表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
59/120

第53話:1月30日・午後

 お昼休み、晴子さんの周りには女子がたくさん居て近づき難い雰囲気だった。別に、彼女が何か面白い話をしているわけではない、寧ろ聞く専門だ。

 話とは、話し手と聞き手がいる。晴子さんの聞き方はとても上手い。なんせ、相手の声のトーンに合わせて表情を変える。話を聞いてるんじゃない、相手の顔を見てるんだ。


 女性は、お喋りをする事で脳からホルモンが分泌され、ストレスを解消してると聞く。つまり、話を理解するのではなく、相手の顔と声のトーンに合わせて表情を作ると良い。


 まぁ、脳別行動という技能を持つ少女だ。しっかり話を聞きつつ、脳の端で別のことを考えてるのだろう。

 お悩み相談はいつでも受ける体の晴子さんだが、はてさて……。


「……ちょっと、幸矢くん? 目の前に可愛い女の子がいるのに、他の女を注視するのはどうかしら?」

「…………」


 僕はゆっくりと、視線を正面に戻した。目の前にいる椛は不満そうに口を曲げて、僕のお弁当にパン用のジャムマーガリンを掛けていた。……高カロリーだな。


「……なにさ? 話すことでもあるの?」

「今出来たわ。そんなに晴子さんを見て、どうかしたの? まさか惚れたとか?」

「いや……」


 一応それは昔からだけど、そうじゃない。これから競華が留学し、その前に彼女と戦う晴子さん。一体今、何を考えてるのか気になる。あとで聞けば良いんだけど、唐突に競華が居なくなるという事で、僕も動揺してるんだろう。思考が冷静じゃない。


「……はぁ。貴方がそんなだと、私の食欲も失せるわ」

「君のせいで、僕の食欲も失せたけどね……」


 目の前に置いてある、ジャムマーガリンの掛けられた弁当。僕は鞄からビニール袋を取り出し、ジャムの掛かったご飯の部分、表面だけを取って袋に詰める。おかずの類は妥協して食べよう。僕、甘いもの好きだし。


「……で、どうしたのよ? 貴方が晴子さんを見てるなんて、珍しいわね」

「……。彼女がどう思ってるのか、気になってね……」

「気になる? 何を?」

「競華の留学」

「…………」


 椛はポカンと口を開けたまま固まった。敵視して居た人間が勝手に居なくなるんだから、複雑な心境なんだろう。


「……いつから?」

「……さぁ。早くて明後日からかもね」

「いつまで?」

「……それは聞いてないけど、会社のことらしいから、早く帰ってくるんじゃない……?」

「それなら旅行でいいんじゃない?」

「……確かに」


 短い期間なら旅行でいい。今の時代、1〜2週間からの留学もあるし、短くても2週間は帰ってこない……かな。それでも短いけれど。


「……まぁ、彼女の成績で留年はあり得ない。3月の期末考査に間に合わなくても、大丈夫だろう……」

「留学なんだから、その辺の心配はいらないんじゃないかしら? ま、私の知ったことじゃないけど」

「……そうだね」


 僕はそう返事を返し、台無しになった弁当を一口ついばんだ。考え事をすれば味はわからないし、考える。

 このタイミングでの留学は、間違いなく晴子さんの演劇が終わるのを待っていた。きっと、あの演劇に何か意味があると思ったのだろう。……結果だけ見れば、競華はいつも通りで何か得た様子はないけど。

 晴子さんは、僕に成長して欲しいとも言っていた。僕自身、何か成長したわけではない。ただ、思い出しただけだ。


 あの日――手を伸ばした。

 1人の女の子に手を伸ばして、立ち上がらせ、その少女は僕よりも大きくなった。椛はこれからに期待だけど、晴子さんは大きくなり過ぎた。

 そして今度は、僕が手を伸ばされた。友達になって欲しい――それに一体どんな意味が含まれてたのか、未だにわからない。


 この意味がわかれば、僕は成長するんだろうか。今回の演劇で言ってた、寂しさとか友情とか、家族が死んでよくわからなくなってしまったけど――晴子さんはきっと、僕に明るく戻って欲しいんだろう。そういう意味での、成長。


 今は一心に家族事情を背負っているけれど、美代が入学してくれば友人達に話さなきゃいけなくなる。そうすれば肩の荷も降りて、この疲れた表情も取れるかもしれない。


「……お弁当、なくなってるわよ」

「ん……?」


 椛に指摘されて気付くと、僕は空の弁当箱をつついていた。色々考えて、思い出して、時間を忘れていたようだ。


「何を考えてたのかしら?」

「……。僕自身の事、かな……」

「聞いても?」

「……君に話すには、親密度が足りないかな」

「あら、急に乙女ゲーになったわね。親密度を上げるために、デートをしてもらおうかしら?」

「……だから、それも好感度が足りないよって……」


 ため息を吐き、僕は弁当箱をしまった。好感度の足りない少女は頬杖をついて僕のことを見ている。

 一応好かれてる身としては、椛との好感度を保っていた方がいいし、スキンシップぐらいはいいだろう。僕は椛の頬に手をやり、優しく撫でた。椛は何も言わず、目を細めてされるがままに撫でられる。


「……幸矢くん、指が細長いのね。女の子みたい」

「生まれつきのことを言われてもね……」

「顔も、少し女の子っぽいんじゃなくって?」

「……こんな目つきの悪い女の子、いたら嫌だろ?」

「そうね。男の子だから、いいのよね」

「…………」


 頭も優しく撫でてみる。椛は何も言わず、よく懐くペットみたいに自分から僕の頭に頭を擦り付けてくる。

 ……こうしていれば、ただの可愛い女の子なんだけどな。あれから動きがないから怖い。


「……僕としては、君がどうするのかわからなくて怖い。競華は留学、晴子さんを討ち取るなら、今だろう?」

「…………」


 率直にそう言うと、彼女は頭にある僕の手を取り、搦めとるように指と指を縫うように繋いだ。俗に言う、恋人繋ぎというやつだろう。


「……今は争うより、仲良くする事を務めるわ。何かあるかもしれないから、ね?」

「……そのために、この繋ぎ方をするのか」

「ええ、わかりやすいでしょう?」


 優しい指に僕の右手は包み込まれる。わかりやすい、確かにそうかもしれない。それにしては――


「――――」


 晴子さんが、こちらを見ていた。

 仲良くしている様子を彼女に見せつけているようにしか思えない。依然として仲が悪いな、この2人……。


「……ねぇ、幸矢くん?」

「なにさ……」

「晴子さんって、貴方の事好きなんでしょう?」

「…………」


 僕は黙った。たとえそれが真実だとしても、人の気持ちを勝手に言いふらすものじゃない。

 僕が口を閉ざすと、椛はお喋りになる。


「フフッ、女の子はそういうのわかっちゃうのよ。貴方はそういうことに疎いかもしれないけど、ああやって嫉妬してるのを見ると一発でわかるわ」

「……。嫉妬、か……」


 嫉妬って、怖いな。めちゃくちゃ怒ってるだけにしか見えない。晴子さんは俗に言う"キレる"という行為をしないから、笑顔で怒るのがとても怖い。

 あれでも昔は、「こら〜っ!」って言いながら追い回して来たんだよな……。


「はぁ……」

「……なによ? 急にため息なんか吐いて?」

「いや……人の成長って、悪い方にもあるんだなって……」

「当たり前じゃない。目の前にその例が居るのに、今更なに言ってるの?」

「……自虐はやめなよ」


 僕はまたため息を吐き、昼休みが過ぎ去るのを待つのだった。




 ◇




 家に帰って、ご飯を作って食べて、多少の筋トレをしてから勉強を始める。流れ作業のように一連の動作をこなすも、内心複雑というか、明日どうなるのか考えると手が止まりそうだった。勉強に没頭すると悩みも小さくなるけど、それでも少し心配だった。


《ピロン♪》

「…………」


 考えてる側から、スマホに通知が来る。僕は椅子から立ち上がり、ベッドに投げ出されたスマホを拾い上げる。


 送り主は晴子さんで、内容はこうだった。


〈競華くんから明日の内容を伝えられた。キミにも手伝って欲しい〉

「…………」


 僕は無言でmessenjerを開き、返信する。


〈内容次第だよ〉


 短い文を送ると、すぐに既読がついて電話が掛かって来た。文章を送るより電話で伝える方が早い、当たり前か。

 僕は通話に応じ、耳元にスマホを当てる。


《やぁ》

「……やぁ」

《さっそくだけど、話させて貰う。明日、何をするのか……ね》

「…………」


 僕は無言を続け、晴子さんに次の言葉を催促した。天才と天才の戦い、一体どんな戦い方を選ぶのだろう。

 僕が期待を膨らませると、晴子さんは不敵に笑ってこう言った。


 《フッ……勝負内容はね――





 ――鬼ごっこ、だよ――》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ