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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
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第26話:椛の家

 6時間も授業があると、学校を出るのは3時半を過ぎてしまう。夏を過ぎたからか、夕陽が出るのは早いもので、水色の空は徐々にオレンジ色に塗り変わっていく。


「――秋、ね」


 僕はなんとなく、その言葉を口ずさんだ。実りの季節であり、死の季節でもある。

 赤が多い季節だ、血を連想するのも不思議じゃない。それも、これから敵の本拠地に飛び込むとならば――


「……どうかした?」


 隣を歩く椛がニコリと笑って尋ねてくる。まさしく僕の敵であり、晴子さんの敵である少女。科学に強いんだ、薬品だらけでもおかしくない。それとも、印象とは裏腹に普通の少女らしい部屋なのだろうか。

 そんなことを考えていると答えるのに遅れ、彼女は僕の脇腹をつつく。


「無視はよくないわよ?」

「……考え事だよ。君の家に行って、何をされるのか、ってね……。人体実験とかじゃなければいいんだけど……」

「あら、高校生が人体実験に携われると思って?」

「……。……瑠璃奈――」

「あれは人間じゃないでしょう?」

「…………」


 僕の親戚が人間扱いされてないんだけど、それはどうなんだろう。まぁ、まだ人体実験してるわけじゃないだろうし、ギリギリ人間だと思う。

 ……ギリギリなら、ダメかな?


「はぁ……まぁいいわ。こっちよ」

「……うん」


 彼女に誘導されながら、僕は進んで行く。その道の先には面倒な事があるんだろうけど、進む事が晴子さんの役に立つ。だったら、進むしかないのだろう――。




 ◇




 なんの冗談かと思った。オートロックの高級マンションだなんて、高校生の一人暮らしにしては変のだから。

 エレベーターで上がった15階は最上階で、ここの家賃は月いくらなのか気になって仕方がない。廊下を歩いて北野根の表札が見えると、椛はカードキーをドアに当てて扉を開く。


「……さ、入って」

「…………」


 高級住宅に入るのは、少し苦手だ。僕は割と庶民的な暮らしをしてるし、普通な暮らしをする晴子さんや快晴の家に、昔はよく行っていた。だからこういう所が場違いな気がして、少し入りにくい。

 まぁ、ここまで来たのだから入るけど……と、僕は玄関に入り、靴を脱いだ。靴を揃えようと、後ろを向いて(かが)む。


 刹那――ビュンッと、椛の手が僕に伸びた。


 その手に掴まれていたのは注射器――何かの薬なのだろう。

 こんな展開は予想できた。じゃないと、わざわざ後ろを向くなんて、隙は見せない。


「はぁっ……」


 僕はため息混じりに体を横に倒しながら、飛んでくる椛の腕を掴んだ。注射器の針が僕の指の隙間を通り、静止する。――僕の右手の握力は65kgなわけだが、その右手で彼女の手を掴むと、当然ながら痛そうにする。

 ……護身のために、椛は試験管を持ってたっけ?

 僕は使う必要すらなかったな。


「浅はかだよ、椛……」

「グッ……つっ……」


 一般女子の握力とは、どのくらいなものだろう。とりあえず、椛は僕より相当弱いらしい。

 一回で倒せないとわかってたのか、彼女は左手にも注射器を持っていた。しかし、その注射器は床に落ち、左手は自らの右手を支えている。

 ……あまりにも無様なので、僕は注射器を奪って彼女の右手を離した。


「……ッ……これは、予想外だわ……」

「この程度が予想外と言うなら、君は本当に、神代に挑まない方がいい。彼女は僕と互角か、それ以上に強いからね……」

「…………」


 僕は注射器を持ったまま、椛の横を通り抜けてリビングに入った。リビングは物が少なく、それでいてベージュや木の色が多いからか、清潔感があった。女子としては飾り気もないリビングだが、家の主人が椛なら不自然ではない。

 自然だからこそ、僕は当然のように注射器の中身を水を流しながらシンクの中に捨てた。


「……なんで」


 後ろから椛の声がする。

 ああ、これは赤い液体か。護身用とか言って、注射に使うんじゃわけないな。


「……なんで、文句の1つも言わないわけ?」


 ようやく質問の全容がわかったので、答えることにする。僕は蛇口の水を止め、椛に向かって振り返った。


「……僕は、こういうこともあると考えてここに来た。だから別に、気にしてないよ……」

「……それは、私が弱いと言いたいの? お前なんて相手にもならないから、穴倉に入って来ようって、探検気分だったわけ?」

「…………」


 言葉が荒くなる椛。つい最近晴子さんに負けたばかりだから、プライドがズタズタなんだろう。可哀想だけど、相手にならないのは事実だし……。

 って、僕は彼女と関係が悪化すると悪いから……ふむ、どう言い逃れようか。


「……椛には、化学の知識がある。だけど、それを生かす策略があまりない。力はあるんだけど、それを活かせてないんだ」

「…………」


 椛は僕の言葉を聞き、黙り込んだ。僕の言葉を、認めるしかないだろう。化学の力は強い。爆弾や毒ガス、人を殺す兵器を簡単に作れてしまう。しかし、使い方のレパートリーが少なければ、手が読まれて潰される。

 さっきだってそうだ。靴を整えるために後ろを向く、その隙を突く。分かり易い不意打ちだからこそ、不意打ちにならない。


「君は、戦略を覚えるべきだよ……。相手の裏を読んで、更に裏を読まないと、生きていけないよ?」

「そうは言っても、戦略なんて増やしようがないわ……」

「……相手を知ること、だね。性格や行動をよく観察して、自分が行動した時の相手の行動を予期する。……さっきも、キミが僕の握力を知らなかったばかりに、僕に勝てなかった。そうでなくても――」


 僕は腕を振るい、ワイシャツの袖から手元にそれを飛ばした。手に掴んだのは――防犯ブザーだった。

 小学生が学校で配られるような、黄緑で満月が少し欠けたような形をしている。椛はこれを見て、口をぽかんと開けた。


 これが僕の隠し武器、みたいなものだ。こんな子供が身に付けるものを出すのが意外だったのだろう。


「……防犯ブザー? そんなもので、私に勝てると?」

「勝てるよ。栓を抜けば、君は一瞬だけビックリする。防犯ブザーは投げることもできるし、君の注意を引いた瞬間、僕は君を仕留めることができる……」

「一瞬ぐらいで……」

「……顔面、殴られたことある?」

「――――」


 椛は黙した。普通なら、顔面を殴られることはまず無い。しかも、素手で。

 上手く威力を消せる武人なら別だが、大体の場合、一発で怪我をする。僕だって筋力はそこそこあるから、殴られた人はただじゃ済まない。


「貴方は、そんなことをする人なのね」

「生き死にに関わる事で、そんな戸惑いはしないよ……。それに、君は薬物すら使うんだろう? 顔を殴られるとか、腹を刺されるぐらい……覚悟持っといた方がいい」

「…………」


 僕の声に、またしても椛は沈黙する。的確に彼女の弱点を言っているつもりだ。思うところがあるのだろう。

 僕はゆっくりと振り返り、椛の方へと近寄った。彼女の肩をポンッと叩き、できるだけ優しく言ってみる。


「君は、遊びが過ぎる。楽しんでいると浅慮になるからね。戦いを挑むなら――冷静に、真剣にやれ」


 それだけ言って、僕は彼女を通り過ぎた。今日は、これでいいだろう。僕は短い廊下を通り過ぎ、静かに帰宅するのだった。

冒頭付近で、椛が「化学ではなく科学に強い」と書いたのは、薬品混ぜるだけしか能がないわけじゃないからです。文化祭で作った時限爆弾などから電気回路も多少はわかるとお察し頂ければと。

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