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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第55話:開戦

 1月31日――膝の上に置いたタブレットから、富士宮IT社の社内の様子を見たり、プログラムの解析をしていたら、今日の授業が終わっていた。それはいつもの事だが、今日はやけに早く終わった気がする。


 まぁどちらでもよい事だ。特に会社でもトラブルは無く、私が手を出す必要もなさそうだ。幼い頃からとはいえ、これでも10年勤める人間でグル級だ。何かと頼られることも多い。

 ……性格がコレだからか、会社で女子高生扱いされたことなんて、入社して1週間経たずの人間にだけだがな。そいつらも会社に慣れれば私に使われるようになってナメた態度はとらないし、学校ですら私に声をかけて来る奴は少ない。

 別に、それで構わない。自分1人で行くなんでも出来るし、出来ないことは自分を強化してできるようにする。それが私、富士宮競華だ――。


 真っ黒なコートを見に纏い、真っ黒いビジネスバッグを右手に持って下校する。今日は、晴子達に会いはしない。万一幸矢に会ったら、「お前も来るんだろう?」と聞いてしまいそうだ。観戦するだけならすればいい。ただ、晴子の手伝いをするのなら、まだ知らない方がいい。


 敵の準備を覗くなど、後の楽しみを潰すに他ならない。内容を知っていて倒すのと、内容を知らずに倒したのでは、自分の即興性も確かめられないしな。


 ――道具は揃えてある。後は勝負をするだけだ。

 さぁ、向かおう。開戦の地へ――。




 ◇




 午後8時――真澄原駅から徒歩5分の場所にある、表面上は綺麗なオフィスビルがある。真澄原に住む晴子、幸矢の2人は高校のジャージ姿で訪れ、5階建のビルを上まで見渡し、頷きあってから扉を開けた。

 まず入るのは幸矢、足を一歩踏み入れたその刹那――


《ビーーーッ!!!》

「…………」


 警報のようにけたたましい音が響いた。幸矢はいつもの無表情で、驚く様子も見せずに前を見据える。そこにはいつも顔を合わせる友人がいた。


「……そんな所に突っ立ってるんじゃない。晴子が入れんだろう」


 上下ジャージ姿の富士宮競華は、幸矢に向けて邪魔だと言わんばかりに強気な言葉を放つ。今回、幸矢は呼ばれたわけではない。部外者であるにもかかわらず、帰れと言われなかったことに、幸矢は少しだけ安堵した。


 幸矢が前に出て3歩横に歩くと、続けて晴子がビルに入った。


《ビーーーッ!!!》


 そしてまた、警報の音が鳴る。晴子も表情を変えなかったが、入ってすぐ扉の側を見た。

 幸矢の開いた扉の反対側には、扉と平行に赤い光が縦一列に点々と光っていた。赤外線センサー……用途はわかりきっている。鬼ごっこは建物の中だけ、外に逃げさせないためだろう。言わずもがな、ルール違反は負けだ。

 既に電源が入っているのは、警告のためだろう。逃げるのは許さない、と……。


「……よく来たな、晴子。楽しい夜にしよう」


 晴子が目の前に立つと、競華が挨拶ついでに手を差し出す。晴子は苦笑を浮かべながら、その手を握った。


「楽しいで済めばいいんだがねぇ……。お手柔らかに頼むよ」

「フッ。手を柔らかくだと? 肝に命じておけ、これは拳と拳のぶつけ合いだ。早々に捕まるなよ?」

「一応、逃げ通すつもりさ。策はあるが、どうなるかね……」


 交わされた握手は離され、競華は右ポケットからスマートフォンを取り出し、操作を始める。15秒ほど触った所でビルの照明が全て点灯し、真っ暗だったビルは明るくなる。


「来い。ビルを案内する。フェアな条件で戦おう」

「……照明を自由にできる時点で、アンフェアだと思うがね」

「貴様にはこの程度、なんでもないだろう?」

「……多分、ね」


 晴子はチラリと幸矢を見る。幸矢はその視線に対して、ただ静かに頷いた。視界が悪い、その程度は大したことじゃない。一度案内されるなら、その光景を目に焼き付ければいいだけだ。


 晴子もそれには了承し、競華に視線で大丈夫だと伝える。競華はそれを理解すると、鼻を鳴らしてビルの中へ入って行った。


 1階は受付と、机と書類が置かれた部屋がいくつかあった。営業部署なんかがあったのだろう。パソコンが置かれていた形跡もあるが、パソコンやプリンタなどの高価なものは無くなっていた。紙やゴミが散乱し、荒らされた形跡もある。


 移動手段はエレベーターと階段。階段は20段登ると1つ階が上がる。彼らの足だと、5階ぐらいなら走って上り下りした方が早い。


 2階は1つの部屋で、机がたくさん配置されている。この部屋もパソコンは1台も無かった。だが、幸矢も晴子も、歩きながら監視カメラがあるのを確認する。全体が見渡せる部屋だ、見つかるのはすぐだろう。


 3階はいくつか会議室があった。ここにも監視カメラがすべての部屋に設置されていた。


 4階、ここもオフィスで机がたくさん並べられている。その中の書類を1つ、晴子が触れた。

 書類には決算報告書があり、会社名も書かれている。

 酸化工業株式会社――化学薬品を扱う会社だった。

 科学という言葉を思い浮かべると、晴子の眉が跳ねる。薬品を使うといえば、椛のように爆弾を作ることもできるだろう。晴子は書類を細目で眺め、机の上に戻した。


 5階は実験室が主だった。大型の機械がいくつかあり、黒い机が並べられている。所々紙や瓶が落ちていたり、走りにくい場所だった。

 否、走りにくいのは全体的に同じである。部屋も廊下も、至る所にゴミや書類が散らばっている。同じ町の中にこんな場所があることは、晴子にとって遺憾だった。


「……さて。全部見終わったな」


 再び1階に戻り、競華は改めて2人の前に立って仕切り直すように言った。

 時刻は午後20:15分。競華が腕時計を確認し、スマートフォンを操作する。


「鬼ごっこは、20分から始める。今のうちに聞いておきたいことはあるか? ……あぁ、幸矢。貴様の質問には答えん」

「…………」


 前もって釘を刺され、幸矢は項垂れる。晴子はいつもの笑顔を浮かべながら、競華に尋ねた。


「エレベーターは使えるかい?」

「使えん。が、入りたければ入れ」

「ふむ。屋上は入っても?」

「ダメだ。窓の外に出ることも許さん。あくまで屋内だけだ」

「成る程。まぁ、私達が廃墟に居たらマズイしねぇ。高校生のイタズラで済みそうなものだが、できれば避けたい」

「…………」


 質問でないことについて、競華は答えなかった。意地悪な少女に晴子は微笑み、質問を重ねる。


「――幸矢くんをどう使おうと、構わないね?」

「貴様の友人は貴様の力だ。好きにしろ」

「ん、ならそうさせてもらうよ」


 晴子は幸矢の背中を優しく叩いた。2人は目を合わせると、晴子は幸矢にこう言った。


「頼りにしてる」


 男として、パートナーとして、その言葉にはあらゆる意味が込められていた。だからこそ幸矢はいつものようにため息を吐き、短く答える。


「……頑張るよ」


 好きな女性からの期待に応えるため、幸矢も力の限りを尽くす気でいた。

 緊張感溢れる、3人だけで支配するビル。誰も言葉を発さず、腕時計の音だけがカチコチと時間を刻んでいた。


 静寂のまま、20時20分が訪れる。


「――カウントを始める。準備はいいな、晴子?」

「ああ。いつでも」


 晴子は今際の際にも笑顔で返事をする。準備運動もせず、ただ普通に返答をした。

 競華は目を閉じ、息を吸ってから――


(じゅう)!!!!」


 怒鳴り声にも似た大声で数え始める。その刹那、晴子と幸矢は走り出した。散乱するゴミの合間を縫い、階段を上る。


(きゅう)!!!!」


 2つ目を合わせると数えるときには、既に1階から姿を消していた。静かなビルに轟く怒号は虚しく消えて行く。


「八、七、六、五!!!!」


 足音すら搔き消す大声、それは競華の自信でもあった。あらゆるものを駆使して追い詰め、見つけ出す。それが大人の鬼ごっこだ――。


「四、三、二、一……!!!!」


 最後まで数字のカウントを終え、競華は目を開く。鋭い眼光は静かなビルの先――逃げる敵を捉えていた。目的は1つ、好敵手であり友である人間に勝利すること。それにより、競華は誇りを手に入れることができる。


 誇り、現代でそんなことを言えば笑われそうなものだが、彼女にとってそれ以上大事なものはない。何故なら、誇りを持った人生こそが完成された死であると考えているから(※1)。

 だからこそ、負けられない――。


「いくぞ――」


 その言葉と共に、競華はビルにある全ての照明を消した――。


 ※1:誇りを持って生き続けた場合、自分自身を承認し続けているため悔いがなく、自分の人生全てにおいて納得し、死ぬことができる。自身にとって、全てにおいて完璧だからこそ完成された死になる。

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