エピローグ
春の風が、赤みがかった金髪を撫でていた。緑色の瞳が、緑色の瞳を見上げた。
「ねぇ、お父様」
「なんだ」
返事をしたヴィンセントが、話しかけてきた美しい娘を見下ろす。娘は言い難そうにしていたが、意を決したようにして、口を開く。
「私ね、本当のお父様に、お会いしたいの」
ヴィンセントはゆっくりと瞑目すると、アメリカの方向を見やる。18歳になったエリカ。メリッサに生き写しで、目元はサイラスに似ている、非常に美しい娘だ。時々孤児院経営をしているアンジェロやミナの力も借りたが、メリッサと二人で育ててきて、愛情をかけてきたつもりだ。
それでも、こういう事を言う日が来るのは、覚悟していた。だが、愛する娘の、そのおねだりだけは聞いてやることが出来ない。
「お前の父は死んだと言っただろう」
エリカは不服そうにヴィンセントを睨むが、アメリカの方を見て口を尖らせていった。
「嘘だわ。絶対に生きているって、私にはわかるの」
そしてやはりヴィンセントを睨む。
「お父様の嘘つき。どうしてそんな嘘を吐くの?」
はぁ、と深く溜息を吐くと、エリカの髪を撫でた。
「お前は私が父では不満か?」
「そういうことではないけれど……」
予想外だったのかエリカはしどろもどろに答える。だが、やっぱりヴィンセントを睨む。
「本当の父親がいないと困るのよ」
「何故だ?」
「本当の父親がいないと、お父様がずっと私のお父様でしょう?」
「そうだな」
「それが嫌なのよ」
ヴィンセント、かなりダメージを喰らう。
「結局……私が父親なのが不満なのだな……」
「違うわ!」
ヴィンセントらしくもなくションボリしたが、エリカが必死で否定するので、なんとか元気を回復する。
「ならば、どういう意味だ?」
尋ねると、エリカは先程までの勢いはどこへやら。またブツブツ言っている。そして少し顔を赤らめて、上目づかいにヴィンセントを見た。
「だって、いつまでもお父様でいてもらうと、私はお父様と結婚できないでしょ?」
ヴィンセント、会心の一撃を喰らい頭を抱える。
何故だろう。自分は教育を間違えたのだろうか。一体どこで何を間違えたのだろうか。教育論に関して一度アンジェロに相談してみるべきか。
ぐるぐると色んなことが頭をよぎるが、エリカは小さい頃から「おとうさまとけっこんするのー」と言っていたので、それの延長のような物だろうと結論付けることにした。
「そ、そうか。いや、しかしな、何も本当の父親を探す必要はないだろう?」
「ダメよ! だって大人でしょう? 認知はしてるみたいだけど、養育費も払ってないんだから、そこは大人として責任を取って、せめて私とお父様の結婚費用くらいは……」
「待て待て待て待て!」
やっぱりヴィンセントは頭を抱える。思った以上に飛躍している。一体自分はこの18年間、何をしてきたのだろうか。愛情を注いで育てたつもりではあったが、花嫁候補を育てたつもりはなかった。なぜこんなことに。
頭を抱えるヴィンセントなどどこ吹く風、エリカは俄然やる気が出てきた。
「というわけでお父様! 私、学院も卒業することだし、本当のお父様を探す旅に出るわ! 勿論お父様も一緒よ!」
今更探さなくてもどこにいるかは知っているが、立場上会えないし会いたくない。
「バカを言うな、大学はどうする。大体、そう簡単に一国の王が旅になど出られるものか」
現在ヴィンセントはある国の国王を任されている。それはトワイライトのメンバーと難民超能力者の受け皿となっている国、VMR。かつてのフランスあたりだ。イギリスはシュティレード帝国に陥落されたが、帝国の侵略から防衛線を築く最前線の国でもある。なので当然、ヴィンセントが旅に出るなんてできるわけがない。
だがエリカにとっては一大事。当然のごとくしつこく食い下がる。
「私に本当の父親が別にいるという事を公表できなかったら、いつまで経ってもお父様と結婚できないでしょ! 大体、国王が子どもの出自を隠しているって、結構のスキャンダルだと思うわ! これって政治にも関わる問題ではなくって?」
「いや、そうだが……しかしなぁ」
「執政官に任せればいいじゃない。あの人優秀だっていつも言っているでしょう?」
現在アンジェロとミナはアメリカの戦火を逃れて、トワイライトに身を寄せていた。なので、サイラスの行動を監視する意味でも、自然とまたヴィンセントとつるむようになり、現在アンジェロはVMRのナンバー2、執政官の役職を任されている。元々が非常に優秀なので、確かに多少の不在でも大丈夫だとは思うのだが、国一番の責任者として、それはどうなのだろう。
そう考えていると、エリカがニヤリと笑っている。その厭らしい笑い方が自分にそっくりで嫌になる。
「じゃないとぉ、私一人でいなくなっちゃうわよ? それでもいいの?」
「いい訳があるか! 絶対に許さんぞ!」
「じゃぁ一緒に来てくれるよね?」
「それもダメだ!」
「もう、ワガママばっかり」
誰が一番我儘を言っているのか、わかっているのだろうか。仮にも王女が一人旅など、許されるはずがないというのに、一体この娘は何を言っているのだ。
「じゃぁお父様、留学ならどう?」
留学なら、まだマシな気がする。絶対にシュティレード帝国には行かせないが。
「そうだな、お前も留学くらいは必要だ」
「そうよね。お父様ありがとう」
「当然、護衛は付けるぞ」
「ええ、いいわよ」
「そして私はついてはいけないぞ」
「それは仕方がないから諦めてあげるわ。でも会いに来てね?」
「勿論だとも」
お互いに落としどころを見つけて、ヴィンセントはホッと息を吐く。だが、ヴィンセントは知らなかったのだ。
幼少の頃から人間や化け物、超能力者や戦争、政治闘争など、トラブル満願全席で育ってきたエリカ。
教育を間違えた挙句、とんでもないはねっかえりに育っていることを、この時のヴィンセントは、まだ気付いていなかったのだった。




