すれ違いの分かれ道
空港に到着したアンジェロは、繋ぎっぱなしにしていた電話の向こうのレオナルドにサイラスたちの居場所を尋ねながら周囲を見渡していた。
「おい、どのあたりにいる?」
「4番か5番の方向に向かってるぞ。ちょうどお前らとすれ違う方向だな」
そう言われて正面を見回す。サラリーマンや旅行客で廊下は人が溢れ返っている。変身している可能性もあるサイラスたちを、この中から見つけられる可能性は低いだろう。
「変身してるか?」
「してるザッ……」
突然通信にノイズが混ざった。
「おい?」
「アレック……ザザ……女……ザザ……プツ、ツー、ツー」
「切れた」
周囲の人々の中で電話していた人も、「あれ、繋がらない」と不思議そうに首をかしげている。切れた携帯電話を見つめていると、ヴィンセントが「どうした?」と尋ねた。周囲の人々の中で電話していた人も、「あれ、繋がらない」と不思議そうに首をかしげている。
「恐らくジャミングされています。サイラスはナノマシンから電磁波でも飛ばしているのでしょう」
「周到だな。だが」
ヴィンセントにアンジェロも頷き返す。
「ええ、近くにいるとみて間違いありません」
先程までは通話できたのに、突然通話できなくなったという事は、距離が近づいたと考えて間違いない。ヴィンセントがメリッサに視線を移すと、メリッサは前方を真っ直ぐに見つめる。
「人並みにまぎれて姿は見えないけれど、大きな魔力が2つ、あちらから来るわ」
レオナルドは、アレックスは女、と言っていた。サイラスも女に変装している可能性はあるが、女連れの2人組の中から、魔力を持っている者をはじき出せばよいのだ。
メリッサの目には、多くの人の中からちらほらと魔力もちが窺えたが、ずっとサイラスとアレックスの大きな魔力を見つめていた。だが、メリッサが見ているその時に、2人の魔力が収束して吸い込まれるように、しゅるりと消えてしまった。
「魔力が消えたわ」
「なんだと?」
「私と貴方はマーリンに魔力隠しの魔法をかけてもらったでしょう。恐らくサイラスは同じ魔法を自分にかけたのよ」
「ということは、私達が来ていることに気付いているのだな」
だが、姿もわからず、魔力も見つからず、レオナルドと連絡が取れない状況下で、サイラスたちを探すのは困難を極めた。女連れの2人組に絞ったとしても、サラリーマンとOLのコンビだったり、女2人組の旅行客だったり、夫婦者や恋人同士だったり、女を連れた客など数えきれないほどにいた。
ヴィンセントはぎりりと奥歯を噛みしめる。ここまでして逃げたいのか。そうまでして、自分を恨んでいるのか。家族を捨ててまで、心を捨ててまで、絶望してしまったのか。
「おい、サイラス! 聞こえているだろう!」
突然声を張り上げたヴィンセントに、隣のアンジェロが驚いたように振り向くが、気にせず続けた。
「お前はエリカもメリッサも棄てて、一体何をする気だ! 憎いのは私だろう! 戦ってやるから出てこい!」
ヴィンセントの叫びに同調するように、メリッサも声を上げた。
「お願いよサイラス! 帰ってきて! 私とエリカには、貴方が必要なの!」
ヴィンセントとメリッサが声を上げている間、その呼びかけに反応する人間がいないかどうか、アンジェロはつぶさに周囲を観察していた。何人もの人が不思議そうにヴィンセント達を見やりはするが、特別な反応を示した人はいなかった。
勿論、サイラスの耳には二人の言葉は届いていた。だが、心にまでは届かなかった。
ヴィンセントとメリッサが必死に訴えかけるそのすぐそばを、凍てついた心と瞳は前だけを見て、サイラスは通り過ぎて行った。
しばらくすると、携帯電話が鳴っていた。通信が復活したという事は、サイラスとの距離が離れたという事だ。慌てて電話に出ると、やはりレオナルドだった。
「おい何やってんだお前ら! アイツとっくに空港出たぞ!」
「やっぱりかぁ……」
落胆して頭をかきむしったが、落ち込んでばかりもいられない。
「行先はわかるか?」
「5番ゲートに入った」
5番の掲示板を見ると、それは国際線だった。
「カナダか……意外だな」
「いや、ゲートには入ったんだけど、飛行機には乗らなかったぞ。そのまま空港出て行って、ニューヨーク市内に戻ってる」
「はぁ?」
カナダに行こうとしていたのは間違いないようだが、途中で忘れ物でもしたのだろうか、何か考えを変えたのか。
「つーかアイツな」
「あ? あぁ」
考え事をしていたのをレオナルドに引き戻される。レオナルドの話の続きを待った。
「どーも飛んで俺ンとこ来てるみてぇだ」
レオナルドが狙われているのだろうか。その理由はアンジェロにもわかる。
「俺の千里眼は確実にサイラスを見つけられるからな。そりゃー厄介だろーよ」
「そうだろうな。すぐ行く」
サイラスたちが空を飛んだところで、移動スピードでアンジェロの空間転移に敵うものはない。当然、アンジェロ達がレオナルドの家に到着した時には、家にはレオナルドしかいなかった。家を壊されてはたまらない、とレオナルドが言うので、4人で家を出たところだった。
上空に影が差したと思うと、その影がレオナルドの家に落下し、激しく爆発炎上した。振り返ったレオナルドの目には、マイホームを爆発せしめたヘリコプターが突き刺さっていた。
「夢のマイホームゥゥゥ!」
ローンを組まず一括ニコニコ現金払いだったのが不幸中の幸いだが、レオナルドの家は全壊全焼。激しく落ち込むハゲたおじいちゃんをアンジェロが慰めていると、途端にヴィンセントとメリッサに緊張が走ったのが分かった。
サイラスが上空に滞空している。滞空している足元には魔方陣が光っていて、あれが足場になっているのだろう。サイラスが右手を上空にかざすと、その掌の上には、ヴンと巨大な魔方陣が浮かび上がる。
その魔法は重力を荷重する魔法。サイラスの指定する範囲、上空数万キロに影響するそれに引っかかった物が落ちてくる。例えばたまたま通りかかった報道のヘリコプターだったり、先程飛び立ったばかりの、旅客機だったり。
上空を飛んでいた旅客機が突然操縦不能になり、引っ張られるように急激に落下を始める。ヴィンセントとアンジェロがそれに気付いて、全身に鳥肌が立った。
数百人の人間を乗せた旅客機すらも兵器にするというのか。こんな住宅地のド真ん中に、飛行機を落とす気なのか。
そんな事を考えもしたが、今はそれどころではない。旅客機の墜落を阻止しなければならない。片方は旅客機を守り、片方はサイラスの魔法を中断する。二人の頭の中で同時にそう演算して、アンジェロは飛行機の方へ、ヴィンセントはサイラスの方へ向かった。
アンジェロはすぐに斥力の力場を展開し、飛行機の上昇を助ける。落下は緩やかになったが、サイラスの魔法の引力が強すぎて、アンジェロすらも引き込まれそうになる。ぐっと踏ん張って、全力で斥力を展開したアンジェロは、額に冷や汗を浮かべながらテレパシーを送った。
(伯爵、あまり持ちそうにありません! 早く!)
(こらえろ)
ヴィンセントとサイラスが対峙する。二人が対峙するのは、これが初めてだ。サイラスが面と向かって敵意を表したのは、これが初めてのことだ。
「その魔法を止めろ」
ヴィンセントがそう言うと、サイラスは以外にもアッサリと魔方陣を消した。そして上空に挙げていた手を下ろす時、パチンと指を鳴らした。すると、地上にいたレオナルドがもだえ苦しみ始めた。
飛行機はなんとか高度を取り戻して飛び去って行ったが、何が起きたのかとアンジェロが慌ててレオナルドの元へ駆けつける。ヴィンセントもレオナルドの様子に気を取られている隙に、サイラスは姿を消してしまっていた。
「くそ、逃げられたか!」
サイラスには逃げられたが、レオナルドが無事であれば、再び探すことは可能だ。そう考えなおしてヴィンセントもレオナルドの元に舞い戻った。
レオナルドは目を押さえて蹲っている。「熱い、熱い」と呻いていたレオナルドの指の隙間から見えたのは、沸騰して茹で卵のように白濁した千里眼だった。
サイラスの目的は、レオナルドの千里眼を潰すこと。その目的を達成できるなら、家ごと潰そうが、目玉だけ潰そうが、手段は何でもよかったのだ。
すぐにアンジェロが病院に連れて行ったのでレオナルドの命に別状はなかったが、レオナルドは失明してしまった。
レミの研究所襲撃に続いて、レオナルドが襲撃されたことで、アンジェロはサイラスに対して、制御しえない憎悪を抱いた。
「伯爵が何と言おうとも、俺はサイラスを許す気はありません。見つけたら、俺は奴を殺します。伯爵に協力はします。ですが、アイツを生かすという命令ならば、俺は従いません」
アンジェロにはアンジェロの事情が出来てしまった。ヴィンセントの事情を押し付けるわけにはいかないだろう。
「そうだな、わかった。お前はお前の道を行け」
そうしてアンジェロとヴィンセントは、道を別った。




