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愛を表す小さな花

 ピッピッ――。

 モニターの音が響き渡る。さすがに人間ではないだけあって、メリッサの心拍数は常に200オーバーのサイナスリズム。彼女にとってはこのHRが正常値。それが保たれているだけでも安心だ。

 アンジェラの持つメスがメリッサの下腹部を切り開く。開かれた創傷からは血液が流れ出る。

「修復はしてないみたいね」

「そうだな」

 アンジェラとジョヴァンニが封印の影響を確認し合うと、アンジェラは手術を続行する。彼女の手術に合わせて、サイラスが必要な機器をアンジェラに手渡していく。コッヘル、クーペ、ハーモニック、開腹器。

 想定されている手術時間は約3時間。ジョヴァンニの封印が必要なのはこの時間だけで済むが、彼の能力の限界が3時間程度であるというのも実情だ。モタモタしてはいられない。サイラスとアンジェラは手早く処置を進めていく。

 それでも、脂肪細胞の剥離、血管の剥離と切開や結紮、そう言った作業は慎重を要するので、いくら焦燥感が募ろうが焦るわけにはいかない。慎重に確実に主義を勧めるアンジェラを見ながら、サイラスは的確に手術の補助を行っていた。

 到達した子宮が切り開かれ、卵膜の向こう側に胎児の姿が見える。子宮の入り口近くには胎盤の姿も視認できた。

 卵膜を切り開いた直後、羊水が子宮から溢れ出るのを吸引する。そしてついに、アンジェラの手に胎児が取り上げられた。ここからが本番だ。

 胎児とつながる胎盤の剥離。速やかに子宮収縮剤が投与されて、子宮は収縮を始める。アンジェラが胎盤を剥離し始めたと同時に、ドプンと血液が羊水に混じり始める。夥しい血液が子宮内に満ちはじめたが、サイラスの魔法のお陰か出血は緩やかになる。出血を想定して用意していた輸血を投与し、メリッサの出血性ショックを緩和する。

 胎盤の全摘が完了し、ハーモニックで血管を焼き潰し止血。赤ん坊は既に透明のゆりかごに寝かされている。

 術式が終了し、子宮と腹部を縫合して、アンジェラの額に浮かんだ汗をサイラスが拭う。そして彼女が告げた。

「帝王切開術、終了です」

 その言葉を聞いた瞬間、サイラスの両膝から力が抜けて、がくんとその場に崩れ落ちた。慌てて支えてくれたアンジェラの腕の中で呟いた。

「成功した……」

「ええ、そうよ。メリッサも赤ちゃんも無事よ」

「本当に、成功したんだね」

「ええ、私の医学と貴方の魔法が勝ったのよ。吸血鬼の掟に、私達は勝った」

 支えてくれるアンジェラの腕に、ギュッとしがみついた。彼女の術衣に皺が寄った。

「俺達は、掟を覆したんだ」

「ええ、そうよ。私達が勝った」

「勝ったんだ……!」

「勝ったわ。メリッサも赤ちゃんも、貴方は未来を勝ち取った」

 アンジェラの言葉に滲んだ涙を拭って立ち上がる。未だに麻酔から目覚めないメリッサ。彼女の青白い美しい顔を眺めて、サイラスは口付けをした。

「メリッサ様、勝ったよ。これからは家族で、幸せになろう」

 メリッサを優しく抱きしめるサイラスに、アンジェラと封印を解いたジョヴァンニも、疲労した様子だったが穏やかに微笑んだ。


 それから数時間経って意識を取り戻したメリッサの傍には、アンジェラとジョヴァンニ、サイラスとヴィンセント、そして保育器に入った赤ん坊が傍に眠っていた。

 保育器から赤ん坊を取り出して抱きしめるメリッサに、ヴィンセントが傍によってメリッサを抱きしめた。

「よかったな」

「ええ、嬉しいわ。本当に、こんな奇跡が起きるなんて、信じられないわ」

「私もお前と赤子が無事でいてくれてうれしい」

「ヴィンセント、ありがとう」

 目を覚ましたメリッサに一番に抱き着きたいのは自分だったのに、先を越されてサイラスは少しムッとしたが、メリッサが泣きながら喜んでいるので飲み込んだ。ヴィンセントも直接自分には関係ないのに、常に協力してくれていたのだから、これくらい譲ってあげてもいいだろう。

 サイラスが傍によると、メリッサはヴィンセントの胸から顔を上げて、サイラスに身を寄せた。

「サイラス、私の為にありがとう」

「メリッサ様の為だったら、俺は何にでもなるよ。メリッサ様と赤ちゃんが無事で、本当に良かった」

 メリッサは泣きながらサイラスに赤ん坊ごと抱き着いて、幸せそうに微笑んだ。

「女の子ね」

「うん。きっとメリッサ様に似て、すごく綺麗な子になるよ」

「うふふ、そうね。この子は、いろんな人に助けられて、祝福されて生まれてきたのね。それなら、決めたわ」

「ん?」

 首を傾げたサイラスに、メリッサが微笑む。

「この子の名前はエリカ。愛しい小さな花」

 エリカ。ドイツ軍の軍歌としても有名な花の名前。祖国で待っている愛しい恋人の名前。愛情の象徴とされる小さな花の名前。

 可愛らしい名前にサイラスは微笑んで、メリッサとエリカに口付けを落とす。

「エリカ。可愛いね。エリカ」

「私達の宝物よ、エリカ」

 手術も魔法も成功し、サイラスとメリッサは至高の宝物である、エリカをその手に授かった。

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