ネット会談
「以前もお話ししました吸血鬼殺しの化け物と、最強の魔術師マーリン老子の弟子であった天才魔術師が手を組みました。そして吸血鬼の絶滅と、世界の破滅を目論んでいます。それを止める手伝いをしていただきたく、皆様にお集まりいただいた次第です」
幾人かのメンバーは、たった二人を相手に戦争などと大袈裟だと思った。だが、魔術師マーリンは世界最強の魔術師で、人外の中でも非常に有名な存在だ。そのマーリンの直弟子と、第10次十字軍の発端となった神の化け物が手を組んだという事は、トワイライトのメンバーにとっては、恐るべき災難となり得る。それを察した画面の向こう側は、騒然として一気に混乱した。
アンジェロや何人かが落ち着くように言って、なんとか落ち着きを取り戻したが、それでも動揺が画面上にゆらいでいる。
「その魔術師の名前は、サイラス・アヴァリ。ご存知の方もいらっしゃると思います。サイラスは魔法で存在をかく乱しています。私の千里眼でも見つけ出すことはできませんでした。ですが、常に姿を消しているわけではないと思います。ですので、まずは人海戦術でサイラスを見つけ出したいと思います」
アンジェロの提案を聞いて、南米でマフィアをやっているチュパカブラのアレハンドロが唸った。
「あの小僧か、もちろん覚えてるぜ。だがあの小僧、そんな事考えるような奴じゃなかったはずだがな。俺はアイツの事は結構気に入ってたんだが」
アレハンドロはサイラスを知っているから、彼が変わってしまった原因が、恐らく内輪もめだと察したのだろう。探るようにアンジェロを見つめてくる。その迫力にも気圧されず、アンジェロは続けた。
「確かにサイラスは虫も殺せないような男でした。彼は変わりました。ですが、なぜ彼が変わってしまったのか、彼の身に何が起きて彼を絶望に貶めたのか、我々もわからないのです。ですから、サイラスを確保して話を聞き、誤解があれば誤解を解くのが理想です。ですが、アレックス――神の化け物――が一緒ですから、どの道戦いを避けることはできません」
白衣を着たエンプーサの青年、ニコラスが同情的な眼差しを向けながら言った。
「君たちはそれでいいのか?」
「御存知の方もいらっしゃると思いますが、サイラスには神の加護がありました。ですが今は神の加護を離れた、神に見放された存在となりました。神に愛された少年が、神に見放される結果となったのは、神にもどうしようもない変化が彼に起きたと推測できます。手段の一つとして彼との対話は望んでいます。ですが私は、不可能であると考えます」
「私は、と言ったね。君個人の考えという事か?」
「伯爵とメリッサは対話を望んでいますが、私は不可能と考えます。その対話の為に、何人犠牲になるかわかりませんので」
「君たちも一枚岩ではないのだね。なんなら君は別口でトワイライトに入会するかい? その、なんだ、ヴィンセントが怒っていそうだし」
確かに横からヴィンセントがものすごい形相で睨んでいるが、何とか平静を保ってアンジェロは続けた。
「いいえ、私は名代で結構です。人間なので入会基準も満たしておりません。お誘いは有難うございます」
アンジェロの返事にニコラスが苦笑いを返したのを見て話を戻した。
「話を続けますが、何をするにしてもサイラスを探す必要があります。先程も申しました通り、私の超能力を駆使しても見つかりません。ですが、常に姿を隠しているとは思えませんので、どこかで姿を現すでしょう。そのどこか、ですが、トワイライトのメンバーが多く潜伏している国ギリシャ、サイラスの出身国で伯爵の潜伏地インド、私と伯爵の眷愛隷属が住まうアメリカが、サイラスの行き先として可能性の高い場所と考えられます。恐らく現在はニューヨーク近郊にいるものとして、私の仲間に千里眼で探らせていますが、まだ発見できていません。ですから、探すには人数が必要です」
話を聞いて、中国の古い民族衣装をまとった、白深精の名代である、虎少年が尋ねた。
「サイラスは魔法使いなたアルね。深精様は変身できるアルよ。サイラスもできるようになてるアルか?」
「その可能性もあります。変身を見破る方法を御存知ですか?」
「気を読めればすぐわかるネ。深精様くらいになると、気を隠すのも上手いアル。でもサイラスは違うネ」
気を読むというのがアンジェロにはイマイチわからなかったが、後ろからメリッサが「私は出来るわ」と言った。メリッサには魔力やオーラの様な波動が分かるらしい。トワイライトの中にも何人か気や気配が読めるという者がいたので、何とかなるかもしれない。
「もし見つけたらどうするの?」
幼女の姿をしたラミア族のリディアが尋ねた。普段から子どもの相手をしている癖で、アンジェロはにっこりと微笑んだ。釣られてリディアも微笑んだ。
「もし見つけたら連絡してください。間違っても攻撃せず逃亡してください。危険です」
「ん~……」
忠告を受けてリディアは考え込むように宙を仰ぐ。リディアの中では、ナヨナヨして泣き虫でチキンなサイラスしか記憶にないのだ。そのサイラスが危険と言われてもピンと来ない。
「仮にサイラスが攻撃してきたとして、魔術師は突発的な事態には充分に対応できないはずじゃない? ほら、魔法って色々準備が必要じゃん?」
「恐らく時間差は解消されています。サイラスはヴァルブラン博士の研究所からナノマシンを盗み出しました。恐らくはナノマシンに魔法をかけて体内に注入し、自動で魔法が作動する様にプログラムするはずです。そうなると、魔術師の唯一の欠点である、タイムラグが解消されてしまっていると考えてよいでしょう」
「ナノマシン……その手があったかぁ……これだから現代っ子は!」
リディアを初めとして、幾人かは頭を抱えてしまった。ナノマシンにいくつもの魔法を仕込まれては、ほとんどサイラス自体が歩く生物兵器と言っても過言ではない。なるほど、逃げろと言われるはずだとメンバーは納得した。
その後の事を再び相談していると、アンジェロの電話が鳴った。もしかしたらレオナルドがサイラスを見つけたのかと思ったが、相手は予想していなかった相手で、出来る事ならあまり関わりたくない相手だった。渋々電話に出てみる。
「ご無沙汰しております。どのようなご用件で……ええ、はい、は? いえ、そのような……ええ、全く……善処しますが……はぁ、えぇ、失礼します」
アンジェロの反応から、誰の目から見ても楽しそうな話ではない事が明白だ。ヴィンセントが電話を切ったアンジェロに尋ねた。アンジェロはそれに深い溜息を吐いて、ヴィンセントを見た後画面に向いた。
「ペンタゴンの長官からでした。今日発生したテロが明らかにおかしいので、また私や私の家族が何かしたのではないかと確認の電話でした」
アンジェロとミナは普段から無茶をかまし、政府に喧嘩を売るなど夫婦そろって血の気が多い。なので政府のお偉いさんからはずっと監視対象で目を付けられている。今日起きたテロは、どうやら人間業ではなかったらしい。それで国防省の長官が念の為アンジェロに確認して来たのだ。勿論、電話で確認して来るくらいだから、アンジェロが理由もなくテロを起こすなどと、長官も思っていない。だから電話してきたわけだが、一応超能力者仲間などに不審な動きがないか調査してくれないかと言われてしまった。
「私とミナ以外で、テロや戦争に参加する者は居りません。今日のテロは私の把握していない超能力者、あるいは人外、あるいはサイラスたちでしょう」
そう告げると、ルー・ガルーだというスーツを着て清潔に髪を整えた青年、ルキウスが尋ねた。
「世界の破滅を望んでいるとはいえ、こんな短期間に小規模なテロを起こす意義は何だ?」
「恐らく、何かの実験でしょう。ナノマシンを手に入れた事ですし、実践的に使用してみて効果測定をしていると考えるのが妥当です」
「実験……そんな事の為に、街中でブッ放すような奴じゃなかったんだがなぁ」
本当に残念そうにアレハンドロが言って、ルキウスも神妙に視線を落とした。そして、もう一度視線を上げると、アンジェロを真っ直ぐ見据えた。
「私はギリシャ内閣与党幹事長として、この件は重く受け止めている。持ち帰り厳正に審査させていただく。実験の為にテロを起こすような人物を野放しには出来ない。もし、その二人の攻撃の矛先が我が国に向いた時は、我が国は反撃する用意がある」
アンジェロはルキウスが国を背負う程の重鎮だとは思っておらず驚いたが、国を背負うからこそ、軍を動かしてでも国民を守るのは当然の義務だ。ルキウスの宣言は、国家としては当然の判断だった。
「わかりました。自衛に関しては、我々が意見するところではありません。それぞれの判断にお任せいたしますし、必要であれば協力します」
しばらく全員と今後の予定を相談し合って、ようやくひと段落ついた頃には、ネット会談は5時間にも及んでいた。
ネットを切ってアンジェロが一息つこうとコーヒーを口につけたところで、また携帯電話が鳴った。今度は一体誰だと思いながら画面を見ると、待ち望んでいた相手からだった。アンジェロはカップを置くとすぐに電話に出た。
「レオ!」
「よッ。やぁーっとあの僕ちゃん、見つけたぜ」
見つけた。サイラスを見つけることが出来た。思わずアンジェロは立ち上がって、興奮した様子で電話口に詳細を尋ねた。
サイラスはまだアメリカにいた。場所は空港で、姿を消せたとしても、空港のセンサーは騙せないと思ったのか、空港で姿を現したらしい。サイラスがいる付近のゲートナンバーを聞いて、アンジェロはヴィンセントに手を差し出した。
ヴィンセントがアンジェロの手を掴んで、慌ててメリッサも手を掴む。ミナがメリッサからエリカを取り上げて、コクリと真剣なまなざしで頷く。それにアンジェロも頷いて、アンジェロは2人を連れて、空港へと空間転移した。




