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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第109話:経緯・上

 僕達は3人揃って響川家(ぼくのいえ)に来たが、まだ美代は帰ってないようだった。とはいえ、それは当然だろう。なんの考えもなしに帰ったところで、僕等に質問ぜめを食らうのは明白。美代は少なくとも気持ちの整理ぐらいつけてくるはずだ。


 その点、僕等は質問するだけなのだ。何も気にする必要はない。強いて言えば、義母(かあ)さんに話を聞かれないよう、どこで話すか決めるぐらいだ。

 家はダメだ、何が仕掛けられてるかわからない。

 外に出るのが正しいが、時間は限られるだろう。既に午後8時半、女子3人含め、高校生4人だ。長居できる場所は少ない。


 無論、あるにはあるのだが。


「ダメだね。気乗りしない」


 僕の前で正座する晴子さんが、僕の提案した場所について、なんの躊躇いもなく、まっすぐな目で断った。無論、僕も気乗りしなかったし、断ってくれたことに少しだけ救われた。


「キミは女の子を3人も連れて廃墟に行こうと言うのかね? そんなに卑しくなかったはずだが?」

「……君の残念な妄想は残念なことに、可能性ではあり得てしまう。だから僕も。気乗りしなかったよ」


 あてのある廃墟が幾つかある――そう言っただけだが、この言われよう。気品を損じない言葉選びは難しい。


「じゃあどうするのよ? 私の家くる?」

「椛くんの家は遠いのよなぁ」

「いや、たったの3駅じゃない」

「電車が問題だろうに……。タクシーでも、男女4人ではね」


 椛の意見も却下される。

 じゃあどうするの――そう言いたげな鋭い視線が晴子を刺すが、これに対する回答は僕が出す。


「これでどう……?」


 僕がブレザーの胸ポケットからケースに収まったワイヤレスイヤホンを見せると、全員の衆目が集まった。詰まるところ、僕と美代が家で話して、その内容を晴子さん達が電話越しに聞くということだ。

 それなら僕と美代が兄妹で話すだけで、晴子さん達は帰宅していても問題ない。


 だが意外なことに、これに異議を申し立てたのは晴子さんだった。


「……それでは私が表情を読めないのよな」


 その言葉には、少し反抗心が湧いた。確かに、3年間家族を疑えなかった僕を信用できないのはわかる。でも時間もなく、2人をこれ以上ここに居させるのも悪い。逆に晴子さんは、僕と美代を1対1にしたくないのかもしれないが、それこそ余計なお世話だ。僕も覚悟を決めているし、気は確かなんだ。

 だから僕はこの台詞を口にする。


「僕が信用できないか……?」


 少し高圧的な物言いをすると、2人は目を見開いて硬直した。晴子さんは僕の目を真っ直ぐ見据え、何度か瞬きをしながら表情を暗くさせていく。20秒ほど経って、晴子さんはいつもの明るい表情で言った。


「キミを信じよう」

「……どうも」


 この短い問答、やはり僕を心配していたようだ。

 美代の表情がわからず、嘘が見抜けなくて困るなら晴子さんは絶対残るだろう。だが、こうも易々引き下がるなら、疑念はそこにない。思ったより過保護だな、晴子さんは。


「……椛は、それでいい?」

「私は構わないわ。高次元の会話って、私の本分じゃないもの。幸矢くんに任せるわ」

「……僕も話が上手いわけじゃないよ。ただ、家族同士でゆっくり語らうだけさ……」


 僕の言葉を訝しんでか、眉を八の字にしている椛だが、晴子さんは早々に立ち上がった。


「では私は失礼するよ。通話は私もこれで対応するから、時期を見て電話してくれ」


 晴子さんは僕の持つものと色違いのイヤホンを取り出して見せると、振り返って1人で部屋を出ていく。

 椛の方に視線を戻すと、彼女は僕の手元を見て言う。


「私、イヤホンって持ってないのよね。電車で通話ってわけにもいかないし、予備があれば貸してくれないかしら?」

「……ああ。ヘッドホンでもいい?」

「ええ、構わないわ」


 僕は自分の鞄から授業前に付けてるヘッドホンを取り出し、椛に渡す。試しにつけてもらったが、なんとも言えない表情をしていた。


「……耳を塞ぐのって、あまり気分良くないわね」

「なら、どうする……?」

「いや、代替案(だいたいあん)は不要よ。これ、借りてくわね」

「ああ……」


 それ以上の会話もなく、僕達は玄関に向かう。その際、リビングに居る義母に一言挨拶したが、こちらに関心がないようで、気のない返事だけしてテレビを見ていた。椛は気にすることもなく、玄関に出る。

 外はとうに暗く、5月の夜は風が心地良かった。


「……フフフ」

「……笑うなよ」


 夜道を見て椛が笑った。僕はそれを制することしかできない。その理由は、1つ離れた曲がり角から美代の顔が見えたからだ。

 ひょっこり顔を出しているつもりでも、顔は全部出てるし、明らかにバレバレだった。何を目論んでいるのかわからないが、こちらの動向を伺っているのは確か。


「……どうする? 迂回して帰る?」

「いいえ、結構よ。寧ろ、貴方が見ている前で彼女が何をするのか、気になるじゃない? いいえ、何もできないでしょうね」

「……そうだね」


 椛が見えなくなるまで僕がここで見張っていれば、美代とて椛に手は出さないだろう。

 椛は不敵な笑みを浮かべて優雅に歩いていく。その振る舞いを僕は見送る。やがて美代の居る場所まで辿り着くも、椛は何事もなく去って行った。


「……はぁ」


 これには僕も安堵のため息が出る。椛が心配ならそれでいい。先に出た晴子さんは心配するまでもなく無事だろうし。

 これで僕の前から人も居なくなり、美代がスクールバッグを手にこちらへ駆けてきた。


「…………」

「…………」


 お互いに無言だった。あんな事があった後だ、互いになんで切り出していいのかわからない。

 それに――よく見ると、美代は太ももに擦り傷があった。どこかで擦らせてしまったのか、赤くなって血がぶつぶつと滲んでいた。今日、僕の計画で負わせた傷だ。


 家族を傷つける。それは僕にとって、とても重い罪だった。家族を失ったからこそ偽りでも大切にしたい家族、唯一の義妹。だけど、いくら取り繕っても、偽りの家族よりも真の友情や仲間には変えられない。だから今日の作戦を決行した。


 これは覚悟したこと、だから僕は傷について何も触れない。


「……ひとまず、家に入ろうか。話は後で聞く」


 思考が冷静だったからか、言うべきことも含めて発言できた。美代は俯くように小さく首を縦に振り、僕の後に続いて家の中に入って行った。


 美代が一度自分の部屋に戻ると言って自室に帰り、僕は簡単に御世の晩ご飯を用意しにリビングへ向かった。その時、義母が僕の方に振り返って、久方ぶりに親らしいことを聞いてきた。


「美代と何かあったの?」


 黒瀬家は、玄関から部屋に通る際に必ずリビングを通る。美代と僕がここを通るときの雰囲気か異様で、心配されたようだ。

 とはいえ、この人に何も話すことはない。


「……さぁ。何もないよ」


 辛辣にそれだけ言って、僕はすぐ食べてもらうためのレトルトカレーを作るのだった。




 ◇




 美代が遅めの夕食も済ませ、お風呂を出て、髪を乾かしてから僕の部屋へやってきた。時刻にして22時40分。正直、こんな遅い時間から話すなら椛にヘッドホンを貸さなくても良かったな、と思う。僕としても早く話をしないとズルズル話さずにいると思っていたから、美代から部屋に来てくれたのはありがたかった。しかし、時間があったおかげで晴子さん、椛とのグループチャットの部屋を立てられた。椛を含めたグループチャットは初めてだったため、作るのをすっかり忘れていた。

 今は通話も始め、僕もイヤホンをして万全な状態で望んでいる。


 僕は机とセットの椅子に座り、美代は僕のベッドに座っていた。お互い向かい合ってはいるが、お互いに話を切り出せずにいる。電話越しの催促はない。僕の覚悟が固まらなければ話せないと晴子さんは踏んでるからだろう。もしくは、美代から言葉を放つのを待っているのかもしれない。僕としては後者で美代から何かあるなら先に話してほしい心だった。


 しかし、あまり長くしても通話相手に迷惑なため、僕から話を切り出す。


「……無言はもういいだろう。君は一体、何者なんだ……?」


 僕のや質問に、美代の腕がピクリと反応した。俯いた彼女は何かを諦めたように悲しい表情のままため息を吐き、僕の目を見て語り出す。


「私は、兄さんの義妹だよ。そう……義妹になるように、あの女にくっついて来た」

「……あの女って、義母さんのこと?」

「そう。本来ならCランクにも満たない人を親に持ちたくなかったんだけどね。……あの人、黒瀬麻奈(まな)は金で私と養子縁組を組んだ。それが、貴方の実父である黒瀬文徳(ふみのり)と再婚する半年前のこと。だから端的に言うと、私は貴方の妹になるよう送り込まれたの」

「……。それは御大層なことで……」


 おおよそ察しはついていた回答が得られ、僕は満足していた。あの義母と美代は明らかに釣り合っておらず、金か脅しで利用したと判断していた。


「……で、君がこの家に来た目的は……?」

「そんなの、わかってるでしょ? 貴方を監視すること、そして成長を促すこと。忠宏氏亡き今、期待できるのは貴方だけですから」

「…………」


 忠宏(ただひろ)――死んだ兄の名だった。

 兄さんは本当に優秀な人だった。人徳に長けていて、晴子さんよりも人望が厚かったと思う。15歳で半年フランス留学し、それからは海外を飛び飛びで駆け巡ってはお土産を買って来てくれた。

 僕が今持っている資格も所有していて、バイリンガルで、天才というにふさわしい人だった。


 あの人の名が美代から出たということは、兄さんも組織の人間だったのだろう。


「……忠宏さんのことは本当に残念でした。瑠璃奈ことクイーンは、彼がこの国の王になるに相応しいと、10歳から決めていたようです」

「……10歳の子供の言うことを信じるのか」

「あれを子供と言いますか……?」


 僕は何も言い返せなかった。瑠璃奈は9歳にしてFXを始め、幸運か勉強の成果か、10歳になるまでには巨万の富を手にしている。それに加えて黒瀬の名を持つのだから、一躍時の人になった。

 しかし、彼女はマスコミの取材を全て断り、単身アメリカへ移住している。9歳から1人でアメリカに行き、組織を興すような奴は、子供とは呼べない。


「というわけで、忠宏さんの代替品である幸矢さんには、人の上に立つ器として成長してもらう必要があるのです。それがダメなら、貴方の親友である晴子さんでも構わない。少なくともお二人は、管道瑛晴に引けを取らないのですから」

「……あの男か」


 今日の出来事を思い返す。若くして組織の元老院を名乗る、尊大な態度の男だった。あんな男が、京西高校をまとめた生徒会長だったなどと、にわかに信じがたい。だが、あの場に立っていたというだけでも才児であることは明白だった。


「瑛晴殿のことは、正直あまり好きではないのです。ですので、幸矢さんか晴子さんに王座についていただきたいのです。貴方達の生真面目さと敬虔な生き様は信頼できるのです」

「……そうか」


 否定はしなかった。生真面目で将来有望な人材になることを盲信して勉学に励み、力をつけている。休む日はなく、教養と知識を身に着けてきた。これが純粋でなくてなんなのか。

 無垢に頑張るからこそ、この信頼が得られているのだろう。

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