部位は裂け、黒い鈍色のダガーが顕現した。


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