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狗神の友人


「雪登さ……」

 名前を言いかけた時、突然、大風が吹き出して、社が揺れ始める。

 それと同時に明るい声が戸の外から響いた。


「おーい、狗神っー!! 来たぞー!」

 だが、その声の主は戸が開けられるのも待たずに、勝手に開けてしまう。

「ひゃっ……」

 びゅっと吹く風が空間を駆け抜ける。

 閉じた目を開くと、入口辺りには見知らぬ青年が居た。

「……伊鷹、せめて返事をしてから中に入れ」

 雪登が視線を尖らせ、威圧するも当の本人は少しも気にせずに笑っているだけだった。

 しかも、千春の方を物珍しそうに見ながら。

「おっ! その子、もしや嫁さんかい?」

 興味津々と言った様子で、土間へと上がりこんでくる。

 どうやら、雪登と親しい関係らしい。

「あっ、お、お客さま、です……よね?」

 千春は戸惑いながらも雪登に尋ねる。

 深く溜息を吐きつつも、雪登は頷いた。

「こいつは伊鷹。京の愛宕山の大天狗殿のもとで修行している見習い天狗の一人だ。先程の突風もこいつが起こした。半人前だが、悪い奴じゃない」

 改めて、伊鷹の姿を失礼だと思ったが、上から下まで見てみる。

 容姿はそこらの青年だが、服装は山伏の格好で、片手には錫杖と呼ばれる杖を握っており、しかも背中には鴉のような黒い羽が生えていたのだ。

「おい、狗神っ! 半人前って言うな! 俺は大器晩成型だから、そのうち……って、すまないな、嫁さん。折角、夫婦揃って仲良くしていた所を邪魔しちまって。えーっと、名前は何だ?」

 流れるように言葉を続ける伊鷹に千春は少し驚きつつも、何とか返事をする。

「ち、千春ですっ。昨日より、こちらへ参りまして……どうぞ宜しくお願い致します!」

「おう、俺は伊鷹って言うんだ。宜しくなっ!」

 そういうと伊鷹はにかっと笑った。

 確かに、悪い人ではなさそうだが、先ほどの彼の発言に引っ掛かる言葉が聞こえたが、気のせいではないだろう。

「……用件は文を預かるだけか?」

 雪登は先ほど書いていた文を丁寧に折ってから、伊鷹へと渡す。

「おう。それと結婚祝いの言葉も預かってきた。そのうち顔を見に行くから酒の用意をしておけよ、だってさ」

「大天狗殿はこの前、ぎっくり腰になったと聞いたが」

「そんなの、法力でぱぱーっと治ってらぁ。じゃ、俺はこの後も用事頼まれてっから、そろそろ行くわ」

 そう言うと、すぐに外へと出てしまう。

「あ、お茶は……」

 千春がお茶の用意をしようと腰上げかけていたが、すぐに止められてしまう。

「いいって、いいって」

 すると、伊鷹はくるりと雪登の方へと向いて、千春の耳では聞こえない声で何かを耳打ちする。

「あまり乗り気じゃねぇ婚儀だって聞いてたけど、中々良さそうな子じゃねぇか。こりゃ将来美人になるぜ」

「……殴るぞ」

 じろり、と雪登が睨むと伊鷹は舌を出す。

「ははっ……まぁ、大切にしてやれよ!」

 すると、彼の背中の羽がぶわっと横へ広がり、伊鷹が強く地面を蹴ると、その羽は大きく揺れ始め、やがて彼の体が宙へと浮いていく。

「じゃあな!!」

 そのまま伊鷹は風に乗るように空へと優雅に羽ばたいて行った。そして、あっという間に山の向こう側へと姿を消す。

「全く、あいつは風のような奴だな……」

「雪登さん、天狗様のお知り合いなんて凄いですねー」

 感心したように千春は伊鷹が消えていった方を暫く見ていたが、一方の雪登は疲れた様子だ。

「……少々、喧しい奴だが、良い奴ではある。たまに、面倒な時もあるが」

「ふふっ……でも、わたし、天狗様を見るのは初めてです。お若い方もいらっしゃるんですね」

 千春の言葉に雪登も困ったような表情で頷き、ふと何か疑問に思ったような顔へと変わる。

「前から思っていたが、そなたはあまり物怖じしない性格だな」

「え? そうですか? これでも結構驚いているんですけど……あ、折角なので、お茶のおかわりをご用意致しますね」

「ん、あぁ、ありがとう」

 確かに、驚きはしたが、怖くはなかった。恐らく、雪登の知り合いだからだ。

 そして、彼が居れば何となくだが、何があっても大丈夫な気がしていた。

「最初にそなたに出会った時も、少し驚くだけで、泣いたりしなかったからな……」

「え?」

 雪登の呟きに千春は振り返る。

 その瞬間、雪登がしまった、という顔をしたのが見えた。

「えっと、それって婚儀の時、ですか?」

 だが、あの時は驚きよりも不安と、彼への興味の方が強かった気がする。

「あ、あぁ。私に会った人間は大抵、驚いて化け物ような目で見るか、畏れるかだからな」

 それだけ告げて、雪登は黙り込む。

 その先は聞かないでくれと言わんばかりに。

「…………」

 だから、聞かないし、聞けない。

 彼の口から言葉が出るまで。それまで、待つしかないのだ。

 千春は二つならんだ同じ湯のみに、少し複雑に思いながらも目を落としていた。


  

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