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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
56/120

intermission-5:名前

キラキラネームも絡む話です。

拒絶感のある人はお読みにならないようにお願いします。

 太陽は、全てに光を降り注ぐ。ただ、閉じ籠ったものには光が届かない。


 それは太陽が生き物ではなく恒星だから。そこにいて動かないなら、何も変えることはできない。でも、太陽が人間であるならば、閉ざされた場所も開くことができる。


 人間は小さいけれど、晴れやかな人であればこそ、王として頂点に君臨し、多くの人々を照らすであろう。


「……こんなのは幼稚な言葉遊びさ。だけど、私は少しばかり信じたくなるのだよ。自己暗示みたいなものかな。私はこうならなくてはいけない、ってね」


 自嘲混じりに話し、カラカラとストローを回して氷がぶつかる。カラカラと揺れた氷は晴子に対面する幸矢を写した。

 晴れやかな人でこそ――名前に"晴"を持つ彼女の言葉遊びだ。自分を大きな存在に例えるなど、大人になろうと背伸びする子供のようで、晴子は自嘲しながらも憧れを語っていた。


 今回もまた、2人で喫茶“野空”に訪れていた。話題は名前についてであり、晴子は自分の名前についてそう解釈していた。

 名前の意味を考え、自分なりに導き出した答えであり、名前の通りに生きてきた少女。誰でもできることではない。自分の名前の意味をよく考え、親の想いを答えるように生きないと名前は無意味になってしまう。呼ばれるだけなら出席番号のようなものでも構わないのだから。


「……僕の幸矢って名前の由来、君は知ってるよね?」


 幸矢は頬杖をつきながら、目の前の晴子に向かって問いかける。幼い頃からの友人は、自信ありげに答えた。


「勿論だとも。幸せに向かってまっすぐと飛ぶ矢のように、何にも苛まれず幸せに生きて欲しい。そして、幸せは1つ失うと辛く、矢は1つ足すと失う、という漢字になる。高望みせず質素に、されど貧困であらず……そういう意味でつけられた、素晴らしい名前だ」

「……既に人生蛇行しまくりで、不幸ばかりの僕がさ、幸矢って名前なのは笑い話じゃない? そもそも、幸せに向かってまっすぐなんて無理だろうに。努力なくして幸福得ず……じゃない?」

「まぁねぇ……」

「……否定しないあたり、君も良い根性してるよ」


 幸矢の言葉を肯定し、苦笑する晴子を見て幸矢はガックリと項垂れた。幸矢が家族を失って辛い人生を送っているのは事実だし、否定しようがない。故に、名前通りの人生ではないのだ。


「大抵の場合、名前と性格や生き方が一致しない場合が多いね。競華くんや私、快晴くんはいいけれど、幸矢くんや北野根くん……名前は椛か。椛なんて木の名前だしねぇ……。花言葉は調和とか謹慎とか、彼女らしくないし」

「そういうものだろう……? 生まれる前に名前をつけられて、その名前の通りに生きていかなきゃいけないなんて、自由じゃないしな……」

「たしかに。名前は親の想いがあるというだけだね。人生で初めのプレゼントである名前……そこには親の思想が乗せられる。ただ、子供というのは我儘だからね。思想通りには育たない」


 クスクスと笑いながら話す晴子に、幸矢は肩を(すく)めた。

 思想が乗るというのは、意味を込めたり、カッコイイ名前やカワイイ名前を付けたりするという意味である。親が生きてきた経験から捻出され、生まれたものが名前となる。


 幸矢が肩を竦めた理由は、子供の我儘という発言に対してだった。子供でなくとも、人間なんて我儘なんだから託された名前のように育たない。例えばキララちゃんという女の子がいたとして、キラキラとしたアイドルみたいな子になるか、引きこもりのどんよりした子になるかはわからないのだ。


 誰だって我儘なのに、わざわざ子供と付け足したのは多くの者が子供だという揶揄だった。幸矢だって、その揶揄が嫌なわけではない。アダルトチルドレンとか、子供がそのまま大人になったとか聞く昨今(さっこん)。しかし、その大人と子供の違いすらわからないのに、子供は我儘だというのはどうなのかと思うのだった。


「……まぁ、名前通りいかないのは本当かもね。人間は自意識があるんだし……」

「物なら、勝手なことをしないからね。自販機は、お金を入れてボタンを押したら、飲み物を出してくれる。飲み物を出さない自販機なんて、自販機ではない。別の名前の何かだろう」

「……名前は、その物を指す。だけど、人間は名前の通りの生き物じゃない。自販機という名前の人間が居たのなら……その人は、飲み物を出さないだろう……」


 幸矢の言葉に、晴子は頷いて肯定する。

 人間の名前に、人に何かを強制させるような意味を込めることは、無意味でしかない。ともすれば、幸福を求めさせたり、明るい人間にさせようということは無駄でしかない、とも考えられる。


「……もしかしてさ、晴子さん」

「ん?」

「……人間の名前って、無意味?」


 幸矢が恐る恐るといったように尋ねると、晴子は手前のコップを持ち、ストローでジュースを吸って一拍置いた。

 この会話の流れだと、幸矢や晴子の名前も無意味である。否、晴子はその性格が太陽のようなので無意味ではないのだが――。

 名付けることに意味がない、そう考え至った幸矢に向けて、ジュースで潤した喉で晴子はこう返す。


「名前が何かのパスワードみたいに、数字とアルファベットの羅列だけなら、それはそれで人間味に欠ける。仮初めであろうと、名前は必要なのさ」

「……そうだね。数字やアルファベットだけで出席を取る学校を考えると、気が狂いそうだ……」

「うむ。似合う似合わないではなく、名前は必要なのだよ」


 晴子の答えに幸矢は納得し、手前にあるカップを手にとってコーヒーを啜った。今日は甘い物ではなく苦い物を飲んでいるが、大人っぽい彼はコーヒーを飲んでいる方が様になっている。幸矢が一息つくと、晴子は一旦話を区切り、話題はそのまま名前のことながら、別のことに着目した意見を出した。


「ところで、最近はキラキラネームというのが目立っているだろう? 漢字の読み方がわからなくて困るやつさ」

「……それも名前の1つだね。名前に意味が無いなら、深く考える必要はないんじゃない?」

「まぁねぇ……。しかし、キラキラネームを名付けられた子供が、大人になった時に自分の名前に困る時が来る。今の時代、名前は一生ものだからね。どうあっても自分の名前と付き合っていかなくちゃいけない」

「…………」


 幸矢には、晴子が何を言いたいのかわかった。悲しい物言いをされれば、その名前を変えるべきだと考える。しかし、あえて自分で言わないということは、聞いて欲しいということ。だから幸矢は問うた。


「……改名は、出来るだろう? そういう例が最近、ニュースでやってたよ……」

「うむ。ちゃんと訳があり、申請して、手続きを踏んで、名前を変えることができる。これが結構面倒臭いらしくてね。世の中は便利になってるのに、名前1つ変えられないとは難儀だと思わないかい?」

「…………」


 多くのものが電子化されてきたこの時代、名前を変えるのなんて"上書き保存"で出来そうなものだと言いたいのだ。しかし、現実そうはいかない。名前が変われば世間からの呼ばれ方も変わるし、"あの人は名前が変わった"と物珍しく見られる。名前を変えても、環境は簡単に変わらない。


 だから、


「名前が変わる事が、当然であればいいのにね」


 晴子は、願いを乗せた声でそう呟いた。

 人は誰しも自分の名前にコンプレックスを持っている。誰でも一度は名前を変えたいと思うだろう。だから、もし誰もが名前を変えられれば――。

 晴子は、そう言いたかったのだ。


「……。君が、そんなことを言うなんてね」

「まぁ、私は名前を変えないけどね。自分の名前に、私は満足している」

「……我儘だね」

「そう言ったろう?」


 悪びれない態度に、幸矢はため息を吐いた。子供は我儘、その発言を示唆しているのがわかったから。


「……子供?」

「まだまだ大人とは呼べぬだろう」

「……。まぁ、間違った事を言ってるわけじゃないし、それでいいことにするよ……」


 幸矢は肩を落とし、再びコーヒーカップを手にとった。名前に満足している者が名前を変える理由はない。晴子は和やかに笑うと、幸矢に優しく尋ねる。


「キミは、名前を変えられるならどうする?」

「…………」


 幸矢は答えられなかった。今の名前は幸矢には合わず、対外的に見れば変えるべきだと。しかし、彼からすれば名前なんてどうでもよく、変える必要もない。変えるなら自分にふさわしい何かを考えなくてはならないし、すぐには答えられない。


 硬直する幸矢を見て、晴子はクスクスと笑う。


「フフフッ。自分の名前には、真剣になるよね」

「……まぁ」

「矢張り、自分の名前は自分で決めた方が良さそうだ。変えるにしても、そのままにしても」


 晴子がそう呟くと、どこか納得する幸矢は悔しげに目を伏せるのだった。

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