父への弔い
サイラスもメリッサ同様に、吸血鬼の掟についての話を聞いた。そしてボニーが戻ってきて、彼女の言い分も聞いた。
だけどサイラスの胸の内にあるのは、アレックスが父の仇だという、その一点だけだった。
吸血鬼の掟だとか、ボニーの願いだとか、そんな事はどうだってよかった。幼馴染として一緒に育ってきた、アレックスとの友情だってどうだってよかった。重要なのはこの一点。
アレックスはレヴィ殺害の犯人である。
吸血鬼の掟だとか、事情だとか、そんな事は関係ない。アレックスがレヴィを殺害した、その事実は変えようがない。その事実だけが、サイラスにとっては重要だった。
サイラスは天才だった。2歳の頃から、自分は他の人間と違うと知っている。空はどうして青いの? 人間はどうして嘘を吐くの? 生物はどうして存在しているの? 大人にも答えられないような疑問をぶつけて、シャンティを困らせた事なんか、山ほどある。
シャンティに引き取られて、小学校の授業がつまらなくて悪態をついた。教員に向かって、こんな計算は3歳になる前に覚えたと言い放った。小学校の教員に対して、ポスト構造主義や量子論の発展、反物質の実現性等について論争を吹っ掛けて、教員の鼻っ柱を折って目の敵にされた。
プライドを傷つけられた教員が子どもたちをそそのかして、サイラスを仲間外れにして、学校ぐるみで彼をいじめた。だけど、サイラスはそんな事は気にも留めなかった。自分が人と違う事はとっくにわかっていたし、そんなつまらない手段を取る人間に迎合するほど、優しくもない。
だけど、理解していたのは頭の中だけで、彼の心は傷ついた。その時に言われた。
「人の気持ちが分からないのなら、勉強しなさい。勉強すれば、お前の力になる」
そう言ってくれたのは、養父であるレヴィだった。レヴィの言った通りに精神医学や社会心理学を学んで、社会環境にある程度は順応できるようになった。
今の自分があるのは、現実的な提案をしてくれたレヴィのお陰だ。今の自分があるのは、精神的な支えになってくれたシャンティのお陰だ。
サイラスは「ギフテッド」だ。神からの贈り物と称される、脳神経の特質を持って生まれた天才だ。その代償は大きく、社会環境になじめない。彼にとって社会は狭すぎる。孤独になりたいと思っているわけじゃない。だけど、どうしたら馴染めるのかが彼にはわからない。
それでも、馴染むための技術を、レヴィは獲得させてくれた。そのレヴィを、偉大なる父を、愛する父を、アレックスはサイラスから奪った。
友達だと思っていた。幼馴染だった。そのアレックスの裏切りを、サイラスは許せない。
ボニーが何を考えようが、どう思おうが関係ない。サイラスの頭の中には、ボニーに迎合しつつ、どうアレックスを抹殺するか、その策略を考えるだけだった。