第10次十字軍 5
ヴィンセントが土壌を隆起させ、ぐらついた地面に足を取られた時には、人間たちは盛り上がる土に押しつぶされ、一緒に流されてきた地雷の爆発に巻き込まれる。この城の庭は既に、巨大な棺だった。
あれほどの人間たちが押し寄せていたのに、土煙が晴れたサイラスの視界に映る人間の数は、最早数えるほどしか残っていない。土に呑まれた者もいれば、逃げ出した者もいただろう。こちらは数が少ないのだし、逃げた者まで追う気はない。アンジェロ達の所にどれほどの人員を割いているのかは知らないが、援軍がなければこちらの勝ちだ。
ヴィンセントの広範囲かつ圧倒的な攻撃の前には、アレックスもなすすべはなかった。アレックスも死にはしなかったが、ヴィンセントの引き起こした地震、土石流、それに続く亜空間ボッシュートと断裂。大技の連続でヴィンセントもそれなりに疲れるが、一方的に攻撃を受け続けた上に、全ての攻撃が遮断されたアレックスの疲労は目に見えた。
疲労した様子のアレックスが、でこぼこに荒れた地面に膝をついて、そして両手を組んでいるのが見える。それはまるで、祈っているようだった。
「神よ、われらをお救い下さい。このままでは、吸血鬼の血を手に入れることが出来ません」
アレックスの祈りがサイラスの耳に届いた時、アレックスの前に顕現した者が在った。それは白い翼を生やした、金色の長髪を持つ、男か女かわからない、中性的な美貌を持つ者だった。その者――プセウドテイ――が、アレックスに告げた。
「もうよいのです。あなたは成すべきことを成した」
「私はまだ成しておりません」
アレックスはそう返したが、プセウドテイは嫌らしく笑い返した。
「いいや、お前はよくやった。聖遺物を己の血で穢し、私に多くの魂を貢いでくれた。これだけあれば、吸血鬼の血などなくとも十分だ。その釘の力は本物だ。お前が穢した為に神の力は失われたが、代わりに魔力が宿った。褒美にお前にくれてやる。お前が求めていた力が手に入った、本望だろう? 最早お前は、人間には戻れない。お前も化け物の仲間入りだ」
そう言うと、プセウドテイはそこから消え去った。思わずオモヒカネを見ると、憎々しげに瞳をきらめかせ、首を横に振った。
「あ奴はそもそも、戦いで人が死ぬ事を求めていただけじゃ。この戦いで犠牲になった人間、約2万。それがプセウドテイの物になった。これは悪魔にとっては、大収穫じゃ。そりゃぁ、満足するじゃろうなぁ」
アレックスが他人を死に追いやって、その魂を得ることを目的にしていた。その為にアレックスは利用されて、化物を憎んでいたのに、化物になってしまった。
アレックスは確かに力を求めていたのだろうが、化物になるのは本意ではなかったはずだ。その証拠にアレックスは苦しんで、消えてしまったプセウドテイに、縋るように祈り続けている。
最早その祈りは呪詛でしかなくて、血を吐く様な懇願になっていった。それを見ているとサイラスもいたたまれない気持ちになったが、アレックスをこんな事で許してやろうとは思わない。
ただ、もう人間ではなくなってしまって、悪魔から分け与えられた力を手に入れてしまって、神にも見放されてヴァチカンからも破門されるだろう。そのアレックスが、最後に縋りたいのが誰なのか、サイラスは知っている。
荒れ果てた城の庭を歩いて、アレックスの元に歩き出す。いつの間にか、シカリウス達は退避して誰もいなくなっていた。上空から様子を窺う様にヘリが1基旋回しているだけだ。
「アレックス」
じゃり、と土を踏みしめる音と、サイラスの声に、アレックスが涙に濡れた顔を上げた。
「……サイラス、俺に神は降りてこなかった」
「俺には、降りてきた」
「神は……俺をお見捨てになった」
「俺は、お前を見捨てない」
サイラスの言葉に、アレックスが大粒の涙を流した。
「俺を、許すの」
「バカ言うな。絶対に許さないし、殺してやりたいよ。だけど、俺と一緒にインドに帰るんだ。そして、パパとクライド様の墓の前で謝って、ママとボニー様に謝って、警察に自首しろ。そんで、罪を償え」
「どう、して」
「ママとボニー様が、お前に生きていてほしいって思ってるから。だから、お前は殺さない。お前が出所してきたら、殺してやってもいい」
泣き崩れるアレックスを、サイラスが見下ろしていた。その時、上空からぴちゃりと何かが落ちてきた。サイラスの近くにその液体が降り注いで、その瞬間に強烈な眩暈と嘔吐感に襲われた。
動けない、意識がもうろうとする。手足が痙攣している、視界が真っ暗に暗転する。
何かしらの毒物か薬物が使われる可能性を考慮していたが、まさか戦いも終わった後に使われるとは思わなかった。
もしかしたら長官は、あれが神じゃないと気付いていて、アレックスごと処分するつもりだったのかもしれない。そういう考えが一瞬よぎったが、最早思考すらも出来ない。
一瞬で回るほどの神経毒を嗅がされてしまったのだ。吸血鬼たちにもなすすべはない。こちらに来てはいけない。
それはヴィンセント達も予め聞かされていたし、化学兵器を散布された時は、竜巻を起こしてなるべく吹き飛ばすように言われていて、ヴィンセントはすぐさまそうした。
だけどもう、サイラスは呼吸も出来ない。脈が弱くなっているのが自分でわかる。既に意識を保つのは困難で、サイラスは意識を手放した。
メリッサにサイラスを必ず守ると約束したのに、化学兵器の前には役に立たない。ヴィンセントが行っても、風でガスを吹き飛ばせていたとしても、土壌にしみこんだ液体から気化したガスにすぐにやられるだろう。
自分が役立たずなどという経験をしたのは初めてで、ヴィンセントは悔しさで飛び出そうとしたが、レオナルドとクリスティアーノに止められた。クリスティアーノは不老不死なので、きっと苦しみはするが死なないはずだ。そう言って飛び出そうとしたところで、竜巻の風の中から、ゆっくりと人影が姿を現した。
「お前……」
「っ、がはっ、はぁ、はぁ……サリ……サイラスを、助け……」
サイラスを担いだアレックスが、自らも血を吐きながら、クリスティアーノに助けを求めると、その場に力尽きて倒れ伏した。




