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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
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第34話;静けさ

 10月が終わり、11月もあっという間に過ぎて、12月。思った以上に何もない日々だった。11月なんて、何をしたのか覚えてないほど何もなかった。

 朝のランニング、それから学校に行って、椛とどこかへ行き、大体は彼女の家で話すか勉強をするか……夕飯を作る時間には帰って家事をこなし、多少勉強をして寝る。そんな生活が、いつもの日常と化していた。


 最近は、椛に襲われることもなくて平和だ。歯向かってくる奴も居ないし、晴子さんとはいつも通り学校では不和、学校以外だと仲が良い。全てが順調に進んでいる。そう思えた。


 これは、嵐の前の静けさだ。1月にある球技大会の練習も、もうすぐ始まる。

 いよいよ晴子さんのシナリオも最終局面だ。この調子で1月までいければいい……今は球技大会の話題に触れることもないし、普通の学校生活が続いている。そういえば模擬試験もあるが、今回は成績悪いだろうな……。


 椛に付き合うようになってからも、毎日勉強はしてる。1日2〜3時間、授業中もノートを取る以外は他の勉強をしているし、自主的に取り組んでいる時間は10時間ぐらいあるはず……それでも、友達も作らず勉強してたり、学校にすら行かず家で勉強する輩には勝てないし、あの晴子さんでも100何位だから……。


 全国1位なんて、簡単なことじゃない。きっと、瑠璃奈みたいなのが勉強に時間を費やすと、1位になれるのだろう。

 僕とは関係のない話だ。どうせ上位に居るのは変わりないし……。


 あとは12月というと、瑠璃奈の誕生日がある。12月10日、瑠璃二文字(ルリフタモジ)という花の誕生花でもある。瑠璃奈にはピッタリな日だろう。

 おめでとうとメールは送ったが、返信はなかった。きっと忙しいのだろう。


 そして、今日は12月12日。冬休みは23日からで、あと13日……。


「嫌な季節ね。肌が乾燥するわ」

「……君、美容に気を使うのか」


 冬真っ只中、隣の席に座る椛は頬杖をつきながら僕を見て居た。転校して来て3ヶ月、クラスで話す友人結局僕だけで、寂しい奴だった。

 保湿剤でも塗ってあるだろう白い肌は、毎日手入れをしている証ともいえる。椛も女子だし、化粧ぐらいはしてるのだろう。


「……醜い女は居ても、着飾らない女というのは居ないのよ。美しくなろうとするから、女の子なの」

「……君の顔は毎日同じに見えるけど。何か、手を加えたりしてる?」

「転校して来てからは、美容法は変えてないわね……。でも、化粧に一日10分は時間を割くわ。毎日同じことを繰り返して自分流化粧のプロになっても、中々時間は短くならない……。そんなものかしらね?」

「僕も毎朝料理を作ってるけど、今より早くならないな……。どこかに限界があるんだよ、きっと……」

「そうね……。まぁ、上達した方だわ。下手よりはできる方がいいって事で、納得しましょう」


 言いながら、深くため息を吐く椛。冬という季節がどうも苦手らしい。寒いし、学校にコートを着てくる人も増えた。僕もその1人で、椅子には黒いコートが掛けられ、椛は中にベージュのカーディガンを着ているだけだった。

 こういう、学校指定以外で着られるものには個性が出る。僕なんかは根暗だから黒だし、椛は名前が椛だからベージュ……。


 晴子さんのコートは色素の薄い黄色。太陽として、らしい。今日も彼女の周りには人だかりが出来てるし、的を射ている。他人から見たイメージに合わせたセンスというのは没個性と言うのか、それとも個性的と言うのか。


「…………」

「どうかしたの、幸矢くん。浮かない顔をしているわ」

「……いつものことだけど?」

「それもそうね。貴方が笑ってるところ、見たことないかも」

「…………」


 微笑むぐらいは何度かあるけど、満面の笑みというか、目に見えて笑ってると思われる事はないな。

 服の話で他人から見える自分について少し考えたからか、表情というのも作るべきなんだと思い始めた。


 表情は"反応"だ。

 人間は反応が面白いかつまらないかで興味は大きく左右される。僕みたいに表情がわからない人は、何をしても反応が薄くてつまらない事だろう。驚いたり、笑ったり、怒ったり、泣いたり……そういう反応ができる人こそが、見て居て面白くて、人付き合いが良い……。

 それを裏付けるかのように、僕は友達が少なかった。もちろん、今は晴子さんの舞台で演じてるからだけど、そうでなくてもこの性格になった中学から、僕の友達は少なかった。増やすためには表情を作って反応する事だけど……。


「……理性に表情を作らせるのは、反応とは違うかな」


 頭を使って、その時々の表情を作らせるのは何か違う気がする。ともあれ、そうだな……。人に寄られたくない分には、僕は今のままでいいのだろう。

 人間観察とか人の着てるものとか、そういうものを考えるのは僕に似合わない。こういう事は普段、晴子さんが考える事だし……まったく、僕まで偏屈な思考になってきたな……。


 僕はまたため息を吐き、チラリと右横に目を向ける。椛は目を下に向け、机の中で何かギアを動かしていた。ウィンウィンと鳴る噛み合わせの音、また変なものを作ってるらしい。爆弾を作る女だ、また何か画策してるのだろう。


「――――」


 画策してる――そう思った瞬間、脳に激震が走る。

 ああ、そうか、そうだよな……。


 この先にはクリスマスといい球技大会といい、イベント目白押しじゃないか……。


 終業式に、学校が終わってからだけどクリスマスがある。それは絶対何かあるという合図。


 椛は今、そのための準備をしてるのか。


 そして、それに気付かないほど、晴子さんも馬鹿じゃない。


 騒がしくなるな、この冬は――。




 やがて、休み時間の終わるチャイムが鳴る。寂れた鉄音を耳に、僕はそっと、目を閉じるのだった。




 ◇




「…………」

「…………」

「…………」


 賑やかなファミレスの一角、僕の目の前には2人の少女が座っている。黒と黄色、競華と晴子さんだ。競華は相変わらずの仏頂面で、晴子さんは笑っている。しかし、会話がないとどうにも空気が重苦しい。

 男は僕1人で目の前に女の子が2人――嬉しい展開の筈なのに微塵も嬉しくないのだから、本当にこの面子は特殊だと思う。


「――貴様等に言いたいことがある」


 レディーススーツに身を包んだ競華が、腕組みをしながら尊大な態度で口を開く。僕と晴子さんを交互に見て居て、その小さな口から低い声で言い放った。


「たった1人相手に、2人がかりで攻めるのはやめろ。みっともない」

「…………」

「……はぁ」


 競華の命令に対し、晴子さんは無言で、僕は何となくしか返事ができなかった。別に僕は攻めてるわけじゃない。晴子さんの手駒として動いてるだけだし、実質晴子さんが1人で戦ってるようなものだ。僕なんて寧ろ、北野根と友達になってるぐらいだし……。


 だから、僕から言うことはない。晴子さんに視線を向けると、彼女は嬉しそうに笑い、それからパチっと目を見開いて提案する。


「弱い者いじめというのは、1対多数で行われる場合を想像するだろう? 1対1というのはただの喧嘩さ。しかし、一方がとても強く、もう一方がとても弱い場合、喧嘩にならない。弱い方は従順になるからね(※1)」

「……それで?」

「私の場合はどちらでもない。差し詰め私は王様、幸矢くんは大臣、北野根くん含むその他クラスメイトは国民といったところだよ。別に、北野根くんをいじめてるわけじゃない。言い方は悪いが、飼いならしてるのだよ。反抗的なのはとても良いことだが、良識あっての反抗じゃないからね(※2)。彼女の心を変革させるよう促してるのさ」

「それで態々(わざわざ)貴様等2人で悪どく騙し続けるのか? 私は嘘が嫌いだ。嘘を吐くぐらいなら黙ってる方がよっぽど良い」

「正直なだけでは失敗する。君だってわかってるだろうに……。正直なだけで良いなら、不良なんて存在しないのだよ」

「でも――」

「いやいや――」

「…………」


 2人の会話がヒートアップするのを聞き流しながら、僕は店内を見渡した。ここは地元のファミレス、僕等の高校でこの"真澄原(ますみばら)"から通うのは僕等3人と快晴だけ……ファミレスという、学生がよく使う場に来ているのは怖い事だが、今日は日曜で雨だし、わざわざ真澄原に来る学生なんて居ないだろう。


 で、僕は2人を残してドリンクバーを取りに行く。会話に熱が入っても、1分もすれば1つの話題の議論ぐらい終わるから。


 チー……と音を立てながら、グラスにクリームソーダが注がれて行くのをただ見つめ、ふうっと一息吐いてから抽出ボタンを離し、グラスを手に持つ。まだ何か言い合ってるのかな、なんて思いながら僕はテーブルに戻る。


「まぁ別に、私達から何かするつもりはない。彼女が勝負を挑んで来たら対処するだけで――って、幸矢くん。なんでクリームソーダを注いでくるのかね。子供かキミは」

「貴様、自分の顔色と性格を考えろ。ブラックコーヒーしか飲めなさそうな顔のくせに……淹れ直してこい」

「……八つ当たりはやめてくれないかな?」


 言論による怒りを僕にぶつけて来る2人。顔の割に甘い物好きなのは、今に始まったことじゃないし、高校一年生に向かって何を言うんだ……。


「……競華。僕等は別に、椛をいじめてる訳じゃないよ」

「……ッ」

「おい、コイツの前で北野根を名前呼びするな。悔しがるだろう」

「悔しがってなどいないよ! というか、私だって名前呼びされてるのだし!」

「…………」


  大声で騒ぎ立てる晴子さんをよそに、僕は2人の正面に座った。晴子さん、顔真っ赤だ。可愛い。


競華はどっかりと椅子に座りなおし、腕組みをして晴子さんに詰問を続ける。


「それで、さん付けで呼ばれてる女よ……北野根は最終的にどうなるんだ? 良い方向に持っていけるのか?」

「……。100%とは言い切れないけどね。私としては、今のシナリオが破綻しない限りは前向きになってくれると信じてる。1月――幸矢くんを見て、彼女の心を揺さぶる事が出来れば……」

「……結局、全てはそこにかかってるのか。貴様等の言葉遣い、口調、音程が全てだ。台本はあるだろうが、間違うなよ?」

「誰に物を言ってるのだ……。私はこの力を過信する気は無いが、誰よりも言葉に力があると思ってる。勿論、幸矢くんにもね」

「……僕?」


 ピンとこない、不思議なことを言われた。僕の言葉に力なんてないだろう。死人が話してるみたいな冷たい声なんて弱々しいものだろうに……。

 しかし晴子さんは僕の顔を見てうんうんと頷いている。


「幸矢くんは、やる時はやる男だからね。私みたいに倫理観があるし、言葉もそこそこわかりやすい」

「倫理観の観点で言うなら、競華や椛も持ってるだろう……? 僕は、言葉に力なんてないよ……」

「……そうかなぁ? ねぇ、競華くん?」

「……自分で考えさせてやれ」

「そうだね」


 2人で勝手に納得し、目の前の少女達は揃ってコーヒーカップを手にし、中のコーヒーを啜った。

 ……僕に力が、ね……。そんなものがあるなら、僕はとっくに椛を更生させている。ただ晴子さんに付き従う僕に、言葉の力なんて、ね……。


 自分で考えさせてやれ、ね……。考えてわかるものなら、そうしてみよう。




※1:勝てない戦いはしないため、戦う前から負けを認めて服従する。

※2:従順な反対が反抗であり、思考停止した従順よりは反抗的な方が良い。

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