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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第100話:罠

 4月25日、この日は学校で受けさせられた全公立高校での学力調査テストの結果が返ってきた。去年もやったが、ミスがない以上結果は変わらない。僕も晴子さんも全教科満点で、同立首位だった。


「……最近少し疎かだったし、この結果も仕方ないわね」


 目の前にいる椛はピラピラと結果の紙を揺らしている。彼女は1問だけ数学の問題を間違えてしまったのだ。この結果は学年順位も出るのだが、1問間違えただけで5位まで落ちた。僕、晴子さん、競華、アリス……この4人が全教科満点だったから。


「幸矢くん、全国1位おめでとう。喜んでいいのよ?」

「普通の高1の範囲なんて出来たところで嬉しくないよ……。もう高校の勉強は一通りできるはずだし、ウッカリミスしなきゃ、出来て当然……」

「あらあら、謙遜ばっかり。喜べる時に喜ばないと損よ?」

「……喜ぶ、か。そのためには達成感が無いと……」

「やり甲斐ねぇ? 貴方はこの紙切れ一枚で、他人より優れてる確固たる証明がなされている。喜んでいいことじゃないかしら?」

「それ、ただ人を見下してるだけだろう?」

「あら、わかった?」


 クスクスと笑って済ます彼女に、僕はやれやれと言わんばかりに悪態ついて椅子にもたれかかった。

 昼休みはこうして椛と顔を合わせるものの、理想郷組についての情報は一切回ってくることもなく、平和な会話が続いている。誰もアクションを起こさないし、仕方ないと言えばそうだが……。


「……憂うぐらいなら、動きなさいな。貴方なら何か得られるでしょう?」

「もう動いてる……」

「そう」


 そんな短い会話の後に何も言葉はなかった。

 彼女は、何も聞いてこなかった。ならば僕も何も言わないし、この日常を続けよう。

 学校生活だけなら、適当に過ごすだけで有象無象に紛れられる。しかし、それ以外の場は――特に放課後の学生は、戦士やピエロ、商人になる。ゲームで戦ったりチームを組んだり、仲間うちで集まって遊ぶパリピと呼ばれる集団になったり、体を売ったり……。

 そんな役職の中で、僕や晴子さんは策士や工作員という役者が似合う。常日頃、他人の顔色を伺いながら生きているし、人の行動の裏の裏をかくから――。


 さて、彼はどうだろう。

 おそらくは僕と同じ策士なんだろうけど、行動の仕方が違う。お互い違う脳みそを持ってるから当然だけど――


「策士同士で争う場合、普通に考えれば策士自身は戦えない。だけど、戦える策士が居たら……」

「……天野川晴明は、強いわよ?」

「5分ぐらいは耐えて欲しいな……」

「あらあら、調子に乗るのね」

「どうだか……」


 年下の才人は相手にしたことがないけど、今鐘を見るに、大したことなさそうだった。

 正直、あの程度では相手にならない。だが、僕としてはその方が都合がいい。体を動かすのもいいけど、情報を吐かせるだけなら早く捕まえればいいだけ……。


「それにしても、君は今の言葉で天野川と戦うってわかるんだね……」

「あら、そういう阿吽の呼吸ができるから、私達は友達なんじゃなくて?」

「……うん」


 それもそうだけど、さっきの言葉、椛は天野川の実力を知ってるのか。どこで知り合ったかは知らないけど、今日まで情報提供しない以上、僕に弱点を教えてくれなさそうだ。

 別に構わない、フェアに戦おう。

 本来ならば先輩としてハンデをあげるべきだが、命に関わる可能性がある戦いだ。少しぐらい許してもらおうか――。




 ◇




 世界は回るというけれど、それは地球自体が自転と公転を繰り返し、太陽の周りをぐるぐると回ってることからきた比喩表現だと思っている。

 回ってるだけなら、何も不都合なく、日常が続くはずなんだ。しかし、この世界では不都合や理不尽がいくらかあって、僕、天野川晴明は様々な試練に頭を悩まされていた。


 ペテン師からは"5月の生徒会総選挙で生徒会長になること"などと無理難題を命じられ、今日は素敵な招待状を下駄箱に入れられて居た。


 〈少しお話がしたいので、午後6時にこの地図にある廃墟に来てください。ペテン師〉


 何故わざわざ廃墟まで移動を――なんて思ったけど、正体がバレるのを嫌ったのだろう。予測はいくらでもできる。

 しかし、messengerを交換してあるはずなのに、紙で指示を出す理由はなんだろうか? 履歴が残ると不都合があるのだろうか?


「……なんでもいいけど」


 やってきた2階建のボロアパートに向かって呟くも、返ってくる声はない。傍目から見ても10個以上扉があって、どの中に入ればいいのか迷う。そういうときは大抵、ポストを見ればヒントがあるけど――


「ビンゴ」


 ポストの中に役所から届くはずの水色封筒があるのを目にし、廃墟なのに届くはずがないから開けて見たら、中の紙には小さく〈この部屋〉と書かれていた。

 謎解き要素まで入れてくるなんて、面倒な奴だ。いや、人を試すってことはこういうことなのだろう。とんでもない女だと思い知らされながら、僕はそのポストの部屋――203号室の前に立ち、ドアノブを捻った。


 キィ――寂れた扉から軋んだ音が響く。ゆっくりと中に入り、靴は脱がずにそのまま上がった。有事の際、すぐ逃げられるためだ。足跡対策にレインブーツ用のカバーは付けてあるし、抜かりはない。


 台所と洋室が1つ、1Kの室内とバルコニー。あちこちにシミやカビがあり、虫も湧いている。舗装もされず、人が退去か亡くなったかしてそのまま放置されたんだろう。困ったものだ――なんて思っていると、1人の人間の姿が目に入る。


「ペテン師……?」


 その人物だろうと思い声をかけるも、その正体は違った。


「……悠佳?」


 小汚いベッドの上に悠佳が眠っていた。ペテン師が昏倒させて連れてきたのだろうか? なんの意図があるのだろう?


「すぅ……すぅ……」

「…………」


 普段騒がしい悠佳だが、静かにしていれば可愛いもので、僕はその顔を見ると何故か安堵してしまう。1人でこんな所にきて緊張していたけれど、段々と落ち着いてきた。

 しかし、気は抜けない。肝心のペテン師が未だ姿を現さないからだ。


「何が狙いだ、ペテン師……」


 ポツリと呟いたその刹那、ギシリと微かな音がした。玄関の方だった。すかさず振り向くも、扉は閉ざされたままで、誰も入ってきた形跡はない。なのに、ギシリとまた音がする。


 僕は制服の内側胸ポケットから注射器を取り出し、キャップを外す。スタンガンでもいいが、こんな人の来ない場所なら多少流血させても問題ない。後でいくらでも処理できる。中身は即効性のインスリンだ、刺せれば間違いなく殺せる。


「……出てきなよ。ゆっくりするより、手っ取り早い方がいいだろう?」


 軽く挑発してみるが、その誰かは答えず、足音もしなかった。長引かせるのも作戦か、それとも何か狙いがあるのか。

 ならばそれを打ち砕くために僕が動こう――そう思った刹那、ギシギシギシと軋みが増した。


 眠る少女と廃墟に2人、恐怖が僕の心を埋め尽くす。そして――


 ダンッ!


 床を踏みしめる音と共に、ソイツは現れた。


 耳の隠れた、セミロングにも思える黒髪、ブレザーをしっかり着て、シュッとした体系が服ごとでも伝わる。細いスラックス、黒い靴下で床を踏みしめたその"男"――


「お前は――!」

「遅いし、思考が鈍い……格下だったか、天野川」


 両手にスタンガンを持った黒瀬幸矢が僕に迫る。こっちはインスリンを持ってるのに、その動きに躊躇はなかった。


「クッ――!」


 注射器を構え、さらにポケットに手を伸ばすが、僕の腕が止まった。何者かが、僕の両脇に腕を通し、首の後ろを掴んだのだ。誰か? 背後に立てるのなんて、1人しかいない。


「謀ったな、悠佳……」

「煩い、裏切り者」


 そうして僕はなすすべなく地に伏す。

 黒瀬幸矢が悠々と歩きながら両手の獲物をしまい、代わりに注射器を手に取った。

 そして、僕の背中に突き刺す。


「グゥッ……!」


 悲鳴をなんとか嚙み殺した。脊髄に向けての注射か?素人が、そんなことを……!?


 針が抜かれると、傷口に重い掌がのしかかった。悠佳では到底出せない力、この男細いくせに、どんな体をしているんだ!?


「圧迫止血だよ……。安心して、死にはしない。ただ、痺れるだけさ……」


 その言葉から、注射されたものが何かを察知した。

 テトラカイン――副作用や毒性の多い局所用麻酔だ。そんなものを高校生が持っていていいはずもなく、さらに言えば、注射するなんてありえない。本当に殺す気か!?


「……腕は多少動くかもしれないけど、まともに動けないだろう。さて、今鐘。服を脱がすよ」

「はい、黒瀬先輩」

「…………」


 僕はこれから身ぐるみ剥がされるらしい。やられた、僕は完全に、騙されたんだ――。

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