吸血鬼にとっての禁忌
アンジェロとミナは、ボニーとメリッサを連れて、アメリカに戻ってきていた。アンジェロの居室では、ボニーが錯乱して髪を振り乱していた。
「なんで……なんでなの!?」
何故こんなことが起きてしまったのか、その理由をミナとアンジェロは知っていた。こうなることを恐れたから、嫌われることを覚悟で堕胎を進言した。絶交を言い渡された後も、何度も電話を掛けた。それでも聞いてくれなくて、ついには取り次いでもらえなくなった。何度も手紙を送ったが、なしのつぶてだった。シャンティに頼んで伝えてもらったが、シャンティまで怒鳴りつけられてしまった。
ミナ達の助言を聞かなかったから、こういう結果になってしまった。
それは事実としては正しいが、目の前で息子に夫を殺されたばかりの女性に、そんな心無い事実を伝える事など出来ない。
ボニーが錯乱してミナ達に当たり散らすのを、ただ受け止めることしかできない。
暴れ疲れ、泣き疲れたボニーを空き部屋で休ませ、部屋を出たところで、メリッサが尋ねた。
「あなた達が堕せと言ったのは、この事を見越しての事だったの?」
「はい」
「どういうことなのか、教えてもらえる?」
「わかりました」
ミナとアンジェロは頷いて、メリッサを応接室に連れてきた。ここは政界人も訪れるような別荘なので、応接室などは完全防音になっているのだ。その部屋の高価なカウチに腰かけて、アンジェロとミナで説明を始めた。
吸血鬼にはいくつか習性や性質に基づく掟がある。例えば、吸血鬼が吸血鬼の血液を飲んではいけない、などがそれにあたる。
今回の場合は、「吸血鬼同士で子を為してはならない」という物だ。これは前述の血を飲んではならない事と原理が似ている。
吸血鬼はほとんどの場合、子どもを作ることが出来ない。人間と同じように子どもを作れる種族もいるが、大体の種族が妊娠出産の確率はかなり低い。パートナーが人間だった場合は、その確率も上昇するが、それでも人間に比べれば低い方だ。
だが、吸血鬼はあくまで人間から派生したという枠を出ることはないので、全く妊娠しないというわけではない。吸血鬼が妊娠しにくいのは、妊娠の為に必要な血液が子宮内に満たされる前に、体内に吸収されてしまうからだ。なので、運が良ければ妊娠する事はある。
そして、吸血鬼同士で子どもを作った場合、生理学的には妊娠したとしても、細胞分裂の経過で強い拒絶反応を起こす。普通はこの段階で受精卵が死滅するが、それでも順調に経過して出産してしまった場合、生まれてきた子どもは、両親に対して拒絶を感じるようになる。
子どもは拒絶反応を意志として植えつけられる。母の血液からは父の血液への拒絶を、父の血液からは母の血液への拒絶を。子どもは両親を殺害する意思を持って、生まれてくることになるのだ。生まれてくる子どもは、生まれながらのヴァンパイアハンターなのだ。だから、吸血鬼同士で子を為すことは禁忌とされている。
メリッサが顔の前で手を組んで、深く溜息を吐いた。
「そうね……禁忌を犯した吸血鬼は、必ず死ぬ。ボニーとクライドは、子どもによって殺される……それが掟で、定めなのね」
「はい……」
本当は、ミナ達だって、我が子を殺せだなんて、そんな事を言いたくはない。だけど、ボニーとクライドを失いたくなかったし、愛する子どもに反逆されて殺されるなんて、辛い思いをして欲しくなかった。
だけどもう、手遅れだ。クライドは既に殺害されてしまった。アレックスはボニーを探して殺しに来るだろう。
だから、ボニーがどう思おうが、どう考えようか、とにかくボニーを守りきらなければならない。
その事はメリッサも理解した。アレックスがどの程度の力を持ったヴァンパイアハンターなのかはわからない。ミナとアンジェロがいれば、ボニーも守れるとは思うが、この孤児院の子どもたちを危険にさらすわけにはいかない。ボニーはどこかに身を隠してもらう必要がある。
そう考えて、メリッサが言った。
「ボニーがどうしたいのか、それを聞いてからになるけれど、今後の事はヴィンセントと合流してから決めるわ」
「そうですか。しばらくは、ウチでゆっくり過ごしてください。私やミナを初め、超能力者が多くいますから、余所よりは安全です」
「ありがとう。恩に着るわ」
メリッサもアンジェロも、表面上は笑顔で言葉を交わしたが、その心の内は暗澹たる思いが拭えなかった。