雨のあと
その日は朝から雨が降っていた。
しとしと、と静かに流れるように降る雨を千春は少し、心配そうに社の窓から眺めていた。
手元には、雪登の着物が広げられている。糸が解れている部分があったので、縫わせて欲しいと申し出たのである。
文机で、古い書物を読んでいる雪登もそれに気付いたのか、声をかけてきた。
「どうした、千春。浮かない顔をしているが」
「え……あ、すいません。……その、動物達は大丈夫かな、と」
千春の言葉に雪登は小さく頷く。
「大丈夫だ。彼らにはそれぞれ家がある。それにこのくらいの雨では、大地に少しだけ染み込む程度だから、草花を育てるには丁度良いくらいだ」
「そうですか……。でも雨、中々止みませんね」
「雨は嫌いなのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……嫌いというよりも、怖い、ですかね」
見上げた空は灰色で、夜のように暗い。
それが、どことなく自分を不安にさせる。
この暗い中をずっと独りで過ごさなければならないと、そう思っていた。
「……もし、晴れたら良い場所へ連れて行ってやろう」
「え?」
「気分が晴れるような場所だ。まぁ……たまにしか開いていないが」
何の事だろうかと、千春は小さく首を傾ける。
だが、雪登はそれ以上は何も言わずに、書物へと目を向け始める。
自分が落ち込んでいるように見えたのかもしれない。だから、それを気にして、励まそうとしたのだろう。
隠しきれていない、その不器用さに千春は頬を緩ませた。
彼の心遣いがただ、素直に嬉しくて、心に染み込むように暖かかった。
昼食を終えて、片付けが終わった頃には先程まで、止みそうになかった雨はすっかり上がっており、いつの間にか日が差していた。
「……雨が上がってる」
千春の言葉に雪登は反応し、立ち上がる。
そして、戸を開けて外へと出て行った直後に、千春は彼から呼ばれた。
「千春、ちょっと外に出てみろ」
「え?」
言われるまま、千春が彼に続くように外へと出てみる。
雨上がりの外の空気は、まだ湿っているようだが、とても澄んだような匂いがして、懐かしい気持ちになる。
「見てみろ」
雪登の指差した方向へと、首を向ける。そこにあったのは、山のふちを大きく超えて掛かっている虹だった。
その透き通る七色に千春は溜息のような声を上げる。
「わぁ……」
久しぶりに見るその虹は自分が今まで見た中で最も大きく、そして美しかった。
「中々、大物の虹が出たな」
隣に立つ雪登もどこか嬉しそうだ。もしかして、これを自分に見せたかったのかと思い、彼の顔を覗き見る。
「まぁ、見せたかったのもあるが、連れて行きたい場所はあの下だ」
「え……」
あの下、と言った場所は紛れもない虹だ。
虹は追いかけても、届かない場所だと聞いていた。いくら、歩いて求めても、絶対には届かないと。
そんな虹の下に行く事など出来るのかと千春は少し口をぽかんと開けて、雪登を見ていた。




