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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
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第29話:誕生日①

 10月23日、朝7時30分。

 珍しくも僕はこの時間に電車に乗っていた。7時半は家を出る時間だが、いつもより5分早い。その理由は、この人と一緒に登校するためだ。


「……登校デートなどしてると、落ち着かないのだが」

「……勝手にデートにしないでよ」


 隣で吊り革を持つ晴子さんはそんな冗談を口にしていた。

 はてさて、"たまたま居合わせて、晴子さんが頑張って黒瀬と仲良くなろうとした"が通じるのは学校に着くまでだ。要件は手っ取り早く片付けよう。


「晴子さん……椛にイヤリングなんて、どうしてさ?」

「そんなに不思議かね。女の子というのは小さい頃から、キラキラしたものを欲しがるのだよ」

「それだけじゃないんだろう?」

「……まぁ、ねぇ〜」


 晴子さんは珍しく苦笑していた。眉がハの字に曲がって、無理な笑顔を作っている。珍しい顔だったから、それだけの理由があるのかと身構える。

 晴子さんはまっすぐと電車の壁を見ながら話した。


「……そんなに難しい話じゃないよ。北野根くんが本当に幸矢くんを好きか、試すためさ」

「……と言うと?」

「彼女、髪が長いだろう? 耳が見えないほど……おそらく、キミの買ったイヤリングをつけてても、体育以外の授業ではバレないだろう。ネックレスだと制服からでは私達からも付けてるのかわからないし、ブレスレットだと腕のサイズが合わなかったら困るからね。そこでイヤリングを買ってもらったわけさ。日常的にイヤリングを身につけてくれれば、キミが好きだと確信が持てるだろう? キミが好きでないなら、態々リスクを冒してまで学校にイヤリングを付けては来ないだろうし」

「……成る程ね」


 理由を聞くと、納得できた。これから僕の買ったイヤリングを椛が付けてくるなら僕のことを好きと判断する……実にシンプルだ。単にイヤリングを気に入って毎日付けてくる、なんて理由がなければ、ね……。


「……で、ピンクトルマリンか」

「ああ。ピンクが嫌いな女の子は居ないからね。良いだろう?」

「……それは本人に聞かないと、なんとも言えないけどね……」


 もし突っ返されでもしたら……美代にあげよう。美代は可愛いものが好きだし、ピンクの宝石も気にいるだろう。


「……それで、キミの聞きたいことは終わりかね?」

「うん……。今日は無理を言って悪かったね、晴子さん……」

「なに、キミと私の仲だ。これぐらい大したことじゃないよ」


 晴子さんがそう言って笑うと、丁度よく電車のドアが開く。井之川と書かれた駅で下車し、改札を出た。


「今日もいい天気だねぇ、幸矢くん」

「……そろそろ呼び方戻したら?」

「この時間は部活の朝練もおるまいし、教師陣も目につかぬ。心配することはあるまいよ」

「……そう」


 それなら構わないけれど……。しかし、神代晴子と一緒に居ると、不思議と安心する。何かあったとしても、どうせ彼女が対処してくれる。そう思えるからか。


 晴子さんが歩き出すと、僕も並んで歩く。話題も無くなった今、アレを出そう。


「そういえばさ、晴子さん……。昨日デパートに寄った時、君にもプレゼントを買ったんだ」

「……私の誕生日、3月なのだが?」

「知ってるって……。あげたいと思ったから、買ったのさ」

「……なんだか今日は随分と攻めてくるではないか。この前messenjerを送ったのを気にしてるのかい? 私は別に、本気で送ったつもりはなかったんだがね」


 悪いことをしたかのように儚く笑う晴子さん。これでも笑顔の彼女だが、曇った笑顔は似合わない。だから僕は、早くこのプレゼント――手のひらサイズの白い箱を、彼女に渡した。


「……これ、良かったら貰って」

「う、うむ……。なんだか悪い――」


 箱に視線を向けて、晴子さんの口は止まった。まっすぐ歩きながらも、その歩幅は徐々に狭くなっていき、やがて立ち止まる。

 箱にはその値段と、中身が書いてある。値段は6800円だったか、商品名はオレンジガーネットのブレスレットで……


 グシャッ!


 その白い箱が、目の前で握り潰された。面白い怒り方だが、このままでは僕の命も危険かもしれない。


「……何故、さぁ〜……オレンジガーネットなんだねぇ……?」


 いつもの笑顔、いつもの声色で僕を見ている。

 そのひたいには、青筋が浮き出ていた。

 流石は晴子さん、石の意味を一瞬で理解するとは恐れ入る。


「良い色をしてたから、つい、ね……」

「ぜっったい嘘だろう。キミがオレンジガーネットの意味を知らないはずがない! というか、こんなものに6800円も出したのかキミは!? それならアクアマリンとかエメラルドとかさぁ……安物でいいから、そういうのがだねぇ〜……」

「……その宝石も、僕らにはまだ早いだろうに……」


 結婚祈願を示すような宝石は、高校生が持つのに似つかわしくないし、晴子さんに合う色じゃないだろう。

 思った通り気に入られなかったが、箱を潰したんだし、そんなグシャグシャなものを僕に返したりはしないだろう。……中の石まで壊れてたりしないか? それだけは心配だ。


 晴子さんは潰した白い箱を見つめ、ゆっくりとブレザーのポケットに忍ばせる。


「……まぁ、うん。貰える物は貰っておこうか……。付けたくはないがなぁ……触られたい人みたいじゃないか」

「……普通に付けてればカーネリアンとか、ただのガーネットだと思われるだろう? それでいいじゃないか……」

「まぁね、宝石を見てわかる人は少ない。付けててもいい……か?」

「ん……」


 僕は右手でゆっくりと、晴子さんの頬を撫でた。そしてそのまま彼女の顔の輪郭を指で持ち、顔を上げさせる。


 目と目が合う。彼女は少し驚いたようで、それでいて恥ずかしそうな顔をしていた。僕は意地悪にも、こんな事を口にする。


「――そのブレスレットを付けてるのを見かけたら、こうするからね」


 一言だけ言うと、僕は彼女の顔から手を離す。しかし、晴子さんは硬直してしまってまるで動かず、静かに顔を赤くさせていった。

 ……まぁ、揶揄(からか)うのは成功したと言えるだろう。暫く意識が戻らなそうな晴子さんを置いて、僕は先を歩くのだった。




 ◇




〈今日は話しかけないでくれ給え。照れる〉とのお言葉を頂戴したが、視線を横にズラすと、椅子に座る椛が目に入る。僕はスマフォを仕舞い、彼女に軽く挨拶した。


「おはよう……」

「おはよう、幸矢くん。プレゼントは買って来た?」


 不良が弱者にカツアゲするかのような態度で、ニコニコと笑いながら挨拶を返す椛。もはやこの態度に慣れたからなんでもいいが、僕はもう1つ用意した白い箱を、椛に手渡した。


「……はい」

「あら、アクセサリーかしら? 楽しみね」


 本当はそんな事思ってなさそうだが、椛は箱を開いた。

 中に入っているのは、金細工に直径0.5cmのレッドトルマリンが付いている。イヤリングの長さは1.5cmほど、椛は髪が長いからまず見えないだろう。


 箱の中身を見て、椛は目を点にして黙り込んだ。虚を突かれたかのような、そんな態度だった。


「……私に、ピンクを贈るとはね。予想外だわ。私に似合う色って、黒かオレンジだと思うのに……」

「……それにはまぁ、深いわけがあるんだよ」

「伺っても?」

「……調べれば簡単にわかるよ」


 それだけ言って、僕はいつも通りヘッドホンを付けながら勉強を始めた。隣では椛がスマフォで何やら調べ、1人で納得しているようだった。彼女も、精神が幼いだけで天才なんだ。言葉少なに理解してくれるのは、とても助かるな――。

頭の良い人は、ちょっと言うだけでわかってくれるから良いですよね。

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