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開戦宣言


 城の外に出ると、空の星々は厚い雲に覆い隠されていて、風も出ている。天気予報では雨ではなかったが、この様子だと、数時間もすると降り出すかもしれない。

 フィレンツェの空にかかっているのは、雨雲だけではない。ピリピリとした緊張感と、不穏な気配、そして圧倒されるような殺気が、空じゅうを埋め尽くしているように感じる。

 サイラスは城の外にいた。本当は城の中にいたいところだったが、作戦上、ヴィンセントの傍にいた方が都合がよかったのだ。それにヴィンセントの傍なら、ある意味一番安全な場所だろう。

 無線でクリスティアーノから報告を貰った途端、ふぅっと煙草の煙を拭く音がして、煙草の香りが漂った。


「来るぜ。神の兵隊が」


 一人の男が、サイラスにそう伝えた。その男は70代の高齢者だが、10歳は若く見える。真っ白の白髪で、前頭部が少し後退している。年齢的にはダンディさを求めたいところだが、その男はつかみどころのない態度で、暢気に煙草を吸っていた。

 アンジェロが派遣してくれた、彼のもう一人の親友である、レオナルド・ジュリアーニ。元FBIの超能力捜査官で、強化人間型ベースの千里眼を持つ超能力者。その超能力もさることながら、元々の身体能力の高さ、身体能力と超能力によって底上げされた狙撃の腕で、特別捜査官として華々しい経歴を持つ男だ。

 勿論高齢なので、FBIは既に引退してしまったが、かつての同僚や部下たちは、彼をこう評している。「最強の年金生活者」と。アンジェロやクリスティアーノなどの不老不死者を除けば、間違いなくアメリカでは最強のおじいちゃんだろう。

 ジョヴァンニもレオナルドも、歳をとっても元気で若々しい。こういう歳のとり方をしたいものである。レオナルドによると、若さの秘訣は恋をすることなのだそうだ。彼にも恋人がいるらしく、用事を済ませて早くアメリカに帰って、恋人の作るキッシュを食べたいなどと言っていた。

 その為にもまずは、この戦いを勝って終わらせることが最優先だ。


 サイラスには見えないが、レオナルドには見えているローマの空。その空には神の兵隊を乗せたヘリコプターが飛んでいて、こちらに向かっている様子。フィレンツェに到着するのは、およそ40分後だ。

 吸血鬼たちはアレハンドロの用意してくれた武器を手に取る。そして防弾チョッキを着て、サイラスから小瓶を受け取る。それを見てレオナルドは唸る。


「こんなに重装備の吸血鬼、初めて見たぜ。防弾チョッキ実装されちゃ、吸血鬼には有効な銀弾の威力も、あって無いようなもんだな」


 ヴァチカン側は化け物狩りのエキスパートだが、サイラスだって吸血鬼の生態研究はしてきた。吸血鬼の弱点はわかっているのだから、あらかじめそれに備えておけばよいのだ。敵に化学兵器を使用されると困りものだが、それでも室内で襲撃されるよりは野外の方が幾分かましだ。おあつらえ向きに、今日は風が強くて天気も悪い。ガスなどは吹き飛ばしてくれると期待しよう。 

 元々攻撃力の高い吸血鬼だ。防御力を補完してしまえば、ちょっとやそっとでは斃れない。こちらは150人しか手勢がいないのだから、人員は大事にしなければならない。


 大体の人員が武装を完了したのを見て、ヴィンセントのスピーチの前に、サイラスが全員の前に立った。人前に立つのは緊張して足が震えたが、それでも踏ん張って声を出した。


「人間の俺が何故ここにいるのか、疑問に思ってる人もいると思う。ヴァチカンの工作員じゃないのかとか、裏切るんじゃないのかとか、疑う気持ちもわかる。俺は人間で、あなた達は吸血鬼で、あなた達からしたら、人間とチンパンジー位違う人種ってのはわかってる。だけど、聞いてほしい」


 そう前置きして、サイラスは続けた。


「俺は、幼馴染がいた。子どもの頃からずっと一緒で、俺の事わかってくれてて、幼馴染が、アレックスが、俺の一番の親友だと思ってた。俺は生まれつき障害があって、そのせいで他の人間からいじめられてたから、俺の事好きでいてくれる人間以外は、怖くて近寄れなかった。だから、アイツの事、大事だった。

 でも、アイツはヴァンパイアハンターだった。生まれつきそう言う星の元に生まれた。そのせいで、俺のパパは巻き込まれて死んだ」


 初めはざわついていた吸血鬼たちも、いつしかサイラスの話に黙って聞き入っていた。それを見渡して、続けた。


「俺は、普通の人間とは違った。ギフテッドという才能を持って生まれた人間だった。だから人間からはつまはじきにされた。だけど、吸血鬼たちは俺を嫌いにならなかった。俺を愛してくれた。勿論、俺の両親も、俺の事を愛してくれた。だけど、俺を愛してくれる人を、俺が愛する人を奪おうとするのは、いつだって人間だ!」


 昂った感情を何とか抑えて、サイラスは続けた。


「人間は、異質なものを嫌う。自分と他人は違う、それだけで争いを始める。そう言う生き物だ。他の動物だってそうなのかもしれないけど、人間には感情や知恵が備わっている分、タチが悪い」


 サイラスはしっとりとした視線を、吸血鬼に向けた。


「俺はヴァンパイアハンターになった幼馴染に、家族を殺された。姫様の所の同胞も、何人も殺されてる。あなた達も、その危険にさらされている。だから、今ここにいてくれているんだと、俺はわかってる。俺みたいな人間の若造に命令されるのが癪だって気持ちはわかる。だけど、俺はあなた達と思いは同じなんだ。その気持ちはわかってほしい」


 ただでさえ黙っていた吸血鬼たちだったが、サイラスの言葉に静まり返り、どこか感傷的な雰囲気になった。そしてサイラスが続けた。


「俺は人間で、力もなくて、一人じゃ何もできないんだ。だから、みんなの力を貸してほしい。俺は見ず知らずの人間よりも、ずっと傍にいてくれた人の事を愛してる。俺の母親は勿論愛してるし、俺の恋人は吸血鬼だ。俺の友達も吸血鬼だ。そして全然知らない人よりも、はるかにあなた達の方が好きだよ。だから、あなた達と一緒に戦わせてほしい。俺には力はないけど、ギフテッドという才能がある。俺の頭脳全部を使って、あなた達に味方するって約束する。だから、力を貸してください」


 サイラスの懇願に、最初はしんと静まり返っていた城の庭先で、乾いた音が響きはじめた。見ると、アレハンドロが笑いながら手を叩いて、彼の同胞が手を叩きはじめ、その拍手は伝播して、大きな拍手の波になる。


「坊主、勇気あるな。自分の力の無さを、こんな人前で暴露するなんて、俺にゃぁできねぇ。俺は手伝ってやるぜ。坊主の作戦を信じる」


 アレハンドロの言葉に、深精シェンジンもリディアも頷いた。


「わらわ達は、もとよりそのつもりじゃ。ぬしが、わらわ達が生き残る手段を模索していることもわかっておる」

「アンタの才能は評価してるよ。人柄もね。心配しなくても、背後から襲ったりしない」


 アレハンドロ、深精、リディアの言葉に、サイラスは胸がいっぱいになって、目頭が熱くなった。信頼してくれる人がいる。その感動を味わうのは、本当に素晴らしい出来事だ。人から差別されていじめられてきたサイラスには、その機会は本当に少ない。だからこそ、心から思う。涙を流して言った。


「ありがとう。俺も、みんなの為に、出来ることは何でもする。みんなが生き残る為だったら、俺は何も、怖くない」


 人を守りたいという思い、人から信頼されるという自信と喜び。それらを得たサイラスは涙を拭って、少しだけ少年の顔から男の顔へと変わった。

 

 

「迫害されたままで甘んじていられるほど、我々はお人よしではないし、矜持を捨ててもいない。我々には家族があり、それなりに大事なものを持っている。それらを問答無用で切り捨てさせ、殺害するなど野蛮としか言いようがない。そもそも野蛮であった我らより、人間の方が余程野蛮だ。人間全てが悪いとは思わない。だが、牙を剥く者には容赦しない。それが、我々だ。

 我々の血は、魂そのもの。我々の命であり、精神だ。それをみだりに流すなど、許されざることだ。だが今は、その血を流してでも、闘う時べきだ。我々の今後の安寧の為に、失われた友の為に、愛する者を守るために、戦いは避けられない!

 戦いは避けられない、そして我らは必ず……勝利する!」


 ヴィンセントの演説で、いよいよ吸血鬼たちは扇動される。高揚した闘争心が、雄叫びとなって森中に広がっていく。その様相が最高潮に達した時、レオナルドが「そろそろだなぁ」と言った。

 サイラスにはやっぱりまだ見えないが、吸血鬼たちには視認できたようで、一斉に上空を見上げる。

 そして、サイラスが最初の仕事に取り掛かる。


「アレハンドロさん、βをお願い」


 指示を受け取ったアレハンドロが下に命令を下し、分隊の一つ「ベータ」を動かした。

 いよいよ、サイラスにも見えてきた。ヘリの機体は見えないが、照明は見えている。星とは違う動きで周囲を照らし出すサーチライトが、チラリとサイラスを照らし始めた。 


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