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双極性障害


 見つめる先にいるのはメリッサ。エリカを抱いて庭を散策しながら、ヴィンセントと話に花を咲かせて、笑っている。

 一挙一動を目で追う。揺れる腰まである艶やかな髪、たおやかな手足、優雅に変わる表情と、澄んだ声と笑い声。

 視線を遮る、最近覚えた煙草の煙が邪魔に感じる。

 ぼうっとそれを見つめて、灰が落ちそうになるとオモヒカネがその下に灰皿を差し出した。


「悔しいか」

「なにが?」


 灰皿を受け取って、灰を落とす。相変わらずオモヒカネはゆらゆらと尻尾を揺らせる。親のような目をして言った。

 今までサイラスが一番メリッサの傍にいた。メリッサの一番近くにいたのは、サイラスなのに。


「帰ってきたあの吸血鬼に、アッサリとその一番にとってかわられて、悔しいのじゃろう?」

「……」 

「ダメじゃぞ」


 優しいが強い口調で、ハッキリとオモヒカネは言った。


「今まで間違いなく、お前にとっての一番はメリッサで、メリッサにとっての一番はお前じゃった。だが本来は」

「わかってる。その為に、待っていたんだ。俺達の一族は、ママは」


 オモヒカネは返答を聞いて、ふぅと息を吐く。。


「メリッサは感謝しておるよ、お前に。お前がいつも傍にいたから、お前が努力して魔術師になったから、母娘ともども生き残れたのじゃ」

「そうかな」

「そうじゃ。ちゃんとメリッサはお前に感謝して、お前を大事に思ってる。じゃがメリッサは、お前だけの者ではないぞ」

「……わかってる」

「お前のそれはただの嫉妬で、ただの独占欲と支配欲。愛情はもっと崇高なものじゃ。お前の抱える感情は穢れておる」


 思わぬ言葉に、伏せていた視線を上げて、強く見返した。


「穢れてる? そんなことないよ」

「まぁ、年相応ではあるな」

「ガキだって言いたいのかよ」

 

 とは言ってみたものの、相手は神だ。神からしてみれば、確かに子どもだろう。


「確かに子供じゃが、そう言う問題ではないわい。サイラスらしくないのじゃよ」

「どういう意味だよ」

「愛情を獲得するために、他者を排除しようとする。お前はそんな奴ではなかった。愛情を獲得するために、もっと合理的に動いていたはずじゃのにな」

 

 確かにサイラスは、合理的な子どもだった。人間社会と言う物を知識として頭に入れているから、人に嫌われないためにどうしたらいいか、それを技術として用いていた。

 そんなサイラスからしてみれば、今の感情のままに生きている姿は、普通の人間らしくもあり、そしてサイラスらしくはない。

 だけどサイラスは、自分が何故そうなっているのか、一応わかっている。それは彼の胸を占めるのが、愛ではなく恋という現象だからだ。

 自分らしさを失う。だから、「心を奪われる」のが、恋というもの。


 神も人の営みは知っている。そう言う感情も知っているし理解もしている。だが、サイラスにかけた加護があることが、かえってオモヒカネを不安にさせた。


(サイラス、おぬしは人を憎むことに向いていない。わしのかけた加護も、生まれ持ったギフテッドも、諸刃の剣。引き金を引けば、簡単に絶望に落ちる。そうしたらおぬしはもう、人ではいられなくなるのじゃぞ)


 若い魔術師、長年の恋が実った天才少年。両親を失った傷が未だに癒えない、淋しがり屋の男。

 メリッサを手に入れた事で、奪われる恐怖がさらに助長された。他人ならば、人を幸福にするはずの恋愛も、サイラスには苦しみを呼び起こす。

 ギフテッド、神の加護、その副作用。


「わしは、幸せになってほしいんじゃ、おぬしに」


 言って、オモヒカネは尻尾を使ってサイラスの口から煙草を取り上げてもみ消し、子供にするようにポンポンと頭を撫でる。


「なんだよ?」

「自分を見失うな」


 そう言って、オモヒカネはしゅるりと姿を消した。


 それを見送ってサイラスは、また新しくタバコを取り出し、火をつけた。煙が夜風に舞って消える。紫色の。

 嫉妬心に色があるとしたら、紫色だ。


 幼い頃から見つめてきた。ずっと傍にいた。両親を除いて、メリッサは最大の理解者だった。


 メリッサ。


 オモヒカネの言う事は、言われなくてもよくわかっている。だけど正直な話、ヴィンセントは邪魔だ。

 ヴィンセントにしてみれば、邪魔なのはサイラスに間違いはないのだけど。

 ふと浮かぶ。


 人の恋路を邪魔する者は――。


 煙草を消して窓から捨てた。


 自分の手でメリッサを傷付ける事だけは、絶対にしたくはない。サイラスは常にメリッサを守護する立場にいたい。彼女のヒーローになりたい。例えば子どもやミナにとっての、アンジェロのように。

 夫婦という関係を隠れ蓑にして、支配して管理し続けていたい。自分の庭に鎖で繋いで、自分だけを頼ってほしい。

 他の誰かを頼りにして、他の誰かが涙を拭って、他の誰かに笑顔にしてもらうメリッサを外野から見るなんて、許されて良いことじゃない。 


 脳裏によみがえる。妹の様に可愛がっているミナ、なんだかんだで構っていた子分のボニーとクライド、メリッサを慈しむヴィンセント。数百年も昔から、メリッサと共に世界を旅してきた親友、ヴィンセント。


 思い出して、舌打ちをした。


 メリッサの事を思うと、ヴィンセントの帰還と、エリカの誕生を待ち望んでいた。

 だけど心の底から、切望していた。メリッサと言う女神が、自分の元へ堕天して来る日を。



 クソッ。ヴィンセント様なんて帰ってこなきゃよかったんだ。お前の方こそ、馬に蹴られて死んじまえ。


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