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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
111/120

intermission-10:人生

僕の頭が悪くなり過ぎて中々書けませんでした。去年の9月からこの話を書いていたのですが、最後は雑談っぽくなって実力不足を感じた。精進します。

 今日は珍しい組み合わせが生徒会室にあった。生徒会長の神代晴子は上座でゆったりと書類整理に勤しみ、北野根椛はスマホを見つめながら頬杖をついて晴子の正面に座っている。こんな組み合わせになったのは、椛の方から話を持ちかけたからだった。


「厚生労働省の調べによると、この国の死者は年間134万人。平均して23秒に1人が死んでるのよ」


 スマホに映された人口動態に関するPDFを閉じ、椛はそう口にする。この日本という国での年間の死亡件数を調べていたらしい。彼女の言葉に、晴子は眉ひとつ動かすことなく、過去のファイルから文書の差し替えを行う。

 静かな空間で、また椛は呟いた。


「人生って何?」


 今日彼女の聞きたい内容は、それだった。

 人生という言葉は重く、考えるにはあまりに深い。

 だから晴子もすぐには答えず、椛の顔を見て少し微笑んだ。


「例え年間100万、200万人死のうと、それぞれ別の生き方に寿命を使っている。そこには間違いなく人が生きていた。不幸な最後も、幸せな最後もあっただろうね」


「終わりよければそれが人生かしら?」


「いやいや、そうはならないだろう。人生はよく一冊の本に例えられるが、最後のページだけ読んで何がわかるのか、というものさ」


「……そうね。そもそも、人生を本にするというのなら、あまりにも分厚い本になってしまう。たった1人でも、何十巻という本になるでしょう」


「その通り。本を一冊読むのに長くて一日かかるにしても、人生は80年あるのだからね」


 トントンと書類を整え、晴子はファイルに書類を入れては閉じてしまっていく。80年という歳月を簡単に伝えることはできないし、そんなことは当たり前だった。


「フフッ……80年と言ったわね? 70年前、この国では戦争をしていたらしいわ。何百万人も死に、食べるものも家もなくした人が溢れ出た。……そんな悲しいことさえ私達は知らずに安寧を享受して生きている。生きることへの本気度も低迷し、だらだらと家畜のように生きる人間ばかりになった」


「随分と傲慢な考えだね。キミは生家が厳しかったから全力で生きてきたかもしれないが、私や幸矢くんはキミほど全力では生きていないのだよ。勿論、人が毎日のように死んで死体が転がっているのが普通、なんて環境で生きてきたわけでもない」


「そうかも。人が生きるには第一に、住んでる環境に左右されるのよ。信号機がなくても車が走ってる国はいくらもある。じゃあ青信号で歩いて渡っていいと教えられた私たちはどうしたらいいのかしら?」


 やれやれと、退屈そうな椛の問いに対して、晴子はいつものように答えた。


「郷に入れば郷に従えということわざもあれば、俗に入れば俗に従えということわざもある。わからないことは現地人に素直に聞けばいいのさ」

「……つまらない答え。貴女はそうやって正当な回答しか提供しないのね」

「嘘をつく必要も理由もないからね。それに、キミは適切な回答でも曖昧な回答でも納得しないだろう。難しいところだね」

「面倒な性格で悪いわね」

「いいのさ。分かり合えないから人間なのだし。それを弁え、受け入れてキミと話してるよ」


 そう言うと、晴子は立ち上がってファイルを棚にしまっていく。聖人の後ろ姿を椛はボンヤリと眺めながらまた思慮に没頭した。だがその時間も間も無く、晴子が作業しながら話す。


「人が生きると書いて人生だ。しかし、我々もよく知っての通り、生きるだけなら動物と変わらない。動物に生きると書いて"動生"とは読まないのだ。人だけだよ。だから、人だからできる生き方をすればこそ、人生なのだろう」

「…………」


 そんな事は私でもわかると、椛は視線で訴えた。棚を閉じて振り返る晴子は苦笑し、もう少し深く突いていく。


「詰まる所、人が出来ることをすればいいのさ。衣食住だけではない。目的を持って生きるのさ」


「……目的ねぇ」


「動物が自分の生きる目的を持つかい? まぁ、我々は動物の声を理解できないから一概に否定はできないけども、我々から見れば、動物は生まれて死ぬだけの命。動物が今から日本を征服して動物国家を作り出すと思うかい? そんな事はあり得ないだろう。人間の方が圧倒的に数も武器も多いのだから」


「確かに、私達はそれぞれ目的を持って生きてるわね。成功するとか結婚するとか、それが叶わなくても一般的な暮らしがしたいとか、願いがある。そのために生きることが人生……?」


「少なくとも、人生という言葉は幸福も不幸も関与せず、人間として生きたら人生だろう? 何かを願い、そのために頑張ったなら、その時点でその人は人間として生きたのだと、私は思うがね」


「なるほど」


 晴子の発言を、椛は一言相槌を打つ。そしてもう少し考え込んでから、自分なりに意見をまとめて告げた。


「ようは、人間にしか出来ないことをして生きればいいのね」


「そうなるね。我々は小さい時から青信号で横断歩道を渡るという作業をしている。動物が青信号で止まるだろうか」


「回りくどいわね。社会に生きてるイコール、私達は小さい頃から人間として生きてる、ってことね」


「そう言いたいところなのだがね……」


 晴子は言葉を渋り、再び席に着いた。自分のスクールバッグから銀色の水筒を取り出し、お茶をコップに出しながら話す。


「社会を形成するのは人間だけではない。猿は上下社会を形成するし、野生動物は群れをなして生息する。社会を構成するだけでは動物と同じさ。発展しなくてはね」


「社会が発展すること自体には、人々が暮らしやすくなるという目的がある。現代の人間の命題なのね」


「……暮らしやすくなった結果が堕落なのだ。働くことを知らなくなった国は滅びる。そうならないために、人間を勤勉にする指導者、教育者が必要なのだ。人々はそれぞれ役割を持って社会をよくし、目的のたまに従事するのだ」


「そんな生き方、蟻と変わらないわね」


 晴子の言葉を、椛は一蹴した。

 蟻は、働き蟻は働き蟻として生き、嬢王蟻は嬢王蟻として生きる。その役割にただ従事し、一生を終える。社会を存続するために、歯車は歯車としてあるように、自分の役割をこなす。晴子の語った言葉はまさにそれであった。しかし、それもまた――


「人間だって動物なのだから、他の生き物と類似していたところでなんらおかしくはないのだ」


 晴子はその言葉を口にし、水筒を仕舞った。喉の潤った彼女は、再び饒舌に語る。


「昨今でこそ普通以上の特別を、個々人が求めるようになった。今でも"普通"ぐらいの人生を歩みたいと思う若者が多く存在する。普通に勉強して高校、大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、定年まで働いて、老後はゆっくりして死ぬ。そんな決まり切った運命みたいな戯言を信じて、そのレールに沿って生きていきたいと願うのだよ。ならば我々のいう人生というのは、大それた特別なものじゃないのだよ」


「……それもそうね。きっと、人間が人間を特別扱いしたくて、人生なんて言葉を作ったのでしょう」


「どうだかね。今でこそ我々は将来を自由に決めることができるけど、一昔前はそうはいかなかった。武士は武士、百姓は百姓としてその生涯を終える。自分の役職が生まれながらに決まり、選択の余地も、自由もなかった。人間は、そんなに特別だったわけではない」


「では、何故?」


 人生という言葉が生まれた意味、それを椛は聞き返した。晴子は微笑み、当然のように、言下(げんか)に言った。


「人が記録を残し、記憶を持つからだろう。我々は偉人の伝記を読んでその生涯を辿ることができる。人が死んでも、その人が居たことを憶えていることはできる。我々はそうした記憶の保持により、他人の生死を悲しみ、嬉しみ、味わうことができる。だから人の死を、生き様を生家を、その伝記という物語を見習っていきたいのかもしれないね。先達の人生を知り、私達の糧とする。私もそうして生きてきたよ」


  長ったらしいその言葉を聞いて椛は少し口を噤んで言葉を噛み砕き、理解するに至ると、こう問いかけた。


「それは先達である必要はないのでしょう? 確かに、先人たちの偉大な人生を参考にするのは構わない。でも、偉大な友人達がいれば、伝記を読むより便利じゃない。思い悩んだ時、即時にQ&Aできるわ」

「ああ、そうとも。参考書はあくまで参考書。友人の意見も参考にできるというなら、信じられるものを選択すればやいのだ」

「そうやって人同士の交流をするのも、人生の醍醐味なのね」

「人の間を生きると書いて人生とも言うしね。誰かが書いた本を読むこと、音楽を聴くこと、そこから何かを得られたなら、それはもう人との交流さ。こうやってキミと話しているのも、浮華かもしれないが、人生の一部なのだよ」

「…………」


 椛は悶々とした顔で、少し膨れながら晴子に言う。


「……それは"目的"のある行動じゃないわ。さっきの言うことと矛盾する。でも、悩みって目的がなければある程度は発生しない……二律背反よ。卑怯だわ」


「そこまで徹底的に証明したいのは理系脳、流石は科学の天才だねぇ……。浮華と言ったのは、この会話が目的をなさないからだよ。私達女学生がいくらこんな議論をしたとて、何にも取り入れられないのだから、きっと目的もないだろう」


「……間接時間、ね」


「人生は目的だけで生きるのではないからね。余計な時間を使うのも構わないだろう?」


 それはつまり、目的を持って生きると言う言葉の否定であり、椛はまた首を傾げる。だがしかし、そこでまたわかることもあった。

 朝起きるのも人生。

 学校に行くのも人生。

 ご飯を食べて、遊んで、勉強するのも人生。

 否、それが"生"だとわかると、その中から人間的なもの――"目的"についての部分こそが人生という言葉に近く、晴子が先に語ったのだと推察した。


 答えをぼかしつつも、考え出させるヒントを与えていた晴子に"これまでの会話を想定されていた"ことに、驚愕せざるを得ない。


「……貴女、会話の次元が違うわね」

「何を言うかい。会話とは、その場の思いつきと自分の知識で形成されるものだろう? 私は大したことはしてないさ」

「どうかしらね。理想郷組は私たちの教育が使命らしいけど、貴女も私達の教育を頼まれてるんじゃないかって、疑っちゃうわ」

「別にそんなものはないけれど、生徒会長だからね。キミらを良い方向に導きたいだけさ」


 なんら飾り気のない、当たり障りのない回答に、その謙虚さにため息すらつき、椛はその清廉さに染め上げられないよう、生徒会室から去るのだった。

要約すると、人生は生きてる時間全ての中で、人として、目的を持ったり交流したりしてる時間の事ということ。

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