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第10次十字軍 2


 リディアからの通信を受け取って胸をなでおろしていたサイラスに、レオナルドが言った。


「油断すんな。取りこぼした奴らがいる。中隊規模が2つ、嬢ちゃんたちを取り囲もうとしてるぞ」


 その助言を受けると、すぐにサイラスはヴィンセントに振り向いた。ヴィンセントは返事も返さず、すぐにそこから姿を消した。

 ヴィンセントは即座にリディアたちの元に姿を現し、ラミア一族を連れてサイラスの元に戻った。一瞬驚いたラミア一族だったが、あらかじめ作戦で聞いていたので、すぐに落ち着きを取り戻す。


「あたし達、囲まれてた?」

「うん。負傷者はいない?」

「今の所0よ。ありがと」

「いいんだ」


 勿論、取り逃がした騎士団員に包囲されることも想定済みだ。あれほど派手な攻撃をしていたのだから、遠巻きに包囲されて当然だ。その為に離脱させることも伝えておいた。サイラスは、一人だってこちら側の犠牲者を出したくなかった。だから、いつだって逃げる算段は考えている。

 夥しい数のヘリがやってきて、徐々にレオナルドでも対応しきれなくなってくる。いかにレオナルドが優れた狙撃手でも、迫撃砲の方がレオナルドについていけないのだ。その分をβ隊に担ってもらっていたが、それでも取りこぼして地上に降りてしまう分はいた。


「アレハンドロさん、アルファいける?」

「おう」


 だから、アレハンドロの地上部隊、アルファを用意している。チュパカブラは飛行も出来るが、元々は近接戦闘向きの種族だ。なので、空中でも強いが、陸上ではもっと強い。

 森の中に待機させていたα隊が動き出す。まるでニンジャの様に木々を飛び移って、すぐさま人間の匂いを嗅ぎつけて強襲する。その勢いこそまさに、マフィアにならなかったら、何になるのか疑わしいほどの攻撃性だ。

 α隊の吸血鬼たちは地を駆け、木々の隙間を駆けて迫る。その勢いもさることながら、人間たちが最も恐怖したのは、α隊の吸血鬼たちの、恍惚に満ちた表情だった。

 銃を乱射しても、防弾チョッキに衝撃が殺される。ただでさえ銀は他の好物よりも強度が弱い為、以下に吸血鬼と言っても防弾チョッキを実装されては、衝撃すらも伝わらない。

 苦肉の策でナイフを振るっても、一撃で心臓か頭部を刺突できねば、次の瞬間に命を刈り取られるのは、人間の方だった。

 それほどの剛腕、それほどのスピード、それほどの狂奔。人間社会に溶け込むために、日頃から抑圧された殺害の欲望を満たす如く、吸血鬼たちは狂気的に、そして事務的に殺戮をこなしていく。


 淡々と、坦々と、消えゆく命。きっと、今この戦いに参加している聖職者にも、家族は会っただろう。愛すべき人がいただろう。大事な人がいただろう。それらの人々から、サイラスの命令で彼らを奪った。

 サイラスは既に人殺しだった。自分で何もしていないだけで、既に千人以上の人間を死に追いやっている。

 だが、それでも引けない。こんな事で挫けてはいられない。自分は決めたのだ、闘うのだと。敵は決意したのだ、吸血鬼を倒すのだと。


 ヴィンセントが言っていた。それが闘争の契約だと。

 殺しに来た者は、殺されなければならない!

 守るべき者を守って、何が悪い!


 サイラスが自分にそう言い聞かせた時、ほうっと心の中に灯が宿ったように暖かくなった。それが何なのかはわからなかったが、その温もりと同時に、苦しみが薄らいでいくのが分かる。

 何が起きているのかはわからなかったが、事情は何となく分かる。きっとオモヒカネが何かしたのだろう。フードから出たオモヒカネが心配そうにサイラスの首に巻きつくのを感じて、サイラスは大丈夫だと返すように、オモヒカネを優しく撫でる。

 そして、決意を新たにして指示を出す。


「α隊、後退! レオさんは狙撃を減らして、リディアさん達はドレスコード!」


 α隊は徐々に後退し、レオナルドは狙撃の手を緩める。そしてリディアたちは殺した人間の血糊で、血化粧を始める。

 吸血鬼の勢力が減弱したのを見て取って、人間たちの攻撃は苛烈さを増してゆく。

 ヘリからの機銃の攻撃が届く範囲まで近づいて、こちらの夥しい数の銃弾が撃ち込まれる。その音は一部の隙もないほどで、硝煙の匂いがこちらにまで届いた。

 陸上からは、攻撃を逃れた人間たちと、後続の部隊たちの足音が近づいている。

 上空、そして地上からの攻撃の人員は、レオナルドによると約2万人にも及ぶ。その報告を聞いて、ヴィンセントを見た。


「ヴィンセント様、行ける?」

「問題ない」


 不遜に笑うヴィンセントに、サイラスも微笑み返す。ここからが正念場だ。犠牲を出さずに、戦いに勝つ。その為に、必要なこと。普通に考えて、戦いに犠牲はつきものだが、サイラスはそれを知っていても犠牲を出したくなかった。少なくとも、吸血鬼たちを誰一人死なせたくなかった。

 全く知らない人間よりも、数日過ごして見知った人間の方が大事。それは、誰だってそうだろう。なにより、吸血鬼たちはサイラスを迫害しない。人間と違うと言って差別したりはしない。そんな人たちを、失うわけにはいかない。

 そして、サイラスは強く空を睨む。何よりも打ち倒すべき、仇敵。アレックスを殺すまでは、アレックスを喜ばせる材料など、何一つ与えてやる気はない。

 アレックスとの決着は、必ずフィレンツェで。今夜、この場所で決する。その為に、見知らぬ人間が、数万の人間に殺意を向けられようが、耐えられる。

 目的を違えることはない。それは、ギフテッドの才能の一つでもある。ギフテッドが天才と呼ばれるのは、その天才的な頭脳もさることながら、一つの問題にとことん付き合う性格からくるものだ。だからサイラスは目的と手段を間違えたりしない。


「来いよ、アレックス」 

  

 ただ、アレックスを待ち構える。ただ、ただ、アレックスを殺害する。心から、レヴィや犠牲になった人たちの仇を討ちたい。心底、これ以上誰も失いたいくない。

 その想いを全うするために、サイラスは空を睨んだ。

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