第96話:圧倒
久しぶりの更新、失礼します。
不甲斐ないことにVtuberの沼にハマってしまいました。
ファンアートをたくさん描いてたので、そちらに時間を使ってしまい……。
本作には大して関係ありませんが、ネット小説大賞も始まったし、そろそろ沼から這い上がりたいと思いますのでよろしくお願いします。
午後8時45分。
晴子さんからmessenjerを貰い、この時間に井之川公園にやって来た。一応帽子を被ったり伊達眼鏡を掛けて変装しているが、見る人が見ればすぐバレるだろう。
僕の隣には、晴子さんに呼ばれた椛も居る。彼女も髪を2つ結びにして、前髪もいつもの左に流れているのを中わけにし、多少変装しているらしい。
服装はお互い私服、他人からどう映るかはわからないけど、快晴に見られたら爆笑されるかもしれない。
しかし、夜にもなればこの公園も人通りがなくなって、沈黙ばかりがだだっ広い公園に重なる。
園内の遊具は少なく、子供たちがボール遊びができる広場を、僕と椛は木陰から見守っていた。
視線の先には、ここからもう1つ向こうにある広場のベンチに腰掛ける晴子さんがいる。彼女はこれから戦うとは思えない落ち着きぶりで分厚い本を読んでいた。
「……来ないわね、相手」
隣で呟く椛に同意し、僕は頷く。もう15分前だ、前もって罠を仕掛けるにしても15分ではどうにもならない。相手は一体、何を考えているんだ……?
「イタズラだったのかしらね?」
「……晴子さん相手に、こんなイタズラをする奴が居ると?」
「居るには居るんじゃない? 新入生は変なの多いんでしょう?」
「…………」
確かに、新入生には妙な奴が居る。
雷管だけ放置した件、アレは本当に意味がわからない。塩酸Naが塗ってあって、触れた摩擦で起爆――というならまだわかるけど、そんな罠も無かった。
化学に詳しい奴が居るとわかっているけれど、目的も何もかもがわからない。
「……誰か来たわよ」
椛の声に、僕は顔を上げる。晴子さんしか居ない広場に、ウチの制服を着た女性とが1人、リュックを背負って現れた。
「Good evening, Princess. 貴女に果たし状を渡した女です」
「新入生の今鐘悠佳くんだね? もう名前は覚えたよ」
声だけで相手の正体を見破ってから本を閉じる晴子さんに、今鐘と呼ばれた少女は目を見開く。
別に、彼女の情報が漏れてるわけではない。晴子さんが全校生徒の名前を覚えてるだけだ。例え入学2日目でも、必死で覚える。それだけの事だった。
「犬養毅は死ぬ間際、"話せばわかる"と言った事で有名だね。実際、私も言いたかったよ。話せば諍いなんて起こさなくていい、とね」
晴子さんは立ち上がり、自身のスクールバックから武器を手にした。
折りたたみ傘と、鉄アレイだった。
鉄アレイは、筋力の高い晴子さんが持つととんでもない武器になる。何故なら、全力で投擲できるからだ。
全力なら時速100[km/h]はあるだろう、そんな鉄アレイを投げられれば最低でも骨折、当たりどころによっては死ぬ。
「……水鉄砲使うって、バレてるんだ」
今鐘の呟きが、静かな夜のおかげでここまで聞こえた。水鉄砲を使う――だから晴子さんは折りたたみ傘を持ったらしい。
今鐘の呟きに、晴子さんはニコリと笑って返した。
「ああ、優秀な友がいるのでね。情報を聞き出させてもらったよ」
「……競華先輩か」
「その通りさ。戦いというのは、戦う前から始まっている。それは情報戦だろう? キミは、私の情報をどこまで知ってるのかな?」
「…………」
今鐘は無言でリュックから大きい水鉄砲を取り出す。どうやら、晴子さんの情報は持ってないらしかった。それで、しかも晴子さんと戦おうなんて、僕は笑いそうになった。
今見る限り、晴子さんに負ける要素がない。単純に考えて、水鉄砲を傘で避けて鉄アレイを投げれば倒せる。しかし、骨折させるなんて真似はしないだろう。どうやって使うのか見ものだ。
「はぁ……。まぁ、挑戦するのは自由だ。やってみるがいいよ」
晴子さんが投げやりにそう言うと、今鐘の目は細くなる。彼女は水鉄砲を両手で構え直し、右方向に走り出す。
円を描くように走る今鐘をよそに、晴子さんは悠々と折りたたみ傘を開く。市販で売ってる、1000円前後の傘だ。あの水鉄砲の中身が酸だとしても、傘で受ければすぐには溶けない。あらかた跳ね返すし、4〜5秒は持つだろう。
「…………」
そこで、僕は1つ気付く。
晴子さんは両手に、透明なビニール手袋をはめていた。僅かにカサカサ音がして気付いたけれど、それはつまり、手に酸が当たる可能性を危惧してるからだ。
何をする気なんだろう、あの人は……。
「ハァッ!!」
今鐘が走ったまま水鉄砲を発射する。走りながらだと命中率が落ちるため、横薙ぎに払った。晴子さんは傘を前に倒し、謎の液体を防ぐ。だが視界が狭まり、状況が不利になった――なんてことはない。
相手はまだ走っている、ならば居場所もおおよそのめどはつく。だから、鉄アレイをブン投げた。
空気を割く音がここまで響く。高速で飛来する鉄アレイに今鐘は足を止めるも、止まった所でキャッチできる代物ではなかった。
しかし、それすらも晴子さんは読んでいたから――
ズンッ!!!
聞いたこともない音が聞こえた。鉄アレイは今鐘の足元に落ち、僅かにバウンドして漸くその動きを止める。
今鐘は冷や汗を零して鉄アレイを見ていたが、それが勝敗の決め手となる。
晴子さんは、鉄アレイを投げた時の回転を利用し、そのまま一回転して手のひらに収まる小さな何かを全力投球した。
足を止めた今鐘に防ぐ術なんてなくて、
「キャッ!!?」
水鉄砲にクリーンヒットしたソレは、プラスチックか何かでできたオモチャの銃を破壊し、そのまま吹っ飛ばした。咄嗟の判断か、今鐘は水鉄砲を手から離していたらしい。手を離さなければ、指が持っていかれてたかもしれない。
その判断力も恐れ入るが、晴子さんのコントロールも驚異的だった。本気で狙ったならタンク部を破壊して今鐘を謎の液体でびしょ濡れにすることをできただろうに、そうしなかった。しかも、
《ピピピピッ!!!! ピピピピッ!!!》
「!!?」
背後から聴こえた機械音に、今鐘は振り返ってしまう。晴子さんが投げたのは、キッチンタイマーだったらしい。プラスチックを粉砕するキッチンタイマーなんてどこに売ってるんだと思うけど、きっと100均なんだろう。
この一瞬だけで、パニックになるほどの情報量が今鐘の頭を支配しただろう。予想外なことの連続、もはや脳は正常に機能しない。
だが、その必要はなかった。もう決着がつく。
「よそ見とは感心しないね」
「ッ――!」
キッチンタイマーを投げた瞬間から走り出していた晴子さんは今鐘の懐に入り、彼女の腕にスタンガンを押し付けた。
容赦のない攻撃の連続により、金切り声を上げた後に小さな少女の体が前のめりに倒れる。その体を晴子さんが支え、僕等の方へと振り返った。
「幸矢くん、椛くん。彼女を運ぶのを手伝ってくれ給え」
「……手伝いなんて必要なさそうだけど」
一方的な戦いも終わり、僕等は木陰から身を乗り出す。椛はすぐに返送を解いて髪を梳いていたけど、僕はそのまま晴子さんの元に向かい、リュックを背負ったその少女をおぶさった。
「いやぁ、男手があると助かるね」
「……何の冗談なんだか」
僕より筋力のある少女が意味わからないことを言ってるけど、それを無視して僕はベンチに向かった。リュックを外してから今鐘をベンチに寝かせ、3人でリュックの中身を確認する。
数々の注射器と試験管、魔法瓶、ガラス瓶が敷き詰められた、怪しい中身だった。インスリン、ヒ素、塩酸ナトリウム……どう戦うつもりかは知らないが、劇物ばかりはいっていた。
心なしか、椛の目が爛々と輝いていたけど僕は気にしないことにした。
「まったく、最近の若者は物騒でかなわんね。私を殺す気か?」
「幸矢くん、鉄アレイ投げた人が何か言ってるわよ?」
「君も人のこと言えないんだから、黙ってなよ……」
突っ込みどころ満載な会話を繰り広げる。今鐘は悔しそうに顔を歪め、僕等を睨んでいる。痺れはもうしばらく続くだろうが、拘束しておかないと逃げ出しそうだ。
「……場所を変えよう。ここだと少し、都合が悪い……」
僕の言葉に、2人は頷く。今日の話は、また面倒になりそうだった。