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価値観の違い


 サイラスの目論み通り、アレックス達は日本の警察に捕まった。しかも警察は公安まで駆りだしたようで、かなり厳しい取り調べを受けていた。だが、警察がサイラスの流した映像を検証して、アレックスが国際指名手配犯だと判明した頃には、アレックスの力を以て留置所は破壊され、3人の聖職者たちは脱獄していた。

 だが、そのくらいの事はサイラスには想定内だった。これから三人を待ち受けるのは、ヴァチカンからの厳しい処遇だと踏んだからだ。

 しかし、サイラスはインド人で、一神教の考え方には深い造詣があったわけではなかった。だから、予測を誤った。

 確かにアレックス達は、ヴァチカンから叱責を受けた。だが、叱責だけだ。しかもその内容は、多神教の土地で育った人間からしてみれば、理解しがたいものだった。


「仏教徒など宗教家ではありません。あなた達が脱獄に成功する事はわかっていたのですから、しらばっくれることなどいくらでもできたでしょう。異教の民など、殺しても構わなかったんですよ? 」


 レスターはそう言われることを予測していたが、元々多神教の土地で生きていたアレックスには驚きでしかなかった。インドはそもそも多神教の国だし、様々な宗教や文化が混在する国だから、絶対唯一という考え方自体が薄いのだ。それはサイラスも同じ事で、同時にミナの考え方とも親和性が高かった。

 そしてミナは、ヴィンセントが東方教会の敬虔な信者だったこと、アンジェロがカトリック信徒であった事もあり、一神教にもそれなりに理解があった。


「正直私も多神教の国の生まれだから、一神教の考え方は画一的で理解しがたいところはあるよ。だけど人間は、選択肢が多すぎると混乱するから、一つに絞った方が楽だって言うのはあるんじゃないかな」

「なるほど。だから一神教はこれほど信仰されているんだね。俺としては、それは単なる思考停止状態とも思えるけど」

「私もそう思うよ。だけど、信じる者があるっていう、そのこと自体は悪いとは思わない。ただ、主義が限定されがちなのは痛いね」

「だからこういうことになるわけね。実際多神教の神の一人である、オモヒカネ的にはどうなのさ?」


 尋ねると、オモヒカネは面倒くさそうにしながらフードから顔を出した。


「言っておる意味が理解できん」

「だから、多神教の神としては、一神教の考えかたって、どうなのよっていう」

「一神教とか多神教とか、それは人間が勝手に決めた事じゃ。それはわしらの知ったことではないのう」

「は?」

「おぬしらもそうじゃろう。人間はこうだ、男はこうだ、女はこうだ。そんな風に言われても困るじゃろう。自分は自分、他人は他人じゃ。わしらは神じゃが、わしを含めてすべての神が、自分が唯一絶対だと思っておる。おぬしらとて、自分を他人と同じじゃと言われても、困るじゃろう。そやつは死ぬまで、そやつでしかないわい。誰を信じようが、何人を信じようが、人間の勝手じゃ」


 そう言われてみれば、確かにそうだ。容姿や環境や性格が似ていたとしても、自分と全く同じ人間などいない。遺伝子が全く同じ一卵性双生児でさえ、精神は全くの別人。

 神だってそれは同じなのだ。自分こそが唯一絶対の存在であることは、人間でも神でも同じこと。ただ単に、人間の側で信じる対象が一人か多数か、それだけの違いしかないのだ。

 オモヒカネの神様論を聞いて、サイラスも唸る。とにかくアレックス達のバックボーンは一神教なので、今回の出来事は不問となったようだ。


 そもそもヴァチカンは仏教を宗教と認めていない事もあり、これほどの騒動を起こして、日本には二度と近づけないだろうとは思う。宗教関連では日本は至って寛容な国なので、どんな宗教でも受け入れるが、犯罪者と言うとそうはいかない。

 きっと今後日本に入国する事は不可能だ。何しろ日本は革命後、集団的自衛権を行使しなくてもいい様に、世界に先駆けて空港でのパスポートを含めた住民票などの本人確認を、国内線国際線問わず厳密に義務付けはじめたからだ。日本に入国する事は、犯罪者などにとってはかなり困難な国なのである。

 その事を考えると、今まではヴァチカンの庇護下にあったから隠し通せたとしても、アレックスの国際指名手配が露呈したこともあり、既に日本から脱出した3人が、最後日本に舞い戻ることは不可能だろう。

 

 一先ず誘夜姫との約束を果たせたことに安心して、サイラスたちは再び出雲に戻っていた。そして経過を誘夜姫に報告して、彼女も安心した様子だった。


「話は松木から聞いておる。サイラス、大義じゃった」

「ありがとうございます」


 美女に褒められて喜ばない男はいない。サイラスは素直に喜んだが、ふと横を見るとメリッサが面白くなさそうにしている。それにサイラスが気付いたと同時に、誘夜姫も気付いて、面白そうにニヤニヤしだした。


「なんじゃ、メリッサ」

「……なんでもありませんわ」

「妬いておるのかえ?」

「そんなんじゃありませんわ」

「メリッサも可愛いところがあるんじゃな」


 メリッサがヤキモチを妬くという、可愛い一面を見て誰よりも盛り上がったのは、ほかならぬサイラスである。

 15年近くも片想いして来て、ようやく結ばれて、この世の誰よりも美しく、誰よりも愛しい女性から、ヤキモチを妬かれている。こんなに幸せな事ってあるだろうか!

 たまらずサイラスはメリッサに抱き着いた。


「メリッサ様大好きだよ! 世界で一番愛してる!」

「ちょ、ちょっと」

「俺、メリッサ様のお願いなら何でも聞いてあげる。ずっと傍にいるからね」


 サイラスは花を飛ばしているし、周りは生暖かい感じで見ていたが、メリッサは一人悲痛な表情になって、「えぇ」とだけ呟くように言った。


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