狡猾な二人
「ヴィンセント様、何を考えてるの?」
ジョヴァンニに結界を張らせるヴィンセントに、サイラスは怪訝そうに尋ねた。その質問にヴィンセントは答えずに、再び窓の外に視線をやる。それを見て、サイラスはハッとしたような顔をした。
「ボニー様を、アレックスに殺させる気なの?」
その質問にも、ヴィンセントは答えない。ボニーが外に出て、この孤児院に結界を張ってしまったら、ボニーだけが締め出されたことになる。そうなると、ボニーを狙ってきたアレックスには好都合だろうし、アレックスとの対話を望んでいるボニーには、なすすべなどない。
相変わらず無視したまま外を見ているヴィンセントに、サイラスは不満そうにして、きつく睨むようにしていった。
「確かに俺はボニー様に恨みはあるけど、ミナさんとアンジェロさんは、ボニー様の死を望んでない。その為にアメリカに連れて来たし、そうしろと言ったのはヴィンセント様だ。一体何を考えてるの?」
ようやくヴィンセントは振り返って、サイラスに向かって愉快そうに笑った。
「天才のお前でも、わからないことがあるのだな」
その言葉にサイラスは、心底嫌悪感を漲らせて言った。
「確かに俺は天才かもしれない。人よりたくさんの事を知ってるよ。でも、ヴィンセント様よりは知らない。経験は知識じゃないから」
サイラスの返答に笑ったヴィンセントが、再び窓の外に視線を移す。孤児院の外には、ジョヴァンニによって、薄い水の膜が張られたように、半円形のドームのような薄い膜が張られている。
その結界を見つめながら、ヴィンセントが笑って言った。
「誰も殺させはしない。ミナもアンジェロも、メリッサも子どもたちも、お前も私も、ボニーも。そしてアレックスも」
「アレックスも? アレックスは死んでいいだろ?」
サイラスの返答に、次に怪訝そうにするのは、ヴィンセントの番だった。
「お前、アレックスとは友人なのだろう?」
「パパを殺した奴を友達だと思えるほど、俺の心は広くないよ。俺の為に遠慮してるならやめて。あんな奴、もう友達じゃない。アレックスが死んでも、良心の呵責なんて1ミリもないよ。アレックスがただの人間なら、俺が知識総動員させて、破滅させてるところだよ」
サイラスがそう言うのを聞いて、ヴィンセントは大笑いした。周りが驚くほど大笑いして、ようやく笑いが引いてきたころに、ヴィンセントは「気に入った」と言ってサイラスを見た。
「では、お前が殺すか?」
「それはヤダ。後味悪い」
「他力本願だな」
「人殺しを好んでやる人間なんて、犯罪者の中でも1%にも満たないよ。その点、好き好んで人殺しをしている吸血鬼にそれを任せるのは、単なる適材適所だよ」
「お前が私を使うというのか」
「やだな、ただの同盟だよ。俺はヴィンセント様の墓守の一族。ヴィンセント様が眠っている間は、何十年でも、何代に渡っても守るよ」
「だから、私が起きている間は、お前を守れという事か。全く、小賢しい小僧だ」
「よく言われる」
二人はニヤリと笑い合って、二人で窓の外を見る。
「どうするの?」
「ニンジンに釣られた馬はどうなる?」
「突っ走る。周りなんか見えない」
「そうだ。周りが既に針のむしろだと、気付くこともなく走り続ける」
狡猾な天才少年と、狡猾な化け物。二人の視線の先に映るのは、馬とニンジン。ニンジンは馬に喰われるのか、それとも……。