人の身の浅ましき
手術が終了して8時間ほど経過した頃、メリッサが言った。
「なんだか体がおかしいの。上手く動かせなくって……。それになんだか……」
メリッサの体は元々死者から吸血鬼化しただけあって、青白かったし精気を感じられない物だった。だが、今はそれに拍車がかかったように無機質さを感じた。それ以上に彼女の体から放たれる体臭は、人間のそれとは違った。
――腐敗している。
直感的にサイラスはそう感じ取った。ナノマシンにかけた魔法の中には吸血鬼性の抑制、人間性の維持、メリッサの魔力の減退がある。つまりメリッサが死んだ時点まで体の状態が引き戻される。ナノマシンの消滅まではあと4時間ある。それまでメリッサの肉体が維持できるかわからない。メリッサが死後どれほどの期間を経て吸血鬼化したのか不明では、このまま放置していて良いとは思えなかった。
このままではメリッサの肉体は腐敗して機能しなくなる。それではメリッサが生きながらえた意味がない。すぐにアンジェラがアンジェロを呼んで、孤児院の地下にある冷蔵庫にメリッサを保存する事になった。
巨大な業務用冷蔵庫に閉じ込めなければならない。その事にメリッサも不安がったし、サイラスも申し訳ない気持ちで一杯だった。
「メリッサ様、こんなことになってごめん。必ず解決策を考えるから、ここでしばらく待っていてくれる?」
「だけど、ここはすごく寒いわ」
ナノマシンの魔法によってほとんど人間と同じになっているメリッサにとっては、冷蔵庫の中という環境は地獄に近かった。サイラスもそれは理解できていたが、メリッサを失うわけにはいかない。
「ごめん。必ずすぐに迎えに来るから、本当にゴメン」
「嫌よ、サイラス、サイラス!」
メリッサの悲痛な声が耳に届かぬように、サイラスは冷蔵庫の扉を閉めた。メリッサは人間としての能力しか今の時点では持ち合わせていない。冷蔵庫の中の2~3℃という環境に長時間耐えることは不可能だろう。時は一刻を争う。それに、例え耐えられたとしても冷蔵庫に閉じ込めておくなんて、サイラスの方が耐えられない。サイラスはすぐにヴィンセントやアンジェラ達と話し合いを始めた。
話し合いを始めて1時間ほどした頃、じっと考えていたヴィンセントが告げた。
「メリッサは今、吸血鬼としての能力を失っている。今なら私が吸血鬼化する事が可能だ」
既に吸血鬼化している吸血鬼を、他の吸血鬼の種族に変貌させることは不可能だ。だが、今ならメリッサはノスフェラートとしての能力を失っている。今なら、ドラクレスティの一族・ヴァンパイアとして蘇生する事は可能なはずだとヴィンセントは言う。
「でも、どうやって?」
質問したサイラスにヴィンセントが続ける。
「血分けを行う。私の血をメリッサに与える。そうすることでメリッサは確実にヴァンパイアとなり、今後ヴァンパイア以外にはなり得ない。それに私の能力を踏襲するという事は、最強の吸血鬼の血族になるということ。生半可な事で死ぬ事はない」
確かにヴィンセント配下のドラクレスティ一族・ヴァンパイアの能力は、攻撃力や再生力のいずれも、他の吸血鬼と比べても、比較にならない程に強力だ。なによりも、サイラスにもそれ以外の解決策が思い浮かばなかった。
すぐさまサイラスとヴィンセントはメリッサを閉じ込めた冷蔵庫を開けて、彼女に事情を説明して血分けを行った。
そもそも吸血鬼性を奥底に持っていたメリッサだったから、ヴィンセントの血分けはすぐに成功した。その証拠にメリッサはすぐにヴィンセントと同じ能力を出現させた。
なんとかメリッサの崩壊を止めることは出来た。あのままならメリッサはただの死体と同じように腐り落ちていただろう。メリッサは自分が美しい姿で生きることに誇りを持っていたし、吸血鬼として生きることに矜持を持っていた。それを踏みにじる事など出来ないし、彼女に生きていてほしかった。
メリッサの唯一無二の親友であるヴィンセントが吸血鬼化したのも、彼女にとっては良い事なのだろう。少なくともノスフェラートに吸血鬼化された時と違って、ヴィンセントの血分けはメリッサも望んだのだから。
だけどサイラスの中には、僅かにモヤモヤとしたわだかまりが残った。本当なら自分が解決してあげたかったのに、ヴィンセントに頼らざるを得なかった。愛する人の全てを自分が守りたいと思っていたのに、ヴィンセントがいないとどうにもならなかった。
その事が悔しかった。
否。
本当は違う、そんな事じゃない。悔しいのは、もっと浅ましい感情。
ヴィンセント様なんかじゃなくて、俺を頼ってほしかったのに。
そう言う感情が胸の内で渦巻いていることを、サイラスは自分自身で気づく事は出来なかった。自分の中にそんな汚い感情が生まれていることを、理解しなかったから。
ただ一人それを理解してしまったオモヒカネは、ただ自分のかけた加護の力を、信じるほかなかった。




