第57話:教授
更新が大変遅れ、ご迷惑をおかけしました。
卒論が昨日ですね、完全に提出が完了しましたので、更新を再開したいと思います。
よろしくお願い致します。
競華は5階に登ると、再び各階ドア付近のセンサーのスイッチを入れる。これで誰かが階を移動しても音で知らせてくれる。
実験室の一角、空き瓶や紙の散らばった部屋の隅にある、白い布に覆われた何かは、競華が近くに来たとしても僅かながらに動き、よく見れば小刻みに揺れていた。その周期は、まるで心臓の周波数のよう――。
「ふんっ」
競華は鼻を鳴らし、布を奪って一歩退く。すると、中から出てきたのは――
「うりゃああああああ――!!!」
「なっ!? 快晴!!!?」
彼らの親友の1人、裾野快晴だった。後ろに飛んだ競華を、正面から摑みかかる――。
流石の競華も、後ろに飛んだままでは追い付かれた。
「ツゥ――!」
ジャージのポケットからスタンガンを出し、すかさず快晴の鳩尾めがけて突き込むも、快晴は腕の一振りで弾いた。
速度差は歴然で、回避は間に合わない――!
「ぐうっ!!!」
「セイヤァァァァァアアア!!!」
2つの叫び声、雄叫びに近い方は快晴のものだった。快晴は競華に抱きついてそのまま倒れこむ。
ここからが勝負――2人の目がより鋭くなる。
競華はジャージのもう一方のポケットからもう一個のスタンガンを取り出した。快晴の狙いは足止め――ならば早急に脱するべきだと判断する。何故なら、快晴が大声を出したからだ。先程の雄叫びはこの静かなビル全体に響いたことだろう。ならば晴子、幸矢の2人が何か仕掛けるのはわかっていた。だからこそ、晴子が姿を現す隙に動きたいのだ。
一方快晴は、足止めをするのはもちろんのこと、1秒でも長く引き止めるのが目的だった。そのためには、セリカの攻撃を逃れる必要がある。そのためには――
「うらぁっ!!」
「グアッ!?」
快晴は、競華の肩を床に押さえつけ、その腕を支えに競華のスタンガンを持つ手を持って体を浮かせた。
スタンガンの腕に足を絡め、体を押さえつける。腕十字固め――柔道の技だった。40cm以上の身長差に加え、男女の差による筋力差もある。脱出はほぼ不可能だった。
「快晴……貴様ごときがっ!!」
「うるせぇっ!! こちとら放課後から直帰で待機してたんだ。簡単にゃあ終われねぇぜ!」
「……ふ。そうだな。どうせ貴様も参加してるとは思っていた。丁度いい、私も貴様には少し話があった」
「……話だぁ? 余裕じゃねぇかよ、競華」
「当然だ。まさか貴様、本当に私を捉えられてると思っているのか?」
「…………」
快晴は答えなかった。
当然ながら、富士宮競華をこんなことで捉えられるとは考えていない。彼女がどれだけ重装備でこの日を臨んでいるのかは――体に触れている快晴だからこそわかる。
快晴はまず、競華の服に違和感を覚えた。女性らしい柔らかい感触はなく、防弾チョッキを着ているのはすぐにわかり、鳩尾部位には板金のようなものも確認した。
防御面は完璧、あとは――足だ。競華の体は小さく、胴体に巻きつく快晴の足に届く。足に何か仕込みがあれば、脱出も可能なのだ。
そんなことは、快晴にもわかっていた。だが快晴にはこれ以上のことが思い浮かばなかったのだ。彼は、晴子や幸矢のように賢くない。足止めするには絞め技で捉えるしかないと考えたのだ。時間稼ぎになるのかわからなくとも、与えられた役割をやり遂げたくて――。
黙る快晴に、競華は嘲笑交じりに話し出す。
「多くの愚民からすれば、貴様と晴子は二大巨頭だろう。しかし、真に目の見える者からすれば、貴様は金魚のフン……腰巾着に過ぎない。"晴"の名の面汚しよ……」
「んーなの、言われなくてもわかってんだよっ!」
「だから学べ。貴様の周りにはいつだって天才がいただろう。その天才の生活を、貴様は知っている。どれだけ修練を積んでいるか、わかっているはずだ」
「……るせぇ。見よう見まねでなんとかなれば、苦労しねーんだよ!」
「そうだな。それだけでは模造品になるだけだ。特に、幸矢のような奴に似て欲しくない」
競華は引っ張られる腕以外は力を抜いてリラックスした。かろうじて見える快晴の顔には悔しさが浮かび、精神の未熟さが伺える。しかし、自分の未熟さを悔しがるだけの高貴な性質は持ち合わせているようだった。
だからこそ、競華は告げる。
「――守破離、という言葉を知ってるだろう? 貴様の幼馴染である晴子が、絶対に1回は言ってるはずだ。守とは見て真似ること。破とは真似事の中にオリジナルを取りいれること。離とは、初めに真似たものから離れ、オリジナルになること。つまり、成長の過程を示している。貴様に足りないのは考え方だ。なんだかわかるか?」
「……わかんねーよ」
快晴のその回答に対し、競華は笑って答えた。
「世界を良くしたいか、どうかだ――」
競華のその答えはある少女を指していた。世界を変える、その器に相応しいかのデモンストレーションに高校1年を棒に振った神代晴子。
だが、競華の心中にはもう1人の姿があった。理想郷を作るために、人生を棒に振った黒瀬瑠璃奈。
その考え方が最も具体的なのだろう。競華のように自分を誇るために生きる人間、幸矢のように他人に仕える生き方は、もとから自分にスキルが無いとなりにくい。
しかし、世界を愛し、世界を良くしようということは誰でもすぐ始めることができる。そのキッカケとなるものを考えるならば――
「世界の良さを知れ、快晴」
その助言と共に、競華は勢いよく右ひざを曲げて快晴の足を蹴りつけた。
「ツゥウ――!?」
快晴は悲鳴を咬み殺す。身長差があるからこそ届いてしまう膝。それはただの骨の感触ではなく、鉄の感触であった。――つまり、競華は金属サポーターを着けているのだ。
「話はそれだけだ! 私が帰ってくるときには、少しぐらい骨のある奴になっておけ!!」
「グッ……ウゥッ……!!」
膝蹴りを何度も同じ箇所に浴びせ、快晴の力が緩む。その刹那、競華は掴まれた腕を剥がし、グルリと回って起き上がる。
もちろん、快晴も起き上がる。しかし、左足はくの字に折れていた。ももに受けた膝蹴りのせいで、まともに立てなかったのだ。
競華はスタンガンを拾い上げ、快晴に迫る。まずはスタンガンを持たぬ左手で殴りかかると、快晴は両手を上げて顔面を守った。だから競華は左手を引き、右手のスタンガンを快晴の腹に押し当てる。
「寝てろ、快晴」
パチンという音がした刹那、競華より40cmも背の高い高い大男は、小柄な少女の横を倒れ伏した。
時間を割いてまで説法をしたのは、競華なりの敬意を表している。友人として、側にいた男として――。
残り時間、45分。
競華は近くの実験テーブルに腰かけ、気絶した快晴を一瞥してボディバッグからタブレットを取り出した。今一度監視カメラを眺めると、競華は驚愕する。
「そんな、バカな……」
目を凝らして、監視カメラの映像を切り替えていく。
その中で、3階――ゆっくりと歩く、ジャージ姿に仮面を付けた人間が歩いていた。
先程は2階に居た奴が、1つ上の階に居るのだ。
(ダクトを使ったか? 脚立も無いのにどうやって天井に登った? それともセンサーが動いて居ないのか? 私が3階からここに来る際に移動した? 私は足音を立てなかったし、気付くわけが――)
だが異変はそれだけでは収まらず、競華はタブレットを握りしめる。
2、3階の温感カメラは赤色ばかりを示していた。ロッカー、クローゼット、机の中――オレンジと赤色ばかりを示し、人が隠れていても分からなくなっていた。
(何をしたんだ、晴子――!!?)




