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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第108話:曖昧な結末

 管道瑛晴。

 何度か聞いた名前だった。瑠璃奈のプロトタイプ計画にて、競華を下して16歳の頂点になったという男。

 そんな少年が今、改まって自己紹介をし、周りを見渡してしょぼくれる。


「……あれ? 反応なし? 悲しいなぁ、自己紹介したのに」

「キミが私達と友達となりたいとか、同じクラスメイトだというのなら、"よろしく"の一言ぐらい言えるのだがね。いかんせん、私達の心を引っ掻き回す組織の人間には、初めから好感など抱けないのだよ」


 当たり前の言葉が晴子さんから出る。僕達を引っ掻き回している奴等が初対面で、人の良い笑顔で、よろしく、なんて……笑い話もいいところだった。

 しかし少年は気にする様子もなく、笑って返す。


「人間の成長は悩みなしに始まらないよ。いくら好奇心旺盛で知識を蓄えていっても、人間性が良くなるわけじゃない。僕みたいにね」

「生憎と、君たちのしていることは余計なお節介でしかないさ。悩ませるだけなら良いかもしれない。しかし、幸矢くんはどうかね? 人生を狂わされてる。今日は負傷者も出ている。君達が与えているのは悩みではない、攻撃だ」

「うーん……そう考えるなら、キミは今すぐ僕を殺すべきだよ。どう?」

「バカなことを……」


 安い挑発を、晴子さんは一蹴する。

 人は誰とでも仲直りできる、それを証明したかった高一の頃を、理想郷メンバーが知らない筈がないのだ。

 和解できないなら殺すしかない、そんな思考でないと知っているだろうに。


「じゃあどうする? この場に現れた僕と、君はこれからどうするのかな?」

「それはおかしな話だね。君は用があるからここに現れたのではないのか?」

「ううん? 別に? どうせペテン師じゃ君達と戦っても仕方ないと思って、一応出てきただけ。アレはアレで使えるから、こんな所で正体バレても仕方ないかなー、って」

「……つまり、君は今、私達とこの場に居る理由がないのだね?」

「That's right. だからさ、何かしら理由を作ってよ。僕は暇なんだ。何か興奮するような、楽しいことを提供してよ」

「…………」


 晴子さんは沈黙し、腕組みをして数秒考える。その後、すぐ僕に目を向けた。


「帰ろうか、幸矢くん」


 管道瑛晴に対する興味の全くないその言葉を僕に放ち、まさかこの状況で、理想郷組で元老院を名乗るほどの男をほっぽって帰るという選択を、あの神代晴子が下したのだ。


「あはっ」


 管道が吹き出し、笑い出す。彼は自分の役職まで言って堂々と自己紹介をした。その自信たっぷりな彼を無視したという事実は、面白いのかもしれない。

 怒りよりも笑ってくれるのは助かった。


 晴子さんは自分の乗る鉄骨に手をかけ、体を宙ぶらりんにしてから落ちる。彼女の身体能力で、しかもなるべく安全に落ちるということは、怪我などするわけがなく、悠々と僕の方へと歩いてくる。


「僕がどういう人か知った人に無視されたのは初めてだなぁ。凄いねぇ、晴子ちゃん」

「美代くんも、この場にいた証拠を残さないようにね」

「うわぉ、本当に無視されちゃってるぅ!」


 無視を続ける晴子さんと、どこまでも楽しそうな管道に、場の空気を乱された僕はため息を吐いていた。あの緊張感ある雰囲気は何処へ、シラけてお開きになるみたいな空気だった。

 僕もアホらしくてエアガンだけ拾い、その場を去るために倉庫のドアへと向かう。

 晴子さんも僕の方へと来ると、さらに管道は言葉を続ける。


「どうして僕を無視する? こんなに口が軽そうな敵の幹部がしきりに話しかけてるのに」

「そんなの簡単さ」


 今度は晴子さんが、美代の投げた音響弾の残骸を拾いながら答える。


「βと呼ばれた美代くんが外で爆弾を投げただろう? 爆発があれば誰かしら通報する。幸いここらにある交番は500m先、警察署は1.3kmも離れている。警察の自転車か白バイの警官が来るのに10分程度だと私は考える。そして、もうすぐ10分が経つ」

「…………」


 外が近くなると、ウーウーとサイレンの音が聞こえた。

 コソッと扉から頭を覗かせるも、まだパトカーも警察も来てないようで、道路では普通に車が走っている。港だから通行人もいない。

 5月の海だ、人が寄るはずもない。野次馬すらいないから通報されてない可能性もあった。


「キミとて、この場で警察に職質されるのはマズかろう?」

「なるほど、時間がないわけか。βめ、面倒なことを」


 やれやれと管道は首を振り、挨拶もなく鉄骨を歩き、影に隠れていたロープを辿って屋根上に出て行った。

 どうやらあそこから出てきたらしい。


 理想郷組は去った。あと残ってるのは美代とβ、そして僕と晴子さん、椛、倒れた今鐘。負傷者2名がいる中、ここから颯爽と抜け出すのは面倒くさい。

 やれやれとため息を吐いていると、晴子さんが指示を出す。


「幸矢くん、βさんを運び給え。私は今鐘くんを。椛くん、血痕の後始末を頼む。幸矢くんのBB弾は回収しなくて良いからね」

「待ちなさい。なぜ兄さんがβを連れて行く話になる?」


 そこに異を唱えるのは僕の義妹、美代だった。美代にβを任せれば、彼女の組織の人に治療を頼めるのだろう。しかしながら、医療に関しては僕にも人脈がある。だから連れ出したい所だが、晴子さんなら上手く丸め込んでくれるだろう。


「美代くん、キミにβくんを渡して私達が引き下がったとしよう。そしてキミがもう2度と私達の前に姿を現さなければ、キミたちの秘密は迷宮入りさ。しかし、キミには使命がある。だから幸矢くんの家族となり、4年も彼を観察していた。ならば、今更抜け出せまい? だから、今日のことはどうあっても我々に話す必要に迫られる。……ほら? どっちにしろ情報を吐いてもらうなら、βくんを連れて行くのになんの問題があろう?」

「…………」


 "使命"

 その言葉は美代にとって重かったのだろう。歯嚙みをして、屈辱に顔が歪んでいた。

 時間もない、これ以上の問答もないだろう。


 僕は椛に軽く処置されたβの肩を担ぎ、倉庫の外へ出る。すると、僕等が乗ってきた車が目の前にあった。どうやら運転してきてくれたようだ。

 ひとりでに車の扉は開き、乗れと言っているようだった。僕は後部座席にβを乗せ、自分は外から運転席に声を掛ける。


千鬼(せんき)先生、僕はタクシーでも拾って帰ります。あとの負傷者は今鐘だけです。二人を連れて早急に治療をお願いします」


 話しかけるのはオールバックで少し厳つい、白衣を着た男。お爺様から資金援助を受けてる外科医で、僕も弱みを掴んでいるから大体の言うことは聞いてくれる。


「あいよ。坊ちゃんたちはどうする?」

「タクシーを拾って帰ります。今回の件、重ねて申しますが、内密に」

「分かってるよ。しかし、荒事にはあんま巻き込まないでくれよ?」

「命を張るリスクなら、手術も荒事も変わらないでしょう……」

「……。口では勝てませんわ。ま、極力やめてくだされ」


 千鬼先生はそう言うと、逃げるように車の窓を閉めた。僕も倉庫に戻ろうとすると、入れ替わりで晴子さんが今鐘を脇に抱えて現れる。少なくとも30kgはあるだろう女子の体を、片手で軽々持ち上げる怪力は、いつ見ても圧巻だった。


「晴子さん、その子を運んだら少し歩いてタクシーで帰ろう」

「了解した」

「よし……椛、美代。集まって」


 僕が呼ぶと2人が寄ってくる。晴子さんも戻ってくると、背後から車の排気の音がした。千鬼先生は言ったらしい。


「僕等はここを迂回し、海沿いを暫く歩いてからタクシーで帰る……。異論は?」

「……私は1人で帰ります」


 美代だけは1人になりたいらしく、僕に敵意を向けながら断った。僕の返事も待たずに背を向け、ズケズケと粗暴な態度で歩いて行く。そんな彼女に対して、僕が言えるのは1つ。


「……1人で帰れる?」

「バカにしないで!」


 兄の気遣いは、無用のようだった。

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