表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/80

魔術師による魔術講座 1


 イギリスの連合国、ウェールズ公国の首都カーディフ。近代的な都市ではなく、歴史的な街並みを残した、風光明媚な街並みがサイラス達を出迎えた。

 尖塔の残る修道院、中世の面影を残す貴族屋敷、石造りの住宅に、郊外には未だに森や平原が広がっていて、森の中には太古の王が築いた城が苔むしている。

 そんな街並みを眺めながらヴィンセントに連れてこられた、史上最強の魔術師が住まう屋敷。その屋敷を見て、サイラスは全力で首を捻った。


「この立地はおかしいよ。行政はどんな仕事したんだよ」


 目の前には図書館がある。修道院を改修して造られたらしい図書館だ。それだけではない。その図書館の玄関のド真ん前に、図書館を覆い隠す様に一軒の貴族屋敷が建っている。この立地はおかしい。どう考えてもおかしい。

 この土地の権利と、建築を考えた人間の頭は、一体どうなっているのだとサイラスは首を捻るが、さらにおかしなことに気が付く。こんなに妙な立地なのに、周りをとおりすがる人たちは、全く気にしていないのだ。地元の人には見慣れているのだろうか。



 ひたすら首を捻るサイラスだったが、ヴィセントもそんなサイラスを見て考え込んだ。

 普通の人間には、この妙な立地に気付く事は出来ない。常に妖精エレインが結界を張っているので、図書館しか見えないし触れることもできない。マーリンの屋敷を、人間が目視できるはずがないのだ。屋敷を見ることが出来るのは、強力な魔力を持ち、尚且つマーリンに危害を加えない人物である場合のみだ。

 では、何故サイラスには見えるのか。サイラスはギフテッドを持っているし、神の加護もあるし、その影響だろうか。勿論マーリンに危害を加える気はないのだし、そう考えると辻褄はあう。

 ヴィンセントはそこで一旦納得する事にして、サイラスを促して屋敷に近づいた。


 ヴィンセントが促してサイラスも歩を進める。図書館のド真ん前に建てられた不思議な屋敷の門前には、年若い甲冑を着た門番が2人立っている。その門番は二人を見ると居すまいを正して、二人を誘う様にそれぞれが片手を中に向けた。

 門を通って薔薇を基調としたイングリッシュガーデンを抜け、屋敷の扉の前に立つと、扉が勝手に開かれた。それに驚きつつも、おずおずと中に歩みを進めた。

 おかしなことに、外からの見た目は屋敷にしか見えないのに、中の構造はどう見ても塔だった。ただただ長い階段が上に続いていて、ところどころ松明が灯されている。こんな階段を車椅子で登れるわけがないと、サイラスは白目を剥いていたが、ヴィンセントが後ろから車椅子を押し始めた。

 ヴィンセントの剛腕なら無理やり怪談も登れそうだが、タイヤがパンクしそうだし、きっと酷い揺れに襲われる。そう思って身構えていたが、不思議と坂道を上るように車椅子は階段を上っていく。

 ひたすら長い上り階段を上っていくと、ようやく最上階に到着した。その最上階の扉を、ヴィンセントがノックする。


「どうぞ」


 中から老人の声で返事が来て、ヴィンセントがドアを開けた瞬間、なんとも言えない薬っぽい匂いが鼻腔をくすぐった。

 ドアを開けたヴィンセントに促され入室すると、そこには大柄で濃い紫色のガウンを纏った、顔中に長いひげを生やした老人が揺り椅子に腰かけて、暖炉の前で本を読んでいた。そばの長机では、水色の長い髪をした美しい女性が、何やら薬を作っているようだ。フラスコの中で緑色の液体がぐつぐつと沸き立っている。

 見た事もない器械や、薬草が天井から吊るされているのを見渡していると、ヴィンセントがその老人に話しかけた。


「マーリン、久しぶりだ」

「ヴィンセント、久しぶりだな。第10次十字軍の話は聞いたよ」

「引きこもりのくせに、誰から聞いたと言うのだ」


 ヴィンセントの言葉に、老魔術師マーリンは、愉快そうに笑って肩を揺らした。水色の髪の女性、エレインが二人を促して、サイラスもヴィンセントの横に車椅子をつけた。

 挨拶や自己紹介もそこそこに、早速ヴィンセントは本題に入って、状況を説明し始めた。


「それで、メリッサは出産と同時に死亡してしまう可能性がある。そうならないよう、この小僧も色々と医学の研究はしているが、吸血鬼の掟は魔力や呪いによるものだ。非科学的な事に関しては、小僧にも打つ手がない。マーリン、力を貸してもらえるか」

「メリッサは何と?」

「出来る事なら、生きたいと」


 ヴィンセントの返事を聞いて、マーリンは考え込み顎鬚を撫でた。


「言い難いが、メリッサは出産で死ぬ運命だ」

「運命は変えられないの?」


 思わず尋ねたサイラスに、マーリンはむふぅと鼻から息を吐きながら、やはり考え込むようにして答える。


「変えられない、ということはない。ただ、運命が変われば未来が変わる」

「それって悪い事?」

「悪くはない」

「その変えられた未来が、貴方にとって好ましくないの? 」

「それは違う。変わった先の未来はまだ不確定だからな」

「じゃぁ、なんで?」

「メリッサにとって最も幸福な死に場所がなくなる」


 それを聞いて、サイラスも考え込んだ。確かに子どもを産んで死ぬと言うのは、メリッサの人生の中ではかなり幸福な死に方だ。何しろメリッサは吸血鬼なのだから、彼女の死に様はどう考えても、他殺意外にあり得ないからだ。それを考えると、子どもを産んで死ぬと言うのは、メリッサにとって最も幸福な死に場所と言える。

 でも、とサイラスは顔を上げた。


「死ぬ事を考えたいわけじゃない。生きることを考えたいんだ。これからも生き続ければ、死ぬときの事なんか考える必要ない」


 サイラスの言葉を聞いて、マーリンは笑った。


「確かにその通りだね。若者らしい考えで、初々しい」

「バカにしてる?」


 マーリンは片眉を上げて口の端で笑う。どうやらこのジーサン、中々の皮肉屋だ。

 サイラスがムッとしていると、ヴィンセントも笑いながら会話に入った。


「確かにコイツは無鉄砲なところはあるが、ただメリッサを失いたくないだけだ。それは私も同じだ」

「そうだろうね」

「マーリンもそうだろう?」

「そうだね。私の友人はもう、数少ない。時の流れの中で死んでしまった」

「ならば力を貸してくれるか」

「知恵ならば貸そう」


 マーリンの返事に満足した様に、ヴィンセントが頷く。そしてヴィンセントとマーリンが揃って、サイラスに視線を注ぐ。


「え、なに?」

「エレイン、教材だ」

「はい、マーリン様」

「サイラス、心して聞けよ」

「え?」


 サイラス的には唐突に、マーリンによる魔術講座スタートである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ