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それぞれの想い


 ヴィンセントの部屋にノックの音が響く。ヴィンセントの部屋を訪れる者は多いが、ノックの仕方でわかる位、付き合いの長い相手だろう。返事と共に入室してきたのは、やっぱりメリッサだった。

 大体は説教タイムが始まることが多いが、今回のメリッサは浮かない顔だ。どうやら愚痴若しくは相談事のようだ。

 腰かけるように促すと、メリッサはしずしずと隣に腰かけて、憂い顔で溜息を吐いている。その美しさと言ったら筆舌に尽くし難いものがあったが、ヴィンセント的には完全に面倒事を持ち込まれた気分だ。

「どうした?」

「私、今回の戦いには参加できないわ」

 ちょっとおざなりに聞いたが、メリッサの返答にヴィンセントは態度も姿勢も改めた。

「何かあったのか」

「ええ、ちょっと、気がかりな事があって」

「話せ」

 メリッサから聞かされた話は、ヴィンセントが頭を抱えるには十分なものだった。全く、どうしてこうも次から次へとトラブルが舞い込んでくるのか。

「いつだ?」

「おそらく、半年ほど先よ」

「小僧は知っているのか?」

「いいえ。今は言わない方がいいと思って」

「そうだな」

 今は大変な状況だ。誰にとっても。メリッサの話も十分一大事だが、片付いてからでも遅くはないだろう。その為に、メリッサがお願いをしに来たのだという事もわかった。メリッサが縋るような視線を向けた。

「サイラスは、ずっと傍にいてくれると言ったわ。人間のくせに……私よりも先に死んでしまうくせに……そう思っていたけれど、きっと私の方が先に死ぬわ。だから、お願いよ。何があっても、サイラスを守って。誰が死んでもいい。だけどサイラスだけは、死なせないで」

 ヴィンセントはメリッサの懇願に、素直に「当然だ」と頷いた。この戦いが終わったら、サイラスに話して、一旦インドに戻ろう。それで、何もかも元通りで、サイラスもヴィンセントもメリッサも、きっと穏やかな日常を取り戻せる。メリッサの為にも、サイラスを守り抜き、この戦いには必ず勝って日常を取り戻す必要があった。親友の命を懸けた願いを、必ず叶える。

 そう、全ては日常を取り戻すため。吸血鬼だからと言って、化け物だからと言って、それだけの理由で迫害されるなど、いい加減に御免だ。今回の戦いで、ヴァチカンの力を確実にそぎ落とす。

 ヴィンセントにとっても利益の大きい戦争だ。彼は久々に全力を出す腹積もりで、不遜に笑った。


 

*********


 ヴァチカンでは、着々と戦争の準備が進む中、礼拝堂でアレックスが祈りを捧げていた。

 神よ、教えてください。私に吸血鬼を打ち倒す力があるのか、教えてください。私はなんとしても、吸血鬼を倒さねばなりません。ですが、最強の吸血鬼の前に、私では足元にも及ばないかもしれません。どうしたら、私は最強の吸血鬼に勝てるのですか。

 その問いに、静かに、そして厳かに柔らかい光が答えた。

「鉄の王冠を手に入れよ」

 鉄の王冠とは、聖遺物である聖釘を薄く引き伸ばし、王冠の形にした聖遺物の一つだ。

「鉄の王冠を手に入れ、あるべき姿となせ」

 あるべき姿とは聖釘に戻すということ。聖釘の正しい姿は、イエス・キリストの手足を磔にした、あの釘の姿だ。

「鉄の王冠を聖釘に戻し、化け物を穿つのですか」

「いや、あの釘は我が子を磔にした。それは此度も変わらない」

「私自身が、聖釘を……そうすると、私は力を得られるのですね」

「そうだ。我が子よ。そなたは第2のイエスとなろう」

 ヤハウェからの予想外の啓示に、アレックスは歓喜に震えが止まらなかった。ヴィンセントやアンジェロを倒すには、今の自分では力不足だと、己の力の無さに喘いでいた。そこに舞い込んできた神の啓示、神の力を得られるという神託は、まさしく救いだった。

「必ずや、鉄の王冠を手に入れます。神よ、感謝します」

 きっとヴァチカンの人間は、そんな事は許さないだろう。勝手な加工を施されたものだが、それでも鉄の王冠は聖遺物に違いなかった。それをただの暗殺者が手に入れて、更に釘に加工しようというのだ。許されるはずがない。

 だが、神の啓示に逆らう事など、神の使徒たる神父に逆らえるはずもない。神の啓示は絶対。

 鉄の王冠は、必ず手に入れる。どんなところに所蔵されていようが、アレックスには問題なく手に入れられる。そして必ず、神の力を手に入れ、自分こそが第2のイエスとなる。

 思わず口角が上がったアレックスを包んだ光が、柔らかく、そして不安定にゆらいだ。


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