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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第92話:意識

「……君と一緒に居て、こんなに辛いのは久しぶりだよ……」

「まぁそう言ってくれるな。私だって、キミの妹とは仲良くしたいのだよ? キミが、彼女を家族として、受け入れてるならね……」

「…………」


 心を読まれるのはわかっているけれど、気持ち悪かった。

 家族が父親だけになって、1年と経たずに再婚してできた新しい家族。その家族ともう3年の付き合いになるけど、僕は未だに、家族なのか疑わしい時がある。

 それでも修羅場は嫌だったし、憔悴した父さんをこれ以上追い詰めたくなかったから、ズルズルと辛い思いを引きずって生きてきた。それを幼馴染みの彼女が、僕の義妹を知ってわからないはずがないんだ。


「……私は、中学一年の頃にキミを立ち直らせたつもりだった。キミは少しずつ前向きになって、私に笑顔を見せたりした。……中学二年生からだったね、笑わなくなったの」

「……笑うよ?」

「満面の笑みを、アレ以降、私は見たことがない。家では笑えないだろうし、キミはどこで笑うというのだ? せめて私や快晴くんが、キミを思いっきり笑わせられればいいのにね……」

「……。君のせいじゃ、ないだろう」


 晴子さんは中学の頃、既に義妹の存在に気付いていた。なのに僕に尋ねなかったのは、僕のためなんだろう。義妹のことも、存在は知っていても調べてはいなかったと、今日の態度でもわかった。――きっと、こんな日が来るってわかっていたはずなんだ。


 こんなに悲しい場を作ってしまったのは、僕の責任だ。兄だからとかじゃない、1人の人間として、僕は……あまりにも弱過ぎたんだ……。


「昔は自分勝手に私を連れ回したキミが、今では家族のために自分の気持ちを封じ込めている。どれだけ辛いか、私には汲みきれないよ」

「……いいんだ。ごめん、晴子さん」

「ははっ、謝らなくていいよ。唯一無二の幼馴染みじゃないか。そーんなこと言ったら、私は一体いくつ、キミに謝罪せねばならないのか」

「……。君は、相変わらずだね」

「お陰様でね」


 晴子さんがクスクスと笑う。きっと、僕のことを揶揄ってるんだろう。そんな態度を取られたら、気持ちも落ち着いてしまう。

 悲しい空気を振りほどかれたから、僕は話題を変えた。

 

「……それで? 君は、美代の何を見抜いたのさ?」

「……ふむ。それについては、キミにはまだ伝えないでおきたい」

「…………」

「納得いかないだろうけど、許してほしい。もう少し調べて、考えがまとまったらキミに話すよ。それでいいかい?」

「……ああ」


 どうせ彼女なりに考えがあるのだろう。いつものことだ、僕はもう追求しない。


 また演劇の始まりだ。今度は美代という役者が増えた舞台、台本はない。それでも僕等は舞台に立たされて踊るのだろう。そのシナリオライターは、晴子さんなのか、それとも別の誰かか……それだけの違いだった。

 踊るのはいい、何も考えなくたって誰かに動かされるから。だけど、疲れるからほどほどにして欲しかった。また何ヶ月もやるのは、勘弁願いたい……。


「その代わり、私の推測で少し助言させてほしい」

「……うん?」

「椛くんについてだ」


 今は出されたくない名前だった。恋について椛が絡むと、学校が吹き飛んだっておかしくないから。それでも聞かないといけないから、僕は改めて尋ねる。


「……椛が、何?」

「キミや私と衝突するかもしれない。美代くんが彼女に直接接触しなくても、ね」

「……なるほどね」


 美代が僕に好意を寄せてる姿を、どこかで椛は目にするだろう。だけど、彼女には美代の言葉を信用するなと言ってある。安易には信じないだろうし、態度も、ね。


「……椛には、僕から何か言っておくよ」

「そうしてくれると助かる。(ちな)みに、1年生で常軌を逸してるのは美代くんだけじゃないと、競華くんから伺っている。最近は物騒だから、気をつけるんだよ」

「君は僕の親か……」

「親心、というのは変だね。戦友への助言さ」

「戦友……」


 確かに、僕らの演劇は戦いに等しかった。黒瀬みたいな悪い奴でも仲良くなれるとか、いい奴に改心できるとか、そんな記憶を植え付けるためだけに1年間、僕は他社の攻撃から耐えたし、晴子さんは良心の呵責に耐えた。競華と戦ったり、アリスの動向を伺ったり、戦友という言葉はしっくりくる。


「戦いなんてしたくないけれど、社会人になれば嫌というほど戦うだろう。成り上がりというのは、他にいる同じ身分の者をみんな蹴落としてのし上がること……そこに戦いがないだなんてあり得ない。そして、上にいる者は下の者を蹴落とそうとする。だから、人間というのは戦争をしなくなっただけで、戦い続きなのさ。今のうちから、色々と戦っておかないとね」

「……気乗りしないな。相手は妹だし……」

「しかし戦わなければ、私たちの縁は途切れるよ」

「…………」


 確信めいた発言とまっすぐなその瞳に、嘘偽りないことがわかった。美代は本気で僕と晴子さんを引き離そうとしてるのか。だとしたら、本心から僕のことを好きじゃないんだろう。そんな気はしていたが。

 ともあれ、それは困る。仲良くもない妹のために人間関係をめちゃくちゃにされてたまるか。


「……で、僕はどうすればいいのさ?」

「とりあえず、キミは椛くんに情報を横流ししてほしい。あと、家での美代くんに何かあれば、逐一連絡するように。今できることは、それぐらいかな」

「……君は、何かするの?」

「迎撃準備ぐらいね。何されるかわからないからさ」


 言いながら彼女はブレザーの内ポケットに手を突っ込み、3千円ぐらいで売ってる小型スタンガンを取り出した。常日頃から迎撃準備してる癖に、まだ何か用意するのか。


「……まぁ、ほどほどにね」

「ほどほどだよ。キミみたいにレンタルBOX借りたりしないからね」

「…………」

「はははっ」


 カラカラと笑ってくる。確かに、レンタルBOXまで借りて備品を蓄積させる必要はなかったかもしれない。そこまでして、僕は何を恐れてるんだろうな……。


「まぁまぁ、真面目な話はこの辺に留めよう。どうだった? 春休みは?」


 気分転換と言わんばかりに話題を変えてくる。僕はゆっくりと肩を落とし、春休みのことを思い出しながら話す。


「……特に、面白いことはなかったよ。家に居て勉強、もしくは椛の家に行って実験したり……」

「……。椛くんとは、何もなかったのかい?」

「何もないね……。信用されているというか、仲間内だって認識されてるからだと思う」

「……ふーん?」


 晴子さんの胡散臭そうな目が僕に刺さる。なんなんだこの人。


「……何さ?」

「キミたち、年頃の男女だろう? 本当に何もないのかなー、ってね」

「君がそんな冗談を言うなんて、どうかした……?」

「……別に」


 プイッとそっぽを向いてしまう。

 本当になんなんだ、今日はどうかしている。


「……本当に、どうしたのさ? 僕のこと、嫌になった?」

「違うよ、もうっ……。先ほどの話題が話題だったから、意識するようになってしまった……。うぅ、不甲斐ない女だと笑ってくれ……」

「…………」


 ふにゃけて店のソファーに崩れ落ちる晴子さん。次回から姿を消したものの、こんなだらしない姿は他人に見せられないな――


 そんな風に周りを見渡した時だった。


「――――」


 窓の外から、美代がこちらを見ていた。光のない、闇ばかりが映るその目が、しっかりと僕等のやり取りを捉えていた――。



「……見られたのかい?」

「…………」


 そして、この人はそれすら予測していたのだろうか。頭脳戦とは、相手の行動を予測して先の一手を打たなければいけない。その攻防を、2人は見事に繰り返していた。


「……美代が、こっちを見てるよ」

「だろうね。出て行って終わり、なんてことはないだらう。はぁ……キミはとんでもない妹を持ったね」

「……確かに」


 起き上がる晴子さんにフッと視線を移し、また窓を見ると、美代は居なかった。自分がいなくなった後の僕等のやり取りを見たかったのか。なんのために? 決まってる、対策を立てるためだろう。


「…………」

「盗聴器の類いは無いと思うよ。あるなら幸矢くんの行動は筒抜け、わざわざ見ている理由もないだろう」

「……見られてると認識させるため、とかは?」

「そこまではわからないね。厄介な相手だと自分から思われたい理由もないだろうし。それとも、本当にキミが好きとかねぇ?」


 クスクス笑いながら彼女は言う。つまり、美代の"好き"はまったく本心じゃないのだろう。もちろん、そうだと思っていたが。


「……目的は、なんだろうか?」

「我々の自立だね」

「……自立?」

「相互依存して、仲良く枯れるなってことさ」

「…………」


 晴子さんの言葉が、にわかに信じられなかった。僕達は確かに、依存し合う関係かもしれない。それはもう、色々な意味で。だけど、退化しているつもりは毛頭ない。僕達は、ダメになっているだろうか……?


「……わからなさそうな顔をしてるね、幸矢くん」

「……わからないからね」

「まぁまぁ、どうせそのうち知ることさ。腐らないように根回ししながら頑張るから、キミは何も心配するまいよ」

「君にばかり負担は、掛けたくない……」

「…………」


 また晴子さんは顔を伏せてしまった。今日は本当に面倒くさいな。こっちまで照れるからやめてほしい。


「……もういいよ。私、キミのためなら頑張るから……」

「いや、何も良くないんだけど……」


 結局今日、顔がリンゴみたいに赤い晴子さんは、僕の言うことを聞いてくれなかった。釈然としない1日だったけど、これがまだ1年生の入学初日だと思うと、先が思いやられるのだった。

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