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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
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第47話:遊ぼう

 およそ9年前の事だ。神代晴子は今では考えられないぐらいとっつきにくく、運動神経も良くなくて、年齢通りの知能しか持っていなかった。


 まだ小学校1年生にも関わらず、少女はイジメを受けていた。まだ小学生だったため、それほど酷いイジメではない。悪口を言ったり、物を取ったりされたぐらい。少女の暗く、暗鬱とした性格はより一層深みを増し、1年間で取り返しのつかないものへなろうとしていた。


 2年生に進級する際、クラス替えが行われた。これでイジメも少しは減るだろう――晴子はそう予感していた。現実ではイジメの主犯格は同じクラスになり、チャチなイジメは終わらなかった。


 しかし、2人のヒーローが同じクラスになっていたのだ。それが、この物語の始まりであり――


「――友達になるのに、お金とか能力とか関係ないよ。友達になろうとすれば、友達になれるんだ」


 ――黒瀬幸矢と、神代晴子の出会い――


「だから、僕とさ――」


 その時の言葉を、神代晴子は生涯忘れない。そして、その時の幸矢の事も。

 だからこそ、晴子は幸矢に試練を課した。

 当時の幸矢こそ自分よりも世界にとって必要な人材だと、信じているから――。




 ◇




 ――泣いている女の子がいる。

 それ自体はなんら珍しい事じゃない、僕の前で泣く人は多かった。だが、晴子さんが泣いていた事は少ない。昔遊んでたときにめちゃくちゃ怒った時か、もしくは――出会った当初。そして……僕の家族が死んで、僕が変わった時……。


 "キミが私に言った言葉"だと彼女は言った。つまり、泣いている子――泣いている晴子さんにかけた言葉。それはおそらく、1つしかない。

 彼女が弱っている時なんて、僕が知る限りであの時しかなかったから。


「……椛」


 僕は彼女の名を呼ぶ。少女は目元をぬぐい、顔を上げた。目元は赤くなり、目は涙が煌めいている。答えを出した時、自分の苦しさに気付いて、それを人に話す事で悲しみが解き放たれたのだろう。


 ……今の僕にできるものか怪しいけれど、言うことは変わらない。やることも変わらない。あの日と同じだ、ひとりぼっちの少女を立ち上がらせればいい。

 少女と目が合うと、僕は続ける。


「君が誰かと遊びたかったのなら、素直にそう言えばよかったんだ。前の高校ではできなかったかもしれないけど、今はそうじゃない。目の前に居るのは、君に並び立つほどの人間だろう?」

「……でも、貴方は私が何をしようとつまらなそうだった。一緒に遊ぶって……そういうことじゃないのでしょう……?」

「それはそうさ……。君はずっと、一方的だった。まぁ、僕が君に無頓着なのも悪かったかもしれない。だけど……一緒にできることは、あるはずだろう?」

「…………」


 椛は何も言わない。彼女だってわかってるのだろう。自分が一方的なばかりで、人を遠ざけていたことを。話し合えば、一緒にできることも沢山あるはずだ。

 化学の申し子だろうと、僕にだって基礎知識ぐらいはある。例えば、そう――実験なんか、一緒にできるだろう。


「……よしっ」

「……?」


 僕は立ち上がり、椛の前に立つ。

 手を差し伸べたりはしない、掴ませるのではなくこちらから手を取る。そして僕はこう言った。聖人と呼ばれる前の少女と同じように、できるだけ明るい口調で少女に笑いかけながら――


「一緒に遊ぼう」


 子供以来、使わなかった言葉は自然と気管から解き放たれる。目元の赤い女の子は目を見開き、普段とは違う僕の様子に驚いていた。そんなことを気にせず、僕は彼女の手を引っ張って立たせる。


「えっ、ちょっと……」


 慌てる彼女の体を抑え、体勢を整える。

 この家でできることは、きっと実験ぐらいだろう。……うん、じゃあ、


「どうせ化学薬品とか沢山置いてあるんだろう? なんでもいいから、実験しようか」

「……はぁ? あのねぇ……いくら貴方でも、私の懐を見せるような真似は……」

「ほら、案内案内。早くしなよって……」


 彼女の背後に回り、背中を押す。強引なやり方だが、こういう時は一緒に遊ぼうという意志が大切だ。きっと、今の椛には僕ぐらいしか友達になれない。だけど、少しずつ凍えた心が溶けていけば――いずれは――


 そうして僕は、無理に彼女の実験室に入れてもらい、一緒に実験を始めた。目的の結晶を精製するため、廃液が最低限になるように樹形図を書いていき、2人で納得したら実験を始める。


 結晶の精製なんて、普通に考えたら遊びじゃない。だけど、上手くできるかできないかとか、出来た時の達成感を味わうとか、そういう楽しさも良いだろう。

 椛も最初はそう不服そうだったが、次第に実験を率先して行うようになった。お互いに手順がわかるからか、喋らなくても次の手順に進めるよう材料を集めたりする。

 蒸留や濾過を経て手に入れたミョウバンは、今はガスバーナーで暖められて結晶を作っている。

 黒い丸椅子に座る僕等は、ただ炙られるビーカーを見ていた。


「……硫酸カリウムアルミニウムから作るなんて、凄く効率が悪いわ。100均にさえ売ってるのに」


 ブツブツと椛が愚痴をこぼす。硫酸カリウムアルミニウムは、ミョウバンの正式名称だ。確かに100均にも売ってるけど、それじゃあすぐ終わってしまう。

 趣味、遊びというのは、そのものの為にどれだけ暇潰し出来たかが重要だから。


「……手間暇かけて作業するから、面白いんだろう?」

「……そうね。そうじゃなきゃ、結晶なんて作る価値のないものを、こんな時間掛けてやらないもの」

「……。価値、か……」


 結晶を作ろうと発案したのは僕だった。ミョウバンの結晶なんて中学生が作るようなもの、今更作った理由はいくつかある。


 1つは、少しばかり童心に帰って欲しかったから。ミョウバンの結晶は小中学生の実験だ。子供の頃遊べなかった彼女に、子供らしい実験をして欲しかった。

 あとは、結晶を作ることに意味がある。

 結晶――その名の通りだ。今日この実験を、結晶、もしくは証としたい。

 あとはこうして話す余裕もできることから、ミョウバンを選んだ。


 椛は文句を言うけれど、理由はそのうち自分で考えてくれるだろう。


「……結果の見えてる事をしても、楽しくなかった?」

「……どうかしらね。こんなの高校生がやる事じゃないけれど……悪い気はしなかったわ」

「……なら、上出来かな」


 一緒に遊んで、楽しくなかったって言われたくない。悪い気はしない……椛にそう言わせられれば、マシだろう。


「……今度はさ、僕が何か、遊べる事を考えるよ。君が提案してばかりなのは悪いしね」

「命懸けのことが、したいわね」

「危ない事をする気はないよ……」


 そんな事をしていたら、命がいくつあっても足りやしない。僕は平和に暮らしたいんだが……。


「でも……僕の遊びに付き合ってくれるなら、それは嬉しいな……」

「……そう」


 椛は素っ気なく、短く相槌を打つ。

 しかし、彼女の視線はずつとミョウバンの結晶に注がれていた。小さく半透明な白い結晶。それは椛の中に固まり始めた新たな気持ちのようで――。


「……また遊ぼう、椛」

「ええ、待ってるわ」


 1つの契りを交わし、僕達はガスバーナーを止める。

 取り出した結晶は小さくとも、綺麗な正八面体として白く、輝いていた。

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