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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第99話:変わる

 それからは変わりのない日常が続いた。

 僕は美代と登校するようになったけど、それ以外に変化はない。生活も落ち着きを取り戻し、今では晴子さんが隣に居ても当たり前になっていた。中学まではそれが普通だったし、今更何か思うこともない。


 そうして4月も半ばになって、昼休み中に椛が急にこんなことを言い出した。


「変わったわね、幸矢くん」

「……?」


 一体全体、何を思って変わったなどと言ったのだろう。僕が首を傾げていると、椛はニコニコ笑いながら要因を挙げていく。


「普段以上に喋らなくなったわ。そして、いつも上の空……何か企んでるわね?」

「……わかるんだね、そういうの」

「あら、あなたの目の前にいるのは誰だと思ってるのかしら?」

「……そうだね」


 僕は否定しなかった。何か企んでるっていうのは事実だし、今後動くのも現実になるだろう。椛には看破されるとわかっていたけれど、それはそれでいい。僕が何か考えている、それだで牽制になるだろう。


「何をしようとしてるのかしら? また学校でいがみ合い?」

「……さぁね。ただ、誰も動かないのなら僕から仕掛ける。面倒ごとは好きじゃないんだ……排除したって良いだろう?」

「怖いわね。幸矢くんがどう動くのか予想できないわ」

「予想しなくて結構だよ……。まぁ、君は友達なんだから、のんびり構えてなよ……」


 そう言って彼女の頭を撫でる。椛は乙女らしく俯いて縮こまってしまった。

 愛は人を従順にさせる。僕もそうだし、目の前の彼女だって同じこと。ただ、その従順さを利用できるかといえば、難しい。

 利用して失敗したら、簡単に憎しみに変わるから。


「……少し、1人で動くよ」

「一緒じゃなくていいのかしら?」

「1人で十分さ……。当たる相手は限られるからね……」


 まず狙うべき相手はハッキリとしている。

 幼馴染みの今鐘を裏切ったという天野川清明。入学してから突然裏切ったというのなら、この学校で何かしらのエンカウントがあったはず。だからまず、彼を――。


「……男相手の方が、気が楽だな」

「あら? どういう意味かしら?」

「……遠慮しなくていいってこと」


 話すにしても、戦うにしても。

 皆まで言わずとも、椛には伝わったはず。

 それからの昼休みは、緩やかに過ぎていった。




 ◇




「いよいよ幸矢までおかしくなったな」


 競華は珍しく放課後に快晴を呼び出し、屋上で2人でフェンスによりかかっていた。競華の悲しげな言葉を聞いて、快晴は目を丸くする。幸矢がおかしくなったなどと、微塵も思っていなかったから。


「……競華よぉ、幸矢が変わったって、本気で思ってんの?」

「どうした? 最近会ってないからわからなくなったのか? 少し目が細くなり会話は成り立っても話は頭に入ってなさそうだった。なにより、人を見る目が変わっている。ゴミを見るような眼だ。わからないか?」

「わかるよ、なんとなくだけどな」


 そう、それぐらいの変化なら快晴にもわかっていた。しかし、幸矢がより冷たくなって、人を本気でゴミのように見るのなら、真っ先に動く人間がいることを知っている。

 それに、他人には絶対にわからない信頼というものがあって、快晴は鼻で笑った。


幸矢(アイツ)は、家族を失ったって、根暗になっただけで優しさはまるで変わっちゃいねぇ。このぐらいの事で、他人をどうでもいいと思うようなタマじゃねーよ」

「……。確かにな。人が変わる要因は大別すると2つ。1つは時間、もう1つは雷撃のようなショックだ。受験に落ちただの、親が離婚だの、フラれただの、そんな事さ。今の幸矢は、まだその段階にはないからな。変わるはずもないか」

「そーいうこった。ま、もしも幸矢が本気で他人を卑下するようになったら、そん時は――」


 誰も止められねぇだろうな――。


 その言葉を、競華は否定するでもなく、頷くでもなく、地平の彼方を眺めた。

 彼女にしては、幸矢を止められないと言われたことでさえ屈辱に値する。しかし、それをこの場で否定できないのは、黒瀬幸矢という人物の実力が未知数だからであった。椛をいなしつつ、彼が本当に危うかった場面など、"相手のためを思ったが故"にしか起きない。


 敵であろうと、庇って負った傷は彼の優しさによるもので、実力のせいではない。ならば、本来の実力とは――?


(……晴子と幸矢は、底が知れない。弱点があるとすればお互いだが、お互いを倒すことができない)


 殺そうとすれば、スナイパーライフルを輸入して撃ち殺せばいい。でも、そんな不正はなしに、正々堂々と戦おうとした場合、勝つことができないということ……。

 彼らが戦う相手には未だそういう下劣な策を弄す人間がいなかった。だから弱点は突かれないだろう。


 無敵と呼べるだろう2人、その片割れの幸矢がどう動くのか。


「……嫌になるな。少しぐらい暇が欲しい」

「お? いつも通り、裏工作すんのか?」

「サポートしてるつもりだぞ。色々とな」

「なら、もっと堂々としてくれよ。そうじゃないと、色々怪しまれるぜ?」

「もう遅い。それに、怪しまれるようなことをしてるからな」

「それ言っちゃう?」

「どうせ知られてることだ、構わぬ」


 競華は疑われようが構わぬと言った体で、快晴はそれもそうかと思って何も聞かなかった。


「幸矢が変わったように見えたが、気のせいならば用はない。帰るぞ、快晴」

「……おいおい、呼び出しておいて本当にそれだけかよ。10分も経ってねーぜ?」

「わかったわかった」


 そう言うと、競華はおもむろに財布を取り出して5000円札を快晴の胸ポッケにねじ込んだ。


「ほら、今日の礼だ」

「いやチゲーだろ! もっとなんか言うことねぇの、つってんの! もう4年の中じゃねぇか」

「ああ、話すことなんて別にない。金ならやるから、また呼び出す時はよろしく頼むぞ」

「おいおい、仕事かよ……」

「人を動かすということは金がいるからな。友達という言葉に私は惑わされんぞ」


 そう告げて1人去って行く競華を、快晴はただ無言で見送った。彼女の姿が見えなくなって、ため息とともに言葉を吐き出す。


「惑わされまくりだろーがよ……バカだな、マジで」


 天才に向けて使う言葉としては不適切だが、人間性を突く意味では的を射ていた。




 ◇




 ――死骸を眺めていた。

 この世界には人が敷き詰められているのだから、街中のある住居の中に死体が転がっていたって不思議じゃない。しかし、そんな都合の悪い現実が無いと信じているのが人間でした。

 こんな街中のマンションの1室で事件が起きてたって、気付かない。


「……辛いものですね」


 マスク越しに、後輩の声が聞こえる。何かと顔を隠したがる彼女は何故か、この場に似つかわしく無いひょっとこのお面を付けていた。

 その仮面の先に広がるであろう光景は、凄惨なもの。小学生ぐらいの子供が2人、胸や首を斬られ、父親らしき男は滅多刺しで赤黒くなっている。そして、母親らしき人間は窓の格子からロープを引っ掛け、首を吊って死んでいた。その両手は赤く染まっており、体には打撲の痕がいくつか見られる。

 はたから見ればただの一家心中。しかし、私達はそう思いませんでした。


「――アリスさん。何故天野川晴明はこんな事を……?」


 賢い後輩ちゃんが私に尋ねてきました。私は何も言わず、最後に死んだであろう母親の手を、ビニール手袋越しに掴み、その傷跡を見ながら答えました。


「……この家庭は、幸せなものじゃなかったのですわ。金銭的にも、精神的にも……。ですから、不幸を終わらせて、楽にしたんです」

「……苦痛や困窮から、学べなかったんですか」

「大半の人間はそういうものですわ。哲学的なことなんて考えませんよ。一昔前の時代だって、この国で精神を鍛えるのは坊さんと侍だけでした。自分の不幸を他人と比べるだけの人間なんて、いくらでもいます……。そして、大した知恵を学べない……」

「……だから、死んだんですか?」

「ええ。晴明さんが風前の灯を消す後押しをしたんでしょうね。お人好しな性格ですが、今鐘悠佳さんと共に育ったがために、残虐さを普通と思い込んでるのでしょう」

「…………。ふー……」


 ひょっとこのお面から、ゆっくりと息が吐き出される。彼女は自分の家庭も家庭だからか、こういう、ほんの少し家庭の相談に乗って心中に至らしめる殺し方は、快く思わないようだった。

 ――とはいえ私も、今掴んでいるこの手首に入るいくつもの縦線の傷を見ると、心穏やかなままではいられませんわね。


「とは言っても、貴女は彼と手を組んだのでしょう? 普通にしてれば、ただの良い人ですからね、彼」

「……確かに、私は彼に助力を求めました。だけとこんな事を平気でできるような人間に……!」

「残虐性は誰もが持つものですわ。貴女ならわかるはずでしょう?」

「それを表に出さないからっ、人は人で居られるんでしょう!?」


 唐突に叫ぶ彼女を見て、私は自分の口元に人差し指を立てた。その意図を仮面の少女は瞬時に察し、沈黙する。


「……ここで通報などされれば、我々が犯人扱いされる可能性もある。感情的にならないでくださいまし」

「……すみません」

「いえいえ。では、先にここを出ましょうか。その方が言いたいことも言えるでしょう」

「…………」


 仮面の少女は無言で頷き、私はにこりと微笑んで婦女の手を置いてから立ち上がる。外から足音がしない事を確認して玄関の扉を開き、外に出てから私はマスクと手袋を外し、マンションの階段を降りて行く。

 後ろから続く後輩はお面を外しただろうか、なんて考えるよりも先に、私は慰めの言葉を呟いた。


「大丈夫ですわ、ペテン師。貴女が蒔いた種がもう刈られようとしている。フフフ、人ってどうしてこう……」

「……私が、何かしましたか?」

「今鐘ちゃんと切り離しただけで、十分に……。フフッ、この後どうなるかしらね……」

「…………」


 ペテン師ちゃんは何も言わず、私の後を付いてきた。でも、暫くしたら挨拶もなく別れる。私達が一緒に居るところを見られるのは良くない。

 ……さて、彼女のペテンはどこまで通じるのかしら。


「優しい優しい、嘘つきさん――」


 クスリと笑いを残し、私は都会の雑踏の中へと姿を消した。さて、そろそろ私も、何かしないと――ね?

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