第98話:葛藤
長らく放置し、大変失礼しました。
現在川島晴斗はモデリングの勉強をしており、そちらに時間を取っております。
御容赦ください。
話した結果、"僕から椛の所へ行くのがいい"と言った。椛が4組に来て晴子さんとギクシャクするよりも、僕と椛が2人で話してた方が色々と便利なのだろう。
僕としても気持ち的には楽だし、椛の所で話していた。
朝はそうして終わる。だが、僕は授業中、ある問題に気付いた。
昼休みはどうする――?
今日はアリスの所に話を聞きに行くが、普段は自席でお弁当を食べるのだろうか。
僕は、出来るだけ自分の席を離れたくない。なんせ、嫌われ者だからイタズラされかねない。隣の席が晴子さんだからって、晴子さんがいつも隣に座ってるとも限らない……。
椛を呼んでも面倒なのは必死、僕が動くのがいいんだろうけど……それはそれで、落ち着かないんだ。
幼馴染みが隣の席で嬉しいはずなのに、どうにも落ち着かない心を、僕は授業中にノートの端に書いた。
〈昼休みが憂鬱〉
わけがわからないぐらい視野の広い晴子さんはすぐに反応し、自分のノートの僕に近い箇所にシャーペンを走らせる。
〈どうして?〉
〈自分の席に何かされないか心配〉
〈私が見ておくよ〉
「…………」
「…………」
僕が何も書かずに顔を上げると、晴子さんと目が合った。信頼している幼馴染みの顔だ。それにしたって、僕の動きはこれでいいのかわからない。
晴子さんは、僕が好きだ。最近はその感情が表に出て来ている。それに、僕も彼女と一緒に居たい気持ちはある。
それなのに、椛と2人で会って昼食を取るのは、お互いの精神衛生上よくないんだ。なのに晴子さんが勧めるのは、僕を好きだと周りにバレたくないからだろう。バレたら、晴子さんの人徳が削がれるから。
でも、それで僕と椛が仲良くなるのは……。
〈君も苦心するね〉
〈どうだかね。私は苦労してないつもりだよ〉
〈君との時間も取れるようにするから〉
「〜〜〜〜っ」
隣から微かに呻き声のようなものが聞こえてくる。晴子さんは俯いてしまい、文章のやりとりもここまでみたいだ。
……席が隣だと、こういうこともあって困る。僕はため息を吐きながら、授業を聞き流して教科書の暗記作業に戻るのだった。
◇
最近は来ることが多い学校の屋上。此処は絶対に人が来ないから、何かと便利だった。
「――2人で話がしたい、なんて……愛の告白でもされるのかしら?」
クスクスと笑うアリスが目の前に立っている。しかし、その目は笑っていない。言論では勝てる気がしないけど、出来るだけ頑張ってみよう。
「……アリス。君達の組織に、"ペテン師"ってアダ名の奴が居るんだろう?」
「あら、ご存知ですか。その通りですわ」
「……君のことか?」
「…………」
アリスは返事を返さず、ニンマリと笑う。下卑た笑みに、吐き気すら覚えた。
「――ダメじゃないですか、幸矢様、ペテン師を探すなら、正々堂々と正面から"お前はペテン師か?"なんて聞くマネは愚かでしかありません」
「名前からして、嘘吐きなのはわかってるよ。でも、それ以外にペテン師を炙り出す方法が、今の僕達にはない……」
「フフフ、私を捕まえて拷問、という選択肢がないだけ、貴方の人間性の良さがわかりますわね。私ならすぐ拷問にかけてしまいますが、貴方は矢張り、高貴なのですね」
「……話を逸らすのも結構だけど、そんなお膳立てじゃ、僕は微塵も喜べない」
「あら、これは失敬。御見逸れ致しましたわ」
クスクスと笑うアリスに、僕は不信感を抱く。この女は、真面目に話す気はなさそうだ。
「ともあれ、競華ちゃんに聞くよりも、私に聞くのは正解ですわね。あの人なら"自分で探せ"とだけ言って終わりますでしょう?」
「それがわかってるから、君に当たってるんだろう?」
「おやおや、褒めても叩いても何も出ませんわね、幸矢様は」
打ち出の小槌じゃあるまいし――なんて、げんなりとしながら思っていると、アリスは顎に人差し指を当ててこう言った。
「うーん、しかし……ヒントぐらいなら差し上げてもよろしいですわね」
「……ヒント?」
「ええ。ペテン師の正体に関するヒントです」
「…………」
「そんな胡散臭そうにしないでくださいまし。ほら、ヒント、言いますわよ」
なんだか知らないけど、ヒントをくれるということなので来た甲斐があった。クスクスと笑うアリスが、それを口にする。
「ペテン師はこの学校の生徒ですわ」
「…………」
しかし、ヒントは予想以上に残念なものだった。この学校の生徒と言われても、全校生徒700人近くは居る学校だし、700人の中からペテン師を探せというのは無理がある。
「……もう一声」
「えぇ? じゃあ……3年生じゃありませんわ」
「……もう一押し」
「1から6組のどこか」
「それ、全クラスだろう……?」
「まぁ、本当ですわ!」
アリスは自分の発言を笑ってごまかす。真面目に話を聞こうとした方がバカだった。もう聞くことはないと、僕は踵を返す。後者に入ろうというところで後ろから鋭い一声が聞こえた。
「――意外と近くに居ますわよ。ペテン師は、嘘をつくんですもの――」
「…………」
僕は何も言わず、屋上を立ち去った。
◇
放課後、僕は買い出しだけして帰宅した。まだ空が青く、こんな時間に帰宅することは珍しいかもしれない。
家には美代もおらず、僕は自室でのんびり過ごしていた。自分の時間ができて、溜息を吐きながらパラパラと数学の教科書を捲っている。その内容はただ見るだけで、頭では別のことを考えていた。
今、僕等の舞台は晴子さんと理想郷側のシナリオが交錯して成り立っている。晴子さんは、学校でのこれから2年生としての行動をするし、僕も彼女の言うことに従って動く。
理想郷側は、僕等の情緒を揺さぶるし、時に諍いを引き起こす等の妨害をする。勿論、今鐘程度の倒せる相手をぶつけて――。
こんな面倒な関係に雁字搦めにされるより、いっそ自分で好きに動いた方がいいんじゃないか――そう思ったりもする。椛も美代も突き放して、晴子さんだけの従者になる。もともとそういう生き方をする筈だったんだ、邪魔者を排除したっていいだろう。
僕ならできる、それだけの力がある。何人か不幸になってでも晴子さんのためになるなら、それでいい。
でも、僕まで今動き出したらいよいよ収集がつかなくなる。まだ、もう少しだけ時間を置こう。
大体の話――
女の子が暴れ過ぎなんだよ……。
男だって、そろそろ暴れてもいいだろう――?
人には人の暴れ方がある。
競華は真剣な真っ向勝負。
椛はターゲットを絞り、狩ろうとした。
美代は言葉で僕らを翻弄する。
僕のやり方は――。
数学の教科書を閉じ、僕は白紙の紙一枚とペンを手に取った。
今ある情報を頼りに、自分の都合のいい未来を想像しよう。そこが、全ての始まりだ――。