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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第1章:舞台役者
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第19話:背面世界②

 僕は珍しく、ペンも持たずに机に座り、じっと窓の外を見ていた。別に、全てにやる気がなくなったとか、憂鬱だとか、そういう事じゃない。


 僕の周りに不穏な空気が漂っている。そう感じただけなんだ。


 文化祭は終わった。後は片付けだけすれば、完璧に終了、元の生活に戻る。――そうであれば良いが、北野根と晴子さんが揉めて、何もなかったかのように元の生活には帰れないだろう。


 競華からmessenjerで聞いたが、出会い厨を使ったらしい。晴子さんの名前を使って、援助交際を持ち掛ける……何の罪もない人と何の罪もない人が出会い、困惑させるという迷惑行為だ。犯人は北野根だと言って過言ではないし、確執ができた。


 一応、僕も喧嘩は売られたわけだし、あれから北野根とも話していない。これから北野根とどうするか晴子さんと決めたい所だが、今日彼女は打ち上げに行ってるはずだから、疲れてるところを相談するのは良くないだろう。振り替えで明日と明後日は休み、相談の機会はいくらでもあるだろう。


 しかし、可憐な少女達が互いを敵対視して腹を探り合うのは見ていて心地いいものではない。互いがもっと真面目で真摯に向き合えればいいんだが、女の子は陰湿だと聞くし、彼女達も御多分に洩れずという訳か……。


「はぁ……」


 ため息を吐く。これはいつもの癖だ。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、名前にある"幸"は逃げようがないし、嫌な感じがしたら、ため息を吐いてもいいだろう。


《Prrrrrr――》

「ん……」


 その時、誰かから着信があった。時刻は20時56分、まだ掛けてきても不思議ではないか……。

 僕はスマートフォンを手に取り、着信者の名前を見る――が、非通知だった。


「…………」


 嫌な予感しかしないが、僕は冷たい鉄の板を耳に当て、通話ボタンをタップした。


《はぁい、幸矢くん。ご機嫌はいかがかしら?》

「……君か」


 電話越しの声に、僕の口からは嫌そうな声が出た。軽い調子で僕に電話してきたのは、北野根椛だった。


「何の用……?」

《あら、ツレないわね。可愛い女の子から電話をもらったのよ? もっと喜びなさいな》

「……なんでそんな無駄話をする?」

《フフフフッ。どこまでも疑ってかかるの、嫌いじゃないわ》

「…………」


 本題に入る気がなさそうだったので、僕は電話を切った。するとすかさず着信が掛かってくる。同じく非通知だった。


「……もしもし?」

《まさか切られるとは思わなかったわ。ごめんなさいね》

「……それで、何さ?」


 催促すると、今度こそ彼女は要件を口にした。


《私、神代さんと仲良くなったの。幸矢くん……それでも貴方は、私と友達で居てくれる?》


 なんとも難しい問いが課せられた。

 僕は空を仰ぎ、数瞬考えて結論を出す。


「……君が僕から離れるなら、止めはしない。僕と敵対する場合も、止めないよ……。文化祭の時みたいな遊びじゃなく、全力で君を潰す……」

《私とは疎隔するということかしら?》

「君がそう望むなら……。別に、僕は君が神代と仲良くしようと、君という人間がどういう人格かわかってるから、僕から君と手を切ろうとは思わないよ……」

《……。つまり、まだ私と友達で居てくれるのね。嬉しいわ》

「…………」


 口ぶりから察するに、北野根としても僕と縁を切るつもりはないようだった。僕と晴子さんに挟まれる形となる――何が目的かは知らないが、今は関係を変えずに晴子さんにどうするか聞くのがいいだろう。

 僕はため息を1つ吐き、電話に向かって刺々しい言葉を放つ。


「言いたい事はそれだけ……?」

《……ええ。貴方が友達でいてくれるなら、とても助かるわ》

「…………」


 それはつまり、僕に助けて欲しいということだろうか。

 僕が北野根を見限れば、近い未来、僕は彼女を助けられない。しかし、友人であるなら助けることができる、と。


 ようは、後ろ盾になれという話だった。


「……君は、神代に挑むつもりなのか。文化祭でも暴れてくれたのに」

《あんなんじゃ足りないわ。でも、9月中は無理かも。一旦小休止を取る。……10月、楽しそうじゃない。季節は巡り、完全に秋となる。私の名前は椛、秋は私の季節。理由はないけど、負ける気はしないわ》

「……そう」


 理由なき過信、それは晴子さんを侮り過ぎだと言わざるを得なかった。ネットを使って彼女を貶める行為は彼女に対する有効な手段だったが、競華が味方にいる以上無意味に等しい。爆弾を設置するとか、居場所を当てるとか、そういう行動で持って晴子さんと対立するなら、勝ち目はないだろう。

 きっと晴子さんは、今回の事を怒ってるだろう。はてさて、どうなるやら――。


《要件はそれだけよ。夜分に悪かったわね。また、2日後の片付けに会えたら会いましょう……》

「僕は行かないから、君だけ片付けを楽しむといい」

《フフ、本当にツレないわね……。釣りたかったのに……》

「…………」


 別れの挨拶もなく、電話は切られた。勝手にホーム画面になったスマートフォンを机に置き頬杖をついて、指先でmessenjerを開き、スッ、スッ、とフリック入力で文字を綴る。


〈話したい事がある〉


 その文章だけを送って、僕はスマートフォンをスリープ状態にした。さて……どうなるかな……。




 ◇




 ドス黒い感情というのは、誰にでもあるものだ。喧嘩を売られた以上、この感覚に身を任せようと思う。

 しかし、私は私を見失ったわけではない。立ち振る舞いは変えず、優雅に、一歩一歩を踏みしめて歩く。

 それなのに何故――


「キミは嫌そうな顔をしているんだね」

「…………」


 前回お話をした喫茶店で、前回と同じく幸矢くんが目の前に座っている。彼は私を見て、嫌そうな顔をしていた。まだ何も話してないのに、失礼極まりない。


「……私が何かしたかね?」

「……。貴女が悪い人の顔をしてたから、つい……」

「む? 顔には出してないつもりなんだが……何故わかった?」

「雰囲気、全然違うよ……。振る舞いは一緒でも、笑顔はいつもより艶やかで、悪い笑顔だ……」

「クラスメイトにはバレるかね?」

「……それはないね」

「ならいいが……」


 私はそう相槌を打ち、コーヒーを一口啜る。砂糖もミルクも入れてない苦い液体が喉を通ると、頭がスーッとして落ち着く。ただ口臭が嫌になるが。


「というか、キミから昨日連絡して来たんじゃないか。嫌そうな顔をしおって、失礼な奴め」

「……寧ろ、表情の変化がまるでない僕の感情を読める晴子さんも、相当異常だよね……」

「キミの顔から感情を読み取るのは、相手の思考を(さぐ)るいい訓練になったよ」


 皮肉げに言ってみると、彼は少し肩を落としてシュンとしたように見えた。そういう(かす)かな動きが読めるようになったのは事実だが、あまり嬉しくはないな。

 さて、話を戻そう。


「それより、キミが私に言いたいことがあるというのは、北野根くんの事で間違いないな?」

「うん……。北野根は、10月に晴子さんとまた対立するつもりだよ。その時、僕に後ろ盾を頼んで来た。"まだ友達でいろ"って、脅しみたいな言葉で、ね……」

「ほう……」


 私は嗤う。幸矢くんに後ろ盾を頼む、それならやることは簡単だ。目の前にいる悪党の青年に、また一芝居打ってもらおう。


「……フフフッ、楽しみだね」

「……。晴子さん、笑い方」

「よい。これは私が彼女を貶めると決めた代償だ。今の私は冷淡で狡猾な汚い女……幸矢くん、キミは今の私を嫌いかもしれない。しかし、誇りを汚された以上、彼女には報いを与えなければ気が済まんのだ」

「……。まったく……」


 幸矢くんは億劫そうに溜息を吐く。しかし私の気持ちもわかっているはずだし、私の名を汚した北野根くんに、彼も怒ってくれてる筈だから……


「……貴女の態度がどうであれ、夢は変わらない筈だし、親友であるのも変わらない。君がやるというのなら……僕は協力するよ……」


 彼はいつも通り、私を助けてくれるのだ。

 さて、戦いの内容が未定である以上、ある程度しかシナリオは作れない。それでも最大限、今できることを考えよう。

 私も幸矢くんも演技者だ。上手く立ち回れるよう、努力しよう。


(……それにしても、喫茶店で男と密会なんて、私も悪い女よなぁ……。いや、浮気とか不倫じゃないし、よいのか……)


 脳の片隅で考えた昼ドラ染みた思考は、解決しないままポツンと残るのだった。

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