第101話:問
麻酔の投与量は微々たるものだが、それでも1時間は口がきけなかったようで、時間を浪費する。しかし、その空白の時間のおかげもあって、天野川も今鐘も落ち着いていた。
電気の点かない廃墟のボロアパートには月光が差し込み、外は黒色に染め上げられている。正直なところ、今日は大したことをしてないし、聞くことを聞いて早めに帰りたかった。
天野川の服は一度脱がせたが、凶器になるもの、ボイスレコーダーの類いを抜き取ってまた着せ直している。女子もいるのだ、その所は配慮しよう。
「……もう喋れる」
自発的に発言する天野川の言葉に、僕と今鐘は顔を上げた。長く待ったが、これから尋問しよう。
その前に、軽く襲撃した経緯を説明する。
「天野川清明……君に訊きたいことがある。ペテン師と呼ばれる、理想郷組の人間のことだ」
「……そのために、こんな仕打ちを?」
「半分はね……。とりあえず、喋りなよ。死にたくなければね」
「…………」
両手足は既に拘束してある。太さ2mmのアルミ線でぐるぐる巻きにしてあり、ペンチでパチパチ切らなければ抜け出せない。彼を殺すことなど容易いが、無論、僕にそんな気はない。あるとすれば今鐘だろうが、今日は話す場を設ける条件で呼んだ。
当然、ここまでの行動は全て競華でもペテン師でも、誰かしらにバレてるはず。それでもこの状況を野放しにするということは、大した情報は望めそうになかった。
望みは薄いが、訊けるところまでは訊いてみよう。
「君は、ペテン師と通じてる……。そうでなければ、今日ここに現れなかっただろ……?」
「…………」
天野川は視線を横にやって何か考え、それから僕の質問に答える。
「確かに、僕はペテン師と通じてる。でもまだ会って1ヶ月も経ってないんだ」
「……1ヶ月でもいい。情報を提供しなよ」
「それには条件をつけて欲しい。貴方は僕を殺さない。そして、ペテン師から身を守ってくれると」
「……。今鐘。こう言ってるけど、どう思う?」
藪から棒に話を振ってみる。今鐘の目は座り、感情任せではない、適切な答えを提供した。
「これからの話次第だと思いますよ。確かにペテン師は強いし、清明は脅されてるだけって可能性もある」
「……ご尤も。脅されなければ、天野川が君を反故する理由もわからない……。だから天野川。条件はともかく、まずは話しなよ……」
「……。この状況では、拒否できませんね」
天野川は諦めの溜息を吐き、じっと僕を見て、それから一瞬だけ今鐘の顔を見て、また僕に向き直る。
話しなよとは言ったが、どう話すか悩んでるのか……?
「まず、人物像を話して欲しい……」
「……わかりました」
僕の要求に頷き、天野川はペテン師の人物像を思い出しながら話し出す。
「まず顔ですが、僕が初めて会った時はお面を付けていました。その顔の下を見ましたが……そばかすのある、唇の色素が薄くて、目が鋭い、ポニーテールの女でした」
「……へぇ」
その要望から推測するに、美代ではなさそうだった。その事に安堵しつつ、また、敵の検討がつかなくなった事に気を滅入らせる。
天野川は僕の心境を気にせず、語り続ける。
「声は機械音声でした。口の中に特殊な機器があるのだと思います。あと、出会った当初はゴシックドレスを着てましたね。背丈は160ほど、痩せ型です」
「……なるほどね。参考になったよ」
「それは早合点です」
「……え?」
天野川の冷静な指摘に、僕は首をかしげる。
黒髪のポニーテールにそばかす、特定するには十分な特徴と言えるだろう。だが天野川は、今の情報を笑い飛ばしながら言葉を続けた。
「もう一度だけ、奴に会ったことがあるんです。その時の奴は――僕よりも背が高かったんです」
「…………」
天野川の身長は僕とさほど変わらない。つまり、170はある。
その天野川よりも背が高かったということは、10cm以上巨大化したということ。一ヶ月以内でできることではない。
「心底驚きましたね。顔も別人でした。金髪のセミロング、そばかすもなくて白い肌。鼻は高く目は大きい赤目……外人みたいでした」
「……それは別人だったんだろう?」
「いえ……声は同じ機械音声。そして奴は、僕の目の前で自分の顔の皮を剥いだんです。黒髪にそばかす、先程話した顔になったんです」
「…………」
つまりは百面相。身長も変えられるとなると、特定することはできそうにない。10cm以上も身長をごまかした、それはシークレットブーツでも難しいだろう。そもそも、曲がりなりにもAランク認定をされた天野川の目を欺くのは難しいはず。
おそらく、天野川が同一人物と考えるのは、口の動きと喋り方、機械音声が同じだったからだろう。
……色々考えられるが、今は置いておこう。
「なるほどね……。わからない事についてはこれ以上聞いても仕方ない。次に、君達は何をしようとしていたのか聞きたい」
「……。それは僕が聞きたいぐらいですね」
「……?」
「生徒会長になれと言われてただけです。本当に、それだけ」
「…………」
どうも引っかかる言葉だった。しかし、真意は全くわからない。
うちの高校では晴子さんがいる。1年時に全校生徒の9割以上の得票を得て生徒会長になってるんだ。今年の生徒会長も、晴子さんが出馬表明しない限り会長となるだろう。ペテン師は何をもってしてそんな無謀な頼みをしたんだ……? それとも晴子さんに直々に「出馬するな」と進言するつもりだったのか?
どうにもペテン師の行動の意図は読み取れない。勿論、僕等の行動を邪魔する気でいるとは思うが……生徒会長になるとかならないとか、そんな事無意味だ。指示を受けた天野川だって、生徒会長になるなんてわけわからないといった顔をしている。
ペテン師、その人物については依然謎のままか……。
「……相当ヤバい領域の人間らしいね、ペテン師は」
「ええ、ですが……奴よりも、富士宮競華の方がランクは上のはずなんです」
「……へぇ?」
知人の名を出されると、僕は目を光らせる。競華はペテン師の正体を見破れる人物と言って良いのかもしれない。それなら僕にできない道理もない。
天野川は理由についても説明した。
「ペテン師は、僕等と同世代なんです。COStMOSt計画プロトタイプでは、15歳の実力ランキングで1位だったはずですから……」
「……例のプロトタイプか。その時、年齢別に各人のランキングをつけたのかい……?」
「その通りです。1位から3位はその名を教典に載せられたり、テレビに名前が出ます。特に彼女と富士宮先輩、瑛晴先輩は、計画創設者でありながら1位、2位を終始維持して、計画参加者の中で名を知らぬ者は居ません」
「……競華が、創設者か」
その言葉には、少しばかり疑問を抱いた。僕等と学校に通う彼女がいつそんな計画に参加して居たのだろう。会社に行く、なんて言うのは全部嘘か……。
もしくは……会社の一部が参画して、その中で競華が仕切ってるのか……。
それとは別に、瑛晴という名前は気になった。数ヶ月前に椛が話した京西高校の話に、管道瑛晴という少年が出てきた。京西高校で生徒会長となり、瑠璃奈がスカウトした男……ただならぬ力を持っているのは言うに及ばない。
ペテン師、競華、そして管道瑛晴。
この3名が同じ力を持ってるとすれば、競華を知る僕ならこう言える。
晴子さんと僕がいれば、勝てない相手ではない、と。
そう思うと気が楽になり、しかし質問はしっかりと続けた。
「次に……ペテン師とのこれまでの会話内容を全て話してもらう。他に何か、話してなかったか?」
「他に、ですか……。ないですね。強いて言えば、悠佳と別行動をしろと言われただけです」
「……!」
自分の名前が出され、今鐘が息を飲む。……流れもいいし、ここで一度今鐘に話を譲ろうか。
僕が今鐘に視線をやると、彼女は頷き、僕はスマホを取り出して下を向いた。
これからは、今鐘の詰問が始まる。
「なんでわけわからない奴の言うことに従ったの!!? 清明はずっと私と一緒にいるんでしょ!!? そう信じてたのに……」
「……悠佳。僕等はまだ死ぬわけにはいかないだろ。ペテン師は、殺そうと思えばいつでもできるんだ。従うしかないだろ……」
「……私達が、そう簡単に負けるもんですか。あの時は廊下だったから、道が細くて……」
勢いあった今鐘の声も小さくなっていく。彼女は前回、晴子さんに瞬殺された。場所が狭いとか広いとか関係ない、まだまだ力不足なんだ。それを自分で理解しているのだろう。
「……悠佳。もう暫くは別行動しよう。学校でも話しかけてこないでくれ……」
「……暫くって、いつまで?」
「――僕達がペテン師を倒すまでだよ」
今鐘の質問に、僕は口を挟んだ。2人の視線が僕に集まる。そこには疑念も何もない、大人に頼る子供の目があった。
僕はため息を1つ吐き、ぶっきらぼうに告げる。
「僕と晴子さん、少なくとも僕は、ペテン師を吊るし上げるつもりだよ……。正体も誰だか予想はついてる。ただ、これは勝負だから……自分の力で、ペテン師を炙り出すよ……」
「……黒瀬先輩。それがどういうことかわかってるんですか? 富士宮先輩や、管道先輩を相手にするってことなんですよ?」
「少なくとも、僕は競華に負ける気はしないよ……」
『……!』
2人は目を見開いて僕を見た。
ネットの世界ならともかく、彼女と命を懸けて戦う分には負ける気はない。あと競華はボードゲームがめちゃくちゃ強いので、チェスや将棋は相手になりたくないが、そうでなければあの性格と技術力から戦略は割れるし、倒せる。
実際、僕と晴子さんで大した作戦もなしに倒した。
アレは2人だからできたことといえばそうだが、晴子さんなら他にいくらでもやりようがあった。競華が落ちてこないようにしたり、1階から逃げたりも……。
ただ、僕に捕まえさせるのが確実だったからそうしただけ……。
最適で使える物があったから使っただけなんだ。
あの時を考慮して早合点するわけじゃない。長い付き合いもあって、競華に負けないと自負している。
そして、晴子さんと僕がタッグを組めば……。
まぁ――そういうことだ。
「ペテン師……正体を暴いて脅威を排除する。だから君達はいつも通りの学校生活を送りなよ。仲良く、ね……」
『…………』
2人は何も言わない。
しかし、僕の言葉を信じ、そっと頷きを返すのだった。