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ジュリア・スペンサー襲撃事件


 サイラスたちは御息所でちょっとゆっくりして、一旦インドに帰って見ようという事になった。勿論、途中でベトナムのボニーも拾っていくつもりだ。インドを出てから約半年。久しぶりにシャンティに会える。サイラスはわくわくしながら、アンジェロとテレパシーを取るヴィンセントを見ていたが、ヴィンセントの表情は良くない。

(アンジェロ、どうした?)

(すみません、伯爵。今それどころじゃないんです。ジュリアの所に、アレックス達が襲撃に来ています)

(なんだと!?)

(申し訳ありませんが、片付いたら連絡します)

 ヴィンセントから話を聞いたサイラスは、唸りながら焦った。アレックス達は一旦ヴァチカンに戻ったようだった。

 サイラスが敢えてヴァチカンが関与していない風を装ってスピーチしたのは、ヴァチカンがアレックス達を見捨てると踏んでいたからだ。関与していないと世間が思えば、切り捨てるのも簡単だ。

 なのに、ヴァチカンはそれを逆手にとって、アレックス達に更なる活躍を求めたのだ。ヴァチカンの人間も、中々したたかなものだ。


 ヴァチカンからもっと頑張れと言われた3人は、イタリアに本社を置く製薬会社のCEO、ジュリア・スペンサーを襲撃しに行ったのだ。アンジェロはジュリアから電話で「ちょっとこっちを見て頂戴。私今、すっごく困っているの」と言われて、なんだろうかと思ってイタリアの方を見たら、アレックス達がいるではないか。驚いてすぐに空間転移してジュリアを助けに来た。

 ジュリアは何とか逃げ回っているが、彼女は戦闘慣れした父兄と違って、ずっと会社経営に勤しんできたから、ちょっと人間より強いくらいで、戦い慣れてはいない。逃げ回るのが精いっぱいのジュリアが、なんとかアレックスの攻撃をかわし、レスターの斬撃を受けながらも致命傷を避けて飛び出した瞬間、ビビアンと目が合った。狙われていた、その事に気付いた瞬間には、既に弾丸が発射されていて、一直線にジュリアに向かってきた。

 ビビアンが狙撃する破裂音の後に続いたのは、ジュリアが床に倒れこむ音だった。ジュリアは肩で息をしながら、自分が生きていることに少しだけ驚いて、そして目の前に立つ男を見上げる。

「無事か?」

「えぇ、助かったわ」

「課長の娘のくせに、だらしねーな」

「それすっごくムカつくからやめて」

 兄と父親が大嫌いなジュリアにとっては、最大級の侮辱である。普段アンジェロはジュリアにからかわれているので、こうしてたまに仕返しするのだ。

 アンジェロは斥力による障壁の向こう側にいる、アレックス達に視線を移した。突然現れたアンジェロに、レスターも驚いた様子だった。レスターが尋ねた。

「ジェズアルドさん、なんでこの女を守るんだ?」

「コイツはウチの別荘のオーナーだ」

「嫁さんだけじゃなく、仕事でも吸血鬼と繋がりがあるなんてな。さすがに看過できないねぇ」

「できないなら、どうする?」

 アンジェロの足元から風が吹き荒れて、生まれた風がかまいたちを起こして、周囲の壁や柱を切りつけていく。アンジェロの体から溢れ出る電流が、金属や電子機器を伝って、部屋の照明がショートした。稲妻の青白い光に照らされた、とても現実に存在する人とは思えないアンジェロを見て、レスターは乾いた笑いを浮かべた。

 人間離れし過ぎて、最早人間とは思えない。そうだ、そもそもアンジェロ達は人造人間であって、純粋な人間とは違ったのだ。

「アンタは、フランケンシュタインだ。化け物は、討伐するのみ!」

 そう言ったレスターがアンジェロに向かってきた。中年男性とは思えない身のこなしで迫ってくるのを見て、アンジェロは思わず口笛を吹いた。そしてその余韻も消えない内に、激しい稲妻がレスターに襲い掛かった。

 網膜を焼き焦がすほどの激しい閃光、体を貫く衝撃、それをレスターが体感した瞬間には、レスターの生命は既に刈り取られていた。ふすふすと煙を上げるレスターを見て、ビビアンがレスターの名前を叫んでアンジェロに銃を乱射する。アンジェロは銃弾を全て障壁で弾き返して、その内の一発がビビアンの足に当たり、ビビアンは倒れこんだ。

 レスターは死んだ。ビビアンは動けない。絶体絶命のアレックス達に対し、アンジェロは余裕の表情で、高い身長から冷たい目をして見下ろした。

「言っただろ。俺達に勝ちたいなら、人間やめろってな。その覚悟もねぇ奴が、刃向って来るんじゃねぇよ」

 再びアンジェロが風を起こすと、かまいたちの風がアレックスの体を切りつけはじめる。アレックスはアンジェロを睨むと、泣き喚くビビアンを連れて、ビルのガラスを突き破って、その場から飛び降りた。

 すぐさまアンジェロがビルの下を覗き込んだが、ビビアンを抱きかかえたアレックスは、地面に着地するとそのまま逃走してしまった。

「チッ、逃がしたか」

 アンジェロは残念に思ったが、一先ず難が去ったと思って、ジュリアに振り向いた。ジュリアも安心したような顔をしたが、すぐに眉根を寄せてアンジェロを見た。

「なんだよ」

「酷いわ」

「何がだよ。折角助けにきてやったのに」

「それは有難いけれど、部屋の有様よ」

 アンジェロが竜巻やらかまいたちやら稲妻やら、色々やったせいで部屋はボロボロだった。部屋の様子を見てちょっと現実に帰ってきたアンジェロを見て、ジュリアが続けた。

「修理代を請求してもいいかしら」

 ジュリアのビルに来ると、なぜかいつも修理代を請求されるハメになる。今回もアンジェロは大人しく大金を支払ったのだった。

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