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支度


 雪登から薬草と毒草の見分け方を学び、いくつかの薬草と、山菜を採取してから、山の散策は終わった。

 社に帰って来た時にはすでに夕暮れになっていた。

 もし、数日前までの自分なら泊まり客の夕食の支度の手伝いと寝間の準備をしなければならない時間だ。

 それでも、今日からは違う。あの日々を懐かしんだ時なんて一度もない。それくらいに毎日早くから起きて、夜遅くまで働かなければならなかった。

 それに比べれば、自分が実感しているこの時間は何とゆっくりなのだろう。久しぶりに時間の流れを感じた。

「雪登さん、今日の夕食は先ほど採った山菜で汁物を作ろうと思うんですが、どうでしょうか?」

「ならば、私も手伝おう」

 居間に上がっていた雪登は再び履物を履いて、着物の袖に入れておいたのか長い紐を取り出して、それを襷掛けにする。

「え、でも……」

「そなたばかりに任せておいては申し訳ないからな。……そこの小川で魚でも捕ってくるから、煮付けでも作ろう」

 千春の返事を待たずに雪登は社の戸から出て行く。


 ……どこかしら張り切っているように見えたけど……。


 千春は少し首を傾げたが、すぐに笑みを零す。

 採ってきた蕗の皮をむき、蕨と一緒に一度、灰汁を抜くために竈でお湯を沸かしながら、山菜を食べやすい大きさへと切っていく。

 すると、そこへ雪登が帰って来た。手持ちの籠が一瞬動いたので、恐らく魚が捕れたのだろう。

 だが、随分と早いお帰りだと思える。

 この短時間でどのような方法で魚を捕ったのか気になる。

「あっ……お帰りなさいませ」

「……ただいま」

 持っていた籠を下ろし、鍋の前に立つ千春の隣で、取って来たばかりの魚を木製のまな板の上で手際良く捌いていき、あっという間に一匹の魚を三枚へ下ろす。

「魚、捌くのお上手なんですね」

「獣の肉を食べられないから、どうしても魚中心になりがちだからな。……やはり、自ら料理するのはおかしいか?」

「へっ?」

 唐突な質問に千春は間の抜けた声で返事してしまった。

「えっと、雪登さんが、料理すること……ですか? 別におかしくはない、ですけど……」

「……そうか」

「でも、ちょっと驚きました。きっと、誰かに御膳を運んでいただいているものだと思っていましたので」

「普通の神ならそうだろうな。私は……そこらの人から見えない神とは違う分類の神らしいから」


 「神」と言う時、雪登は少しだけ眉をきゅっと寄せていた。

 その表情がとても、苦しそうに見えて気になってしまう。

「でも、神様と言えど、やはり食べ物には好みがありますよね」

 千春の言葉に雪登は魚を捌く手を止めた。

「だから、自分が食べたい物を作れるって、凄く贅沢だと思うんです。って、すいませんっ……偉そうな事を申し上げてしまって……」

 千春はぱっと雪登の方から顔を逸らす。

「……そうだな。確かに、いつも自分が食べたい物ばかり作っていたな……」

 ぼそり、と彼は呟いた。

 そこにはただ、納得したような表情があった。

「……そこの竹籠の中に大根はまだ入っているだろうか」

「え? あ、はい。あります」

「取ってくれ。ついでに、大根も魚と一緒に煮込む」

「……はいっ」

 竹籠から大根を取り、一度、水釜に入った水で泥落としてから雪登へと渡すと、彼は大根の皮をさらさらにひと剥きしてから輪切りにし始める。

 思わずその光景に見入っていると、雪登と目が合った。

 正確に言うと、彼がこちらの視線に気付いて、自分の方を振り返ったのだ。

「……なんだ?」

「あ、すいません、遠慮なく見てしまって……あまりにも、綺麗に桂剥きされるので、つい見とれていまして……」

 一本になった大根の皮を千春は感嘆しながら見ている。

「……そうか」

 そう呟いて、彼は視線を逸らす。


 ……また、だ。


 彼は話の途中で視線を逸らす時がある。

 特に、千春が感心したりしている時に。

 あまり感情を表に出したくないのか、見えないようにわざと向こうを向いてしまうのだ。

 その仕草が千春にとっては、嬉しかった。自分の言葉に反応してくれる事がこんなにも嬉しい事だとは今まで知らなかったからだ。

 

 まだ、雪登と暮らし始めて一日目だ。

 それでも、千春の心は雪登に対して自分でも気付かない程、穏やかな気持ちで傾き始めていた。


   

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