表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
30/120

第27話:品位

 次の日――顔を合わせるのが気まずいと思いきや、椛は普通に僕に接してきた。

 一番前の席で晴子さんが新聞を読む、何気ない朝の風景。椛は登校するなり、僕に声を掛ける。


「おはよう、幸矢くん」

「……おはよう」


 勉強する手を止め、挨拶を返す。昨日の今日なのに、随分と元気がいい。あれから色々考えて、何か掴んだのだろうか。

 椛は僕の隣の席に鞄を置き、中身も開けずに席に着く。荷物を気にせず、僕の方を見ていた。


「……何?」


 視線も返さずに尋ねてみる。彼女はニコリと笑って答えた。


「観察よ。人を知れって、貴方が言ったんじゃない」

「……堂々とし過ぎだろうに」


 ずっと見られてるのは気分が悪いし、観察するにしても人知れずやるのが一般的だろう。ストーカーという言葉もあるぐらいだしな……。しかし、僕を観察するってことは、僕を倒したいってことなのかな?

 ……この前の晴子さんとの戦いの後、好意を持たれると思ったが、僕の勘違いだったのか?

 推しが弱かったのなら、もう少し押してみよう。……今は無理だけど、後でね……。


「僕と戦うつもりなら、誰も何の得もしないし、やめた方がいい……」

「少なくとも、私は勝利の優越感に浸れるわ」

「……ああ、そう」


 彼女的には意味があるらしい。……もし昨日あの注射を打たれていたら、僕は死んでたのかな。わからないけど、彼女に倒されればろくなことにならない筈。怖いものだ……。


 会話はこれっきりで、僕は勉強を再開した。僕はきっと、理系脳なんだろう。数式を解いていくのが好きで、微分積分、各種変換はお手の物。晴子さんは文系だろうし、そこで道が分かれるのか……な。

 椛も競華も理系だろうし……難しいな、人生。


「手の動きが遅くなったわね」

「…………」


 余計なお世話だ。




 ◇




 午後の授業が終わると、帰りの挨拶もまだなのに僕は廊下へ出た。わざわざ聞く必要はないし、ルール違反をする事でヘイトを溜めさせる。なかなかメリットのある不良のような行動だ。

 僕の後ろからは椛が付いてきて、クラスを抜け出している。彼女も悪い人だな、と思った。


 僕の後ろ、2mぐらいか……備考でも何でもなく、後ろを付いてくる。喋るわけでもなく一定の間隔を保って付いてくる。歩調を早く、遅く変えても距離は変わらなかった。


 どこまで付いてくるのかわからない。僕を知りたいなら、家まで付いてくるかもしれない。でも、ウチは義母が女の子の友達を入れるのを禁止してるから、それはできない。


 このままどこかへ行くとしたら――そうだな。


 電車に乗り、西部に向かう。ギリギリ都会と呼ばれる井之川だが、さらに西の方に行くと田舎町のように高層の建物は姿を消して行く。

 終点まで行って駅を出ると、矢張り椛は2m後ろから付いてきた。

 人の少ない静かな通りを歩いていき、いくつかの坂を登って進入禁止の標識がある道に入る。この先の道は行き止まりだが実に良い所なんだ。


 アスファルトの道を抜けると、草ばかりが生える、手入れもされずに放置された空き地に入る。もう何年も前から放置されていて、ススキや、この季節だと曼珠沙華なんかが咲いている。

 ――その先から見る夕暮れは、とても美しい。

 坂道をいくつか登った場所にあるこのスポットは、夕陽の降り注ぐ街を見下ろしながらオレンジ色の空が見られて、とても素敵な場所だった。


 眩い黄色の光に、目を細める。腰ぐらいまで登る草むらの中に立ちすくみ、夕映えの空からゆっくりと後ろに振り返る。


 椛は何も言わず、先ほどまでと同じように佇んでいた。顔つきも変わらない。綺麗な景色を見ても、心が揺るがないのかもしれない。だけど――


「椛、来て……」


 僕は、彼女に手を伸ばす。すると彼女は、ゆっくりと僕の方へ歩いて来た。間合いはない、至近距離で例の注射を打たれたら敵わないが、少女は特に何もしてこなかった。


 僕の差し出した手を、椛が取る。こんな風に綺麗な景色の中で手を取り合う男女の学生。中々絵になる展開だろう。女の子、しかも子供相手なら、こんな展開で――ダメ押しは十分だろう。


「……どう? 僕の事、知れたかな……?」


 優しく尋ねてみる。すると

 何故か椛は吹き出し、口元を押さえて笑い出した。


「……なに?」

「いや、ついね……。フフ、こんな所を知ってるなんて、貴方は存外ロマンチストなのね。冷静、冷酷、冷徹……そんな男だと思ってたのに」

「……それは、勘違いだよ」


 僕は声色が低く、冷たい人間だとよく思われる。冷酷さ――それも兼ね備えてはいるが、情熱を胸の中へ綺麗にしまっているだけだ。学校での立ち振る舞いは今と違うかもしれないけれど、今の僕こそ、僕の素顔であり、この場所へ椛を導いた。

 その素顔の名を――高貴と呼ぶ。


「僕は、高貴だ……冷静、冷酷であるのもそう。情熱やロマンスを求めるのも、そう……。僕の感性は高貴に作り上げられたから――僕は、美しい事を求める。どうだ、椛……君は、これを美しいと思う……?」


 僕の問いに対して、椛は真摯な表情のまま固まり、そして一度空を見上げてから、僕の目線に目を合わせて答えた。


「――嘘つきね、幸矢くん」


 衝撃が身体中を駆け巡った。ついに僕の()いている嘘がバレたかと思ったから。

 しかし、椛は僕の予想と違うことを口にした。


「貴方が高貴? 高貴ってね、とっても上品なのよ。立ち振る舞いはあの神代晴子のように立派じゃなければならない。なのに、貴方は猫背じゃない」

「…………」


 僕は軽く、椛の頭にチョップした。彼女は痛がる様子もなく、頭に置かれた僕の手を取って得意げに笑った。


「両方、手を繋いだわ。フフフ、どうしてくれようかしら」

「……両手が塞がってたら君も、何もできないだろうに……」

「あら、心外ね。貴方の握力が強いとわかったから、両手が潰された時の対策もしてきたのに」

「……へぇ」


 それが何かはわからないけれど、まだ目の敵にされてるとは面倒なことだ。しかし、この場で僕をどうこうするつもりはないだろう。ここへ来るまでの道に、彼女は僕と市内の監視カメラに映ってるはずで、例えば僕を殺しても1人では移動しないだろう。気絶させることができても、それだけじゃ何の意味もないし……。荷物を奪い、僕をここに放置して1人帰るのも良いかもしれないが、電話を借りて誰か呼べば良いし……。


 それがわかるからか、椛は何もしてこなかった。

 ただ手を繋ぎ、時間だけが流れていく。茜色の空はやがて濃くなっていき、僕等はただ互いの手から伝わる温もりを感じていた。


 椛は、ずっと喋らない。それが恋というやつだろう。好きな人と触れていると、何も言えなくなってしまうものだ。――もしかしたら、"どうやってコイツを殺してやろうか"と考えてるのかもしれないが、そうじゃないと信じよう。


 30分ぐらい硬直した所で、漸く椛は動き出す。どっと息を吐き、視線は僕に向けず、抱きしめてきた。


「――幸矢くん。貴方は強く、カッコいいわ。高貴……もしかしたら、本当にそうかもしれない」

「……高貴なのは、本当のつもりだけど……」

「高貴な人間が、和を乱してまで人自分の意志に従った行動をするの?」

「…………」


 そういう攻め方をして来るか。その言葉はある種正しいのだろう。和を大切に、争いをしない。そのために自分の考えを捨て、統率的な行動をとる。

 ……そんな飼いならされた人間は、高貴なんかじゃない。自分で考えて付き従えばこそ高貴な忠臣と呼べる。


 人間は奴隷じゃない。意志があること、それが大切なんだ。


「……正しい事をする、自分の考えを実行する。それが……高貴というものだよ」

「あら、そうなの……。なら、私も高貴なのかしら?」

「……振る舞いも大切だけど、ね」

「フフフ、私の行いは決して正しいことではないし、振る舞いも悪い……。そうね、私は卑しいのかもしれない」


 妖艶に笑いながら自分を卑下するも、その嬉しそうな顔は奇妙だった。今すぐ刺されるのかもしれない恐怖心が胸を巣食う。

 しかし、椛はまた言葉を続けるだけだった。


「貴方は高人、私は下人……それなのに一緒に居る、不思議じゃなくって?」

「そんな決めつけは無意味だよ……。誰にでも善い心はある。そして、卑しい心もね……。人間は中途半端なんだ。高人、下人……どちらにでもなれる。ただ僕は――落ちる気は無いよ」


 上品から下品へ。そんな事をすれば、あの人は落ちぶれてしまったと批難される事だろう。

 僕は落ちるつもりはない。何故なら、高貴であり続けたいから。高貴になると、下品な事を厭い、プライドが立てられる。プライドは信念となり、これが折れない限りは高貴で居るのだろう――。


「君は、登って来るか……?」


 彼女の体を離し、問いただす。下に居るのなら登ればいい。特に、椛には素養が備わってるのだから、登るのも早いだろう。

 知識はある、あとは自分以外を幸せにする気持ちを持ち合わせれば――。


「……ごめんなさい」


 しかし、椛は断った。その目は子供のように艶やかで、ゾクゾクしているのが伝わって来る。

 悲しい声、だけどどうじに嬉しそうでもある。そんな声で、彼女は僕にこう言った。


「私はまだ、遊んでたいの――」


 高貴とか下品とか、そんな事を考えず、欲求のまま動く子供のようにありたい。そんな気持ちがわかったから、僕はどうしようもない気持ちを、ため息で表すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ