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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第95話:お買い物

更新遅れまして申し訳ありません。

「……なに? 生理?」

 

 怒れる晴子さんに向けて、椛は身も蓋もない言葉を返した。いきなり何を言い出すんだと諫めたいところだが、むやみに口を開ける状況じゃないので自粛する。

 晴子さんはニコニコと笑顔のまま、椛の軽口を優しく包み込む。


「いやいや。いくら女の子同士でも、人前で言う言葉ではないね。あと、違うよ? 私は別に、怒ってなどいないさ」

「ならさっさと席に座ったら? なに? 私たちの話に加わりたいの?」

「そうだね、たまには良いと思う。キミ達さえよければ、一緒にお話ししてもよいかな?」

「構わないわ」


 椛が了承すると、周りが再度どよめく。僕と椛は、2年生の殆どに嫌悪感を抱かれている。そんな嫌われ者の僕等と、学級委員にして生徒会長の晴子さんが一緒にお喋りなんて、波乱の予感がありすぎて何が起こるのがわからず、聴衆にとっては一つのエンターテインメントかもしれない。

 実際はそれほど僕らの仲は悪くないし、晴子さんが普通なら、何も起きないと思う。


 晴子さんは自分の席に着くと、僕たち二人の方を向いた。


「それで、キミ達は何を話してたんだい?」

「優生学についてよ。幸矢くんが子孫を残すか否かって話」

「おやおや、高校生なのに随分難しい話をしてるね」


 君が言うな、と言いたいのを堪える。難しい話がお得意の晴子さんは僕の顔を見て尋ねる。


「それで? 幸矢くんは子孫を残したいのかい?」

「……どっちでもいいよ」

「この通り、本人にその気がなさそうだから、優生学について触れて子孫繁栄に助力してるワケよ」

「なるほどねぇ」


 何がなるほどなのか。晴子さんもこの冗談に乗ってくるあたり人が悪いけど、こんなクラスの真ん中では仕方ないのかもしれない。

 晴子さんは知ったような口で語り始める。


「優生学は、20世紀初期に知れ渡った言葉で、優れた人種のみが子孫を残せば優れた人間のみがこの地上を生きるだろう、と、提唱された言葉だね。確かに、幸矢くんは性格こそ見ての通りだが、肉体的にも頭脳の面でも優れている。キミが子孫を残すのは、この世界の未来にとってプラスだと思うよ」

「……賢く、身体能力の高い人間が生まれたって、その知能の扱いを誤れば殺戮者にだってなり得る。……優生学、それだけが正しいとは思えないな……」

「あらあら、幸矢くんはまともに子育てする気がないのね」

「……椛、一意見から全てを見透かしたように言わないでよ。その時になれば、できる範囲で育てるさ」


 子供を作るなら育てる、それが責任だ。物語を書き始めたら、完結させないといけない。子供を作るなら、大人になるまで育てなければいけない。同じことだ。物語も子供も、手塩をかけて立派なものにしようと努めるのが人間というもの。


「――フフ。それを聞いて、少し安心したよ。なら、子供を作ることには賛成なのかな?」


 晴子さんがさらなる質問を投げかけてくる。育てるのは作るものの責任として当然と考えるけど、必ず結婚すべきだとか、子供は作らなきゃいけないとは思わない。


「……育児には、自分の時間を使う。僕自身にやりたいことがあるうちは、子供は欲しくない。それに……そんな"暇つぶしのため"みたいに子供を欲するようなうちは、絶対に作らないよ」

「ん、義理堅いね」

「昨今の若者達に言い聞かせてあげたいわ」

「いや、キミもその若者の1人だろう」


 晴子さんのツッコミが椛に刺さる。というかそもそも、なんでこんな話題を女子と、しかもクラスでしなければいけないんだ。


「……こんな恥辱にまみれた話題、もう終わりにしよう。君達も子供なんて、結婚してから考えなよ」

「確かに、私達が語るには早い内容だね。子供か……10年も前は、我々も外で走り回る子供だったのにね」

「私は走り回らなかったわ。そのせいで貴方達よりも身体能力が低いの。それがちょっとだけ悔しいわ」


 そこでちらりと、椛が壁掛け時計を見た。時刻は8時20分、まだ教室に帰るには余裕がある。

 もう少し話すのか、それとも――


「……今日はもう、教室に戻らせて貰うわ」


 思ったよりあっさり椛は引き下がった。席を立ち、最後にニコリと笑みを浮かべて教室を出て行く。

 まぁ、残って話すにしても、人がたくさんいる教室では難しいこともあるだろう。彼女が去った後はぼくとはるこさんが残されるも、晴子さんが例のハンドサイン――薬指を立てたので、僕はそっぽを向いた。薬指は、"逃れろ"とか、"終了"の意味。

 これ以上話しても墓穴を掘りそうだし、僕もそれで良かった。




 ◇




 今日は普通に授業が行われ、午後3時半に漸く学校から解放される。

 晴子さんは生徒会で忙しいらしく、椛も委員会があると言って何処かに行ってしまった。競華とアリスも居ないし、快晴は付き合い始めた彼女と帰るだろう。

 久し振りに1人で帰る事になりそうだった。いつもは誰かしら側にいたのに、珍しく1人だから、内心驚きつつも、平和だと思いながら下駄箱に向かう。


「――あ、来た」

「…………」


 1人だと思っていたが、そうはいかないらしい。

 下駄箱で待ち構えていた美代は、僕を見るなりトテトテと駆け寄ってくる。


「やっほ、兄さん。可愛い妹の出待ち、どう?」

「……帰ろう」

「…………」


 美代は無言で、僕にボディブローを放って来た。痛くないので食らってあげるも、僕は彼女を無視して靴を履き替える。既に履き替えていた美代は僕の後を付いてきて、文句ばかりの口を尖らせる。


「ぶーぶー。兄さんはリアクション薄すぎなんだよぅ。折角待っててあげたのにぃ」

「君さ……僕が友達と一緒に帰ったりすると、考えなかったの?」

「その時は一緒に帰らせて貰うから良いよ。兄さんの友達は私の友達だし」

「……そうかな」

「違うの?」

「さぁね……」


 自分から敵視されるようなことをしておいて、何を言ってるのかわからなかったけど、もうそんなことはいいだろう。

 好きに喋らせておこう、諦観混じりにそう決め込んで歩いていると、不満げな美代は急遽話題を変える。


「兄さん。こうやって一緒に下校するのって初めてだよね?」

「そうだね……」

「寄り道しよ! ゲーセン! カラオケ!」

「……1世代、感覚がズレてない?」


 聞き流しながら適当な相槌を返し、今日の献立を考える。すると、材料不足から必然的にスーパーに寄って帰る事を考えついた。


「……寄り道はいいけど、スーパーね」

「え、なんで? 学生が寄って帰る場所じゃない!」

「なら、美代は今日晩御飯、もやし炒めだけでいい?」

「スーパー寄ってく!」


 美代も納得してくれたらしく、僕等は地元である真澄原のスーパーに向かう事にした。




 ◇




 僕等の向かったスーパーは2階建てで、1階は食品売り場、2階は日用品が売っていた。折角だからと、美代は余計に2階も見ていくと言い、僕も付いていくことになった。


 キッチン器具売り場の一角で、美代が立ち止まる。


「……ガスボンベ、3本で100円なんだよ」


 ガスコンロ設置用のガス缶3コ入りパックを手に取り、僕に見せてくる。話題が不穏で僕は何もしてないのにため息を吐いた。


「……だから?」

「大体一本30円ぐらい。でも、この30円とマッチ棒一本で4〜5人は殺せるよね」

「…………」


 義妹の話を聞きながら、僕は昔見た新聞記事の一部を思い出していた。とある大学の研究室で、冬にガスストーブを点けていた。その後ろに置いてあったガス缶が暖められて爆発し、研究室の窓が全て割れてドアも吹き飛んだらしい。幸いにも怪我人のいない事件だったが、もし人が居たら死んでたと思う。

 ガス缶はそれほど危険なものということだ。


「物は使い方次第だよね。30円でも人が死ぬ」

「殴り殺せば、タダだよ……」

「労力の問題だね。30円使うか、筋肉を鍛え上げるか。それなら30円払えばいい。小学生のお小遣いでも、十分……」

「…………」


 何が言いたいのかわからなかった。

 少しのお金で人を殺せるなんて重々承知だ。最もわかりやすいのは、100均で売ってる包丁で人を殺すこと。100円で凶器を買うことができ、誰かを殺せるこの世の中は気持ち悪い。


 僕が仏頂面をしていると、美代はガス缶を戻して優しく微笑む。


「じゃあ、こんなに凶器であふれた世界で人が人を滅多に殺さないのは、なんでだと思う?」

「法律が煩いからだろう……?」

「うん。人を殺すと罰が下る。それが嫌で人は殺人鬼にならずに済んでいる。バカだよね、死んでいいクズな人間なんていくらでも居るのに。いじめっ子がいじめられてる子に殺されて、その復讐が正当化されないのはこの世の間違いだよ」

「……死んでいい人間?」


 不穏なワードだった。彼女は、誰かを殺すつもりなのか?


「……兄さんは今、学校中から嫌われてると思う。世間から見れば、死んだほうがいい人間だと思う」

「…………」

「でも、兄さんは強いから、30円程度の工夫や多少の嫌がらせなら返り討ちにできる。結局の所、強さが全てなんだね、この世界は」


 美代はそう言って、売り物のフライパンを手に取る。そしてその鉄板で僕の頭を優しく叩いた。


「あーあ、兄さんと居るとメランコリーになっちゃう。ほーら兄さん、笑って笑って!」

「……今の話の流れから、どう笑えって言うのさ?」

「笑顔は世界を救うんだよ。しかも、スマイルは0円なんだよ!?」

「わかったから、売り物で遊ぶなよ……」


 カンカンと頭を小刻みに叩くフライパンを掴み、元の場所に戻す。これ以上時間を潰しても無駄だと思い、僕は1人で1階のショッピングコーナーに移動を始めた。


「あーっ、兄さん! トマト食べたい! 体が水分を欲してるの!」

「…………」

「刺身食べたいなー。兄さんが手料理始めてから久しく食べてない気がする」

「…………」

「兄さん、お菓子はいくらまで?」

「自分で買いなよ……」


 下に来たら来たで美代が煩かった。

 こんな、普通の兄妹の会話なんて何年もしていな買った気がする。僕は兄妹のやり取りを、忘れていたらしい。


 その後は結局、美代のお菓子600円分も含めた会計を僕が済まし、家路につくのだった。

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